榊西祭
お世話になっています!
榊西祭スタートです。
前半匠視点、後半朱音視点となっていますのでよろしくお願いします。
今日は朱音が通う榊西の学祭当日だ。
俺は榊西へと向かう車から窓の外へと顔を向ければ、青々とした空が広がっている。
天気にも恵まれ、学祭はきっと賑わっているだろう。
朱音のクラスではお化け屋敷をやるそうで、朱音もお化け役になって来客を驚かせるらしい。
昨晩、朱音に電話で「なんのお化けを演じるんだ?」と尋ねれば、「匠君を驚かせたいから内緒」という可愛らしい返事が。
俺の予想は化け猫。猫耳の朱音は絶対に可愛い。
朱音のクラスの模擬店がお化け屋敷でほっとしている。
去年の模擬店は和風カフェだったからスカート丈が短かったけど、今回はお化け屋敷なので露出は心配しないで済むから。
――早く榊西に着かないかなぁ。
そんなことをぼんやりと考えていると、突然電子音が鳴り響く。
発生源は座席の左側に置かれている俺の鞄の中から。
短い音が数回流れたため、きっとメッセージアプリだろう。
俺は鞄を開けて中からスマホを取り出せば、ディスプレイに龍馬兄さん達からのメッセージが表示されていた。
ロックを外してメッセージアプリを立ち上げて開けば、春ノ宮家・従兄妹というグループ名のトーク画面が表示される。
これは文字通り、春ノ宮家の従兄妹達のグループだ。
「……えっ!? 龍馬兄さん達、榊西祭に来ているの?」
俺は目を大きく見開きながら、ディスプレイを見詰めた。
龍馬兄さん、春馬兄さん、景の三人が榊西の校舎を背景に、満面の笑みを浮かべながら焼きそばを食べている画像が映し出されている。
他にも楽しそうに模擬店を楽しんでいる画像が数枚upされていた。
三人共、十倉という御曹司達が通う学校のため、模擬店は学校ではやらない。
他校の学祭を見に行くと行っても、六条院などだろうし。
画像の最後には、『勿論、匠も来るんだろ? 俺達、そろそろ帰宅するんだけれども、匠が近くにいるなら待っていようと思っているんだ。今、どの辺?』というメッセージが。
ここから榊西までは二十分くらいかかってしまうので、待っていて貰うのも悪い。
俺は時間がかかることをメッセージで送れば、すぐに『了解! じゃあ、またな。匠の露木さんと進展あるように願っているよ』というメッセージが届く。
――もしかして、春ノ宮の従兄妹達は全員榊西祭へ訪れるのだろうか?
朋佳姉さんと美智、棗、豪は四人で榊西祭に行くと事前に聞いていたが、鈴夏と真冬も来ているのかもしれない。
龍馬兄さん達が来ているくらいだし。
いわずもがな、春ノ宮の祖父母も参加。
祖母は母と一緒に訪れ、祖父は五王の祖父と共に来るそうだ。
勿論、父も見に来る。少ししか時間が取れないけど、朱音の顔を見に行くらしい。
「従兄妹と朱音がだんだん仲良くなっていく……喜ばしいことなのかもしれないが……俺のポジションが……ただでさえ五王と春ノ宮は好感度が高いのに」
でも、まあ俺のポジションを従兄妹達に抜かれるということはないだろう。
俺の最大のライバルは美智だろうし。
「春ノ宮家の従兄妹で朱音と会っていないのは、佐弥香だけか。まさか、榊西祭には来ないよな? 連絡きてないし」
佐弥香は予想が全く出来ない性格をしている。
厳格な春ノ宮家では珍しく、フリーダムなタイプだ。
――流石に俺に事前連絡もなしには来ないだろう。他の従兄妹達の様に朱音と連絡先を交換していないし。
俺は特に気にすることもなく、頭を切り替えて朱音のことを考え始めた。
朱音のことを考えていたせいか、あっという間に榊西付近へと到着。
榊西の校門前は混雑していたため、少し離れた場所で降ろして貰い、徒歩で向かうことに。
校舎が近づくにつれ、朱音と会える事からテンションが段々とアップし、足どりも早くなっていく。
俺と朱音は学校が違う上に、朱音が受験生なのでお互い一緒にいる時間が少ない。
だが、今回は学園祭参加という恋愛フラグ立ちそうなイベントがある!
俺は学祭にかなり期待を寄せていた。
なんといっても、学校イベントというのは、俺と朱音の距離をぐっと縮めてくれるものだからだ。
去年の修学旅行では、離れている間に朱音に少し変化があった。
離れている間に寂しがってくれたり、俺とクラスメイトの男子では手を繋いでいる時に違和感があったなど。
あれ以来、俺はイベントに期待をするようになったのだ。
……六条院祭りでは、従兄妹達に朱音を取られてしまったが。
「すみません」
早く朱音の元へ向かいたいと思っていると、校門付近で声を掛けられてしまったため、弾かれたように顔を向ければ見知らぬ少女達が。
榊西の近くにある高校の制服に身を纏っている二人組の少女だ。
顔を見る限り、俺の知り合いではない。
「お一人ですか? よかったら、一緒に回りませんか?」
確かに一人だが、俺には朱音がいる。
「悪いけど、彼女が待っているんだ」
「匠お兄様、それ妄想ですか? それとも、本当に匠お兄様の朱音さんとお付き合いをすることになったのかしら?」
この声は……!?
ふと背後から聞き慣れた声が届いてきたためすぐさま返れば、見知った少女の姿があった。
漆黒の髪を持つ彼女は姫カットと呼ばれている髪型をしており、頭にはヘッドドレスをつけている。
色白の肌は纏っているゴスロリ服とお揃いの刺繍が入った日傘で守られていた。
「さ、さっ、佐弥香っ!?」
動揺する俺が彼女の名を呼べば、「御機嫌よう、匠お兄様」とにっこりと微笑まれてしまう。
「嘘、かわいい……」
俺のそばにいた女子生徒達がぼーっと佐弥香を見詰めている。
「なんでいるんだ!? びっくりしたじゃないか!」
「勿論、春ノ宮家で噂の匠お兄様の朱音お姉様が目当てに決まっておりますわ! 私、ライブに行っておりましたから六条院祭で朱音お姉様にお会い出来ませんでしたので。ちょうど良かったです。私の連れが少し遅れるみたいなので、合流するまで一緒に回りましょう。こういう学園祭は初めてですので、心細かったんです」
「ちょっと待て。俺、今回の学祭に恋愛の発展を……って、おいっ!?」
「さぁ、参りましょう」
俺の返答など関係ないとばかりに佐弥香は俺の腕をガシッと掴むと、引っ張るようにして足を進めてしまった。
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朱音視点
いつもは天井からの照明と窓から差してくる光により、教室内は明るく照らされているけれども、今日は電気が消され窓は黒く塗りつぶされた段ボールで覆われている。
そのため、電気も全くついていない教室内は真っ暗だ。
唯一の明かりは、ぼんやりと足下を照らしてくれている淡い緑色の灯りのみ。
今日は榊西祭だ。
うちのクラスの模擬店はお化け屋敷なので、朝からずっとこんな感じで過ごしている。
お化け役や音響役など、お化け屋敷の役割はすでにシフトが決められており、私は1日目の午前中がお化け役。
私の役どころは、白装束を着た幽霊で井戸から登場するという古典的な幽霊役。
さすがに教室に井戸は作れなかったので、井戸を模った段ボールの影に隠れ、お客さんが来たらおどろおどろしい音と火の玉と共に登場する。
幽霊役の私の他には、スマホで音を鳴らしてくれる豊島さん、それからLEDの火の玉担当の小林君がいる。
三人でお客さんが来るまで、井戸を模った段ボール裏に座って待機していた。
「しかし、五王さんの従妹ってすっげぇ美女だったよな。鈴夏さんと真冬さんだっけ? 美智様とどことなく似ている気がするよ」
「従兄弟さん達も来てくれたけど、かなりのイケメンだったよね」
豊島さんと小林君は少し興奮した声で話をしている。
勿論、二人共小声だ。
匠君の従兄妹さん達とは、六条院祭で連絡を交換済み。
六条院祭が終わった後にみんなでお茶した時に、榊西祭の話になった。
お化け屋敷をやることを伝えれば、うちのクラスの模擬店に遊びに来てくれることに。
朝一で匠君のお母さんと春ノ宮のお祖母さんと共に、お二人と途中でばったり遭遇したと鈴夏さんと真冬さんと共に来てくれた。
龍馬さん達も来てくれたし、ついさっきは美智さん達も。
匠君と美智さんも花があって目立つけれども、彼らの従兄妹達も目立つ。
彼らが来てくれる度に湧き起こるどよめき。
お化け屋敷なのにお化け役がつい素で外に出てしまうくらいに、クラスのみんなはすっかり動揺してしまっていた。
「露木さん、五王さんの親族にも囲まれているというか、なんというか……外堀が完全に……」
「俺も思った。でも、まぁみんな良い人みたいで安心だったよな」
「うん。春ノ宮家の人達はとても優しいよ」
「そういえば、肝心の五王さんが来てないよな。もうすぐ露木さん交代なのに」
「匠君、そろそろ来ると思うよ。私のシフトが終わったら一緒に学祭をまわるから」
「そっか。なら、五王さんの事を凄く怖がらせようね」
「うん!」
「よし。じゃあ、五王さんが悲鳴上げてしまうくらいに驚かせような」
私達がそんなことを話していると、人の気配が近づいてくるのを感じた。
三人とも唇を結び、各自準備をし始める。
「キャー、怖い」
「俺にしがみ付いても仕方ないだろ。しかも、棒読み。怖くないのがバレバレだ」
あれ、この声って……
少年と少女らしいけど、少年の方は聞き慣れている声だった。
ひょっこり段ボールの隙間から覗けば、やっぱり匠くん。ただ、彼の腕には見知らぬ女の子がしがみついている。
ゴスロリ服を纏っていて、すごく可愛い。
「お化け屋敷で怖がって抱きつく女の子ってどうかしら?」
「可愛いに決まっているだろ。ぎゅっと密着するんだぞ。希少だ。思い出しただけで会いたくなる。思い出さなくても会いたくなるけど」
「まぁ! 顔がデレデレしておりますわよ」
「デレデレもするだろ。本当に可愛いんだからさ」
匠君の知り合いなのだろうか。
親しげに話ながら、私達の前を歩いていく。
――胸がもやもやする。やだなぁ。なんだろう? 何か体に悪いものでも食べたわけじゃないのに。
脳裏にさっきの匠君達の映像がずっと浮かんだままだし、灰色の感情が心を覆い尽くしている。
さっきの子だれだろう……
もやもやとした感情に支配されていた私は、突然肩を揺すられた事により、慌てて顔を右側へと向ける。
すると、そこには眉を下げている豊島さんの姿が。
「露木さん、大丈夫? 五王さん行っちゃったよ?」
「あっ、ごめんなさい! 驚かさなきゃならなかったのに」
「いや、いいんだけど……大丈夫?」
「うん。なんか、匠君に女の子がしがみついて親しそうにしていたのを見て、もやもやしちゃったの。やだなぁって」
「「え」」
豊島さんと小林君はお互いの顔を見合わせた。
「なんだろうね……?」
黒い感情と共に、胸が痛い。
「露木さん、それすっごく大事なことだよ」
「そうそう。原因を考えてみて!」
「えっ?」
私が首を傾げれば、ちょうどタイミングよく「おいおい、お化け役。しゃべってんじゃねーよ」という声が頭上から聞こえてきた。
そのため、三人一斉に顔を上げると道具係りの松永君の姿が。
彼は手にしていたガムテープで肩を叩きながら口を開く。
「客来たらちゃんと驚かせているのか? 俺が来てもスルーしてしゃべっていたし。こんなんじゃ、ドーナツをゲットできないぞ」
「あっ……ごめんなさい……」
私が謝罪の言葉を告げれば、「ドーナツどころの話じゃない!」と豊島さん達が興奮気味にしゃべり出す。
「さっき五王さん来たんだよ」
「勿論来るだろ。露木さんがいるし」
「違う、違う。実はさ――」
小林君が説明すれば、松永君が目をこれ以上開けないってくらいに見開く。
「マジか! 盛大なフラグ回収じゃん、五王さん」
「そこにおまえが来たんだよ。せっかく良い感じだったのに」
小林君が、がくりと肩を落とす。
「ごめん、露木さん。話を続けていて。俺、お化け傘の修理に通りかかっただけだから」
「ううん。お化け役に集中するよ。松永君が近くに来たのにも気づかなかったし……気合いを入れ直すね。ドーナツ、美浜さん達が欲しいって言っていたから売り上げ総合1位を目指さないと」
「確かに美浜達はドーナツにこだわりがあった。ごめん、五王さん。俺がドーナツの話をしてしまったばかりに……」
「天下の五王とドーナツが秤にかけられて、まさかドーナツに比重がいくなんて。五王さんなら店のやつ全部買ってくれそうなのに。頑張れ、五王さん」
小林君が遠い目をして呟いた。