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流石ね、匠

 ――やっと劇が終わった。


 俺は大きな息を吐き出しながら、楽屋に設置されているシャワー室から出ると傍にあったソファへと倒れ込む。

 メイクや羞恥心によって流れた冷や汗なども全て綺麗に落とし、顔と体はすっきりとしている。


 こんなにも身に纏っている制服がしっくりくることがあっただろうか。

 いや、ない。


 ひらひらとしたフリル満載のドレスは俺には無理だった。

 ヒールも履き慣れていないため、歩くたびに違和感があったし。


「やっと肩の荷が下りたと感じたら、どっと疲労感が……」

 人前に出る事は幼い頃から慣れているため、大勢の前に出ることに対しては抵抗が全く無い。

 だが、今回の演劇は変に緊張してしまい疲れてしまっていた。


 俺はテーブルへと腕を伸ばしてスマホを取ると、サイドのボタンを押す。

 すると、ディスプレイには朱音とシロの姿が。


 朱音は今、何をしているだろうか。

 演劇を楽しみにしていたのに、来て欲しくないなんて言ってしまって……


 朱音の前ではかっこいい俺で居たいという気持ちが強かったからだ。

 女装して幻滅されたら立ち直れない。

 彼女に伝えたら小悪魔的発言をしてくれたけど。


 ――朱音の声が聞きたい。


 彼女の声を聞けば、疲れもどこかに飛んでいくし心が満たされていく。


 俺は朱音へと電話をするためにスマホを操作して耳に当てれば、コール音が数回聞こえていきた。

 だが、彼女が電話に出る気配がない。


「図書館にでも行っているのだろうか。また暫く経ってから掛け直すか」

 俺は先に棗の楽屋に行くことにした。


 無事演劇が終了した後。さっさと楽屋に戻ろうとしたら、棗から「用事があるから楽屋に来て欲しい」と言われた。

 しかも、美智と共に。


 メイクも落としたかったし、ドレスもさっさと着替えたかったため、着替えてからにすると返事をして俺は自分の楽屋に。

 美智は棗と共に行ったようだが。


「一体、棗の用事は何だろうな」

 俺は立ち上がるとスマホと楽屋のカードキーを制服のポケットへとしまう。

 そして廊下へと通じている扉へと向かうと取っ手に腕を伸ばして開ければ、廊下が騒がしい事に気づく。


「臣様、隼斗様。次、私ともお写真よろしいですか?」

「いいよ」

 声のした右手に顔を向ければ、臣と隼斗が演劇部との撮影に応じていた。

 俺と健斗、尊は終わったらさっさと楽屋へ直行。

 だが、せっかくのお祭りだからと女装を楽しんでいた二人は、演劇部からの写真撮影に応じていたらしい。


 あの二人はものすごく似合っていた。

 臣に関してはあの意地悪役で新たな人気を獲得している。

 隼斗は一番女装が似合っていて、俺が見ても可愛いと思ってしまった。

 俺と尊は大丈夫か? という雰囲気だったが……


 健斗も似合っていたが、あいつが一番女装を嫌がっていた。

 俺と尊は演劇部に拝み頼まれてしまって引き受けたが、健斗は最後の最後まで首を縦に振らず。

 でも、結局引き受けてしまったので健斗は人が良いのかもしれない。

 その代わり、劇中台詞なしにして貰っていたけれども。

 劇中は死んだ魚の目をしていて、隼斗がフォローしていた。


「あっ、匠! 一緒に写真どうですか?」

 写真を撮影していた臣達に声を掛けられ、俺は首を左右に振る。


「悪いけど俺はいいや。棗の部屋に呼ばれているんだよ」

「それは残念。兄さんや尊もすぐに楽屋に戻っちゃって声をかける余裕なかったんだよね」

「……まぁ、そうだろうな」

 二人は俺と同じような状況になっているだろう。


 臣達と軽くしゃべって、俺は棗の楽屋へ。

 扉をノックすれば、すぐに「どうぞ」という返事が届き、俺は扉を開ける。

 すると、目に飛び込んで来た光景に何度も瞬きをしてしまった。


「ちょっと待て! 何をしているんだ!? ここ楽屋だぞ。しかも、従兄妹達が全員集合じゃないか。龍馬兄さん達がいたのには舞台上で気づいたけど、朋佳姉さん達いたの? 不参加って言っていたじゃないか」

 棗の楽屋には、春ノ宮家の従兄妹達が全員集合していた。

 しかも、なぜか撮影中だし。


 真紅の布が壁に張られ、その前に小道具としてさっき劇で使用した大理石風の円柱などが置かれている。

 最年長である龍馬兄さんがレフ板を持ち、真冬がカメラマン。


 そして、春馬兄さんと景が黒い羽根や白い羽根を散らしていて、朋佳姉さんが鏡やメイク道具を手にしている。

 鈴夏はライトを調整中だ。


 被写体が棗と美智。それから、謎の少女――


 美智達は着替えもメイクも落としてないようで、同じ格好をしたまま謎の少女を左右から壁ドンしている。

 片手で彼女を閉じ込めるように壁に手を当て、空いている手で彼女の手を掴んでいる態勢だ。


 美智達に壁ドンされている子は、二人の王子様の雰囲気にやられて顔を真っ赤にさせ瞳を潤ませている。

 美智達ファンが見たら卒倒ものだろう。


 ……ん? ちょっと待て。女の子はどっかで見た事がある気がするんだが。


 俺がじっと彼女を見ていると、瞳が交わった。

 彼女は、微笑むと小さく手を振る。


 そのささやかな仕草により、脳内に世界中で一番大好きな女の子の姿が浮かぶ。


「まさか、朱音っ!?」

 俺の叫びに、「おおっ」といとこ達から歓声が上がる。

 美智は「悔しい! お兄様がすぐに気づいたのに、私は……っ!」と悔しがっていた。

 全員の反応を見て、やっぱり俺の予想が正しいと判断。


「どうしてお兄様は朱音さんだとわかったのですか」

「朱音は手を振る時、ほんの僅か右側に大きく手を振るんだよ」

「すげぇな、匠」

「あら、早い。美智も秋香叔母様も朱音ちゃんの声を聞いてやっとわかったのに。さすがね、匠」

「ちょっと待って! 本当に待って! ねぇ、なんで朱音がいるの!? その恰好なに? スカート丈短すぎるし。そもそも、どうして俺じゃなくて美智と棗に壁ドンされているんだ。もう、ツッコミどころが追い付かないっ!」

「「「どうして俺じゃなくて」」」

 いとこ達が綺麗に声を重ねて言葉を発したが、問題はそこではない。


「どう? 私がメイクしたの。可愛いでしょう?」

「すごく可愛いに決まっているじゃないか。朱音なんだから。伊達眼鏡もロングヘアも似合い過ぎている。是非、写真を……じゃなくて、朋佳姉さん事情を説明してくれ。あと、美智と棗。朱音に壁ドンやめて。手を握るのもやめて。すごく羨ましすぎるから」

「ご心配なく。ラストショットが終わりましたので、朱音さんとお話できますわ」

「……真冬。状況飲み込めてないのに、心配なくと言われても困るんだが」

「やっぱり匠は持っているよな。もうすぐ終わるってギリギリに来るんだからさ」

「龍馬兄さん達、いるなら止めて」

「一応止めたんだぞ。だが、スイッチの入った真冬は止まらないんだ。お祖父様に似て」

 驚きと衝撃によって疲労感がどこかに飛んで行ってしまった。


「匠君、ごめんね。匠君が来て欲しくないって言っていたのに来ちゃって……」

 眉を下げた朱音がこちらにやって来たのだがもう可愛い。

 今すぐ抱き締めたい。伸ばしかけた手をなんとかぐっと堪え、俺は口を開く。


「ど、どう思った?」

「演劇とても楽しかったよ。美智さんも棗さん達もかっこよかった。最初、匠君を見た時すごく驚いちゃったけど、綺麗だなぁって思ったよ。緑南さん達も出ていたよね。緑南さんと隼斗さんが生き生きしていた」

 朱音がにこにこしながら言った。


 やっぱり演劇を見ていた人達にも伝わったのか。

 俺もあの二人はめっちゃ楽しんでいるなぁと感じた。

 とりあえず前向きな意見だったため、俺はほっと安堵の息を漏らす。


「朱音ちゃんが演劇を楽しみにしていたから、私が連れて来たのよ。匠と美智にバレないように変装して貰ったの。どう? 読書家の彼女ってイメージなんだけど」

「可愛い。段々状況がわかってきたけど、撮影した意味がわからないんだが?」

「せっかく美智お姉様達が男装しているので、撮影したんですわ。匠お兄様の女装も撮影したかったのですが……お兄様ったら着替えてしまったなんて! 

 本当に残念ですわ。似合っていましたのに」

「……写真を撮るなら、普通に撮ればいいだろ。何故、壁ドンの上に手を繋いでいるんだよ。俺だろ、そのポジション」

「異世界に召喚された女子高生と彼女を奪い合う異世界の王子達というイメージですから。色々撮影が出来たので、フォトブックにしますわ」

「フォトブック!? 十冊購入するぞ」

「申し訳ございませんが、売り物ではありませんので。被写体の三人と私の分のみです」

「え、俺のは!?」

 俺も朱音のフォトブックが欲しいのに、真冬はあっさりと四冊しかないということを告げた。


「朱音。俺とも写真を撮ろう!」

「うん。美智さんと匠君とは撮ってないもんね。匠君のお母さんと従兄妹さん達とは撮って貰ったけれども」

「「え」」

 朱音の発言に、俺と美智の声が綺麗に重なる。

 どうやら美智も初耳だったらしい。


「悪い、匠と美智。俺達、秋香叔母さんと一緒に撮っちゃった」

「俺の知らない間に、朱音と従兄妹達が仲良く……」

「私の知らない間に、朱音さんと従兄妹達が仲良く……」

 美智と顔を見合わせてしまったが、美智もきっと疎外感に襲われているだろう。

 朱音と一番仲が良いのは俺の方なのに!


「安心して。ちゃんと朱音ちゃんの事は責任持って送り届けるから」

「頼むよ。本来ならば俺が朱音と一緒に帰りたいけど、学祭がまだあるし」

「私も学祭が……お願いしますわ。朋佳お姉様」

「えぇ、任せて。みんなで甘味処に寄って、少しおしゃべりしてから帰るから」

「「え」」

 また俺と美智の声が綺麗に重なった。


「「なんで!?」」

「だって、このままお別れするのは寂しいもの。ちゃんと朱音ちゃんの許可は貰っているわ。匠と美智とも一緒に行きたいのは山々なんだけど、無理でしょう? まだ学祭が終わらないし。六条院のサロンでとも考えたけど、貴方達はもうすぐ放送部と新聞部の取材があるんでしょう? 時間的に無理。だったら、今回は私達だけで甘味処に行きましょうってお話になったのよ。私達、なかなか朱音ちゃんと会えないし」

「確かにそうだけど……朱音、従兄妹の中に一人だけって大丈夫か? 今日、会ったばかりだろ?」

「うん。朋佳さん達、匠君の従兄妹さん達だから。それに、匠君のお母さんが親しい人がいた方が不安にならないだろうからって一緒に来てくれるの」

「「まさかの抜け駆け者が登場っ!?」」

 俺と美智の声がまた綺麗に重なった。

 今日はやけにハモるなぁ。


 母が「私も朱音ちゃんと会いたいわ」って言っていた。

 六条院祭で会えるのを楽しみにしていたのだが、朱音が不参加で残念がっていた。まさかここで母が登場するとは。

 思わぬ伏兵だ。


「匠君と美智さん、それから棗さんとも一緒に甘味処に行きたいんだけれども……」

 朱音が肩を落としたので、俺が手を伸ばして朱音を慰めようとすれば、その前に美智と棗の王子組が朱音を抱き締めてしまう。

 美智が右側から抱きしめ、棗が左側から抱きしめて朱音を挟んでいる。

 早いな、王子達は。


「今度また機会はあるよ。また女子会しようね。朱音さんの受験が終わったら、旅行に行こう」

「えぇ、そうですわ。旅行に行きましょう。三人で。榊西祭にも私達が行きますから、その時にまた会えますし」

 すかさず旅行の誘いをする辺りが流石は棗だなぁと思った。


「俺も朱音と甘味処に行きたい。今日は来てない佐弥香もいるから、また今度従兄妹達と一緒に行こう」

 俺が朱音の頭を撫でながら告げれば、朱音がはにかんで頷く。


 可愛いすぎる! 


 こんなに表情を和らげてくれる瞬間が増えるなんて、朱音と出会った時には考えられなかったのに。

 無防備すぎて、大学に行った時が心配だ。

 朱音、警戒心がない時があるし。




お読みいただきありがとうございました!

次から榊西祭編となります。

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