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開演

お読みいただきありがとうございます!

きり良く六条院祭の朱音視点を終わらせるために、

今回は『開演』『美智の驚きとスイッチの入った真冬』の二本です。

六条院祭は匠視点で終わります。

 もうすぐ開演という時間になったので、私達は匠君のお母さんと一緒に写真撮影を済ませ大ホールへと向かった。

 朋佳さんが取ってくれた席は、春ノ宮家や五王家が座っている最前列に近い場所ではなく真ん中付近。

 ホールは二階席もあるようで、見上げれば二階席までぎっしり。

 チケットが取れなかった人達は体育館や野外の特設会場でスクリーンでの観劇になるのだが、そちらも客席が埋まっているらしい。


「楽しみね。匠と美智の劇」

「はい」

 私は頷きながら真紅生地で作られたふかふかの座席へと座る。

 朋佳さんと鈴夏さんの間に挟まれながらステージへと顔を向ければ、六条院の校章が入った緞帳で覆われていた。


 あと少しで、美智さん達の劇が始まるのですごく楽しみ! と思っていると、突然館内放送が入る。


「ご来場のお客様に演劇部よりご連絡があります。当公演は録画・録音などが禁止となっております。もし、万が一隠し撮りなどが発見された場合は劇が中止になってしまいますのでご協力お願いします」

 どうやら録音などをしないようにという注意事項らしい。

 ここまではうちの学祭でも入る放送だったが、やっぱり六条院だなぁと思う出来事があった。


「館内にいらっしゃる方へご連絡です」

 館内放送が終わったかと思えば、今度はホール内でマイク越しに届き、私は声がしたステージの端へと顔を向ける。

 すると、そこには六条院の制服に身を包んだ女子生徒が。

 傍には男子生徒の姿も窺える。


 二人共、真紅の薔薇と白百合の刺繍が施された腕章を付けていた。

 もしかして、生徒会だろうか? でも、生徒会役員は去年はわかりやすく腕章に『生徒会』と書かれていたはず。


「先ほど演劇部から連絡があった通りです。公演中は演劇部の他に私達が目を光らせていますので。守れない者が出てしまい、もし演劇が中止になった場合に当事者はこの六条院内で平穏無事に生活が出来ないと断言しておきます」

 氷のような声がホールに広がれば、一気に静寂が包み込んだ。


「さすがは美智と棗の親衛隊ね」

「親衛隊ですか……?」

「えぇ、そうよ。男子代表と女子代表。どちらも生徒会や棗達に次ぐ家柄よ」

「ほら、ご覧になって朱音お姉様。親衛隊の方達があちらこちらで目を光らせているわ」

 鈴夏さんに言われたので辺りを見回せば、確かに腕章を付けている人が壁際に数名立っている。

 女子と男子半々という割合だ。二階席部分にも見受けられたので、会場全体にいるのだろう。


「美智お姉様と棗お兄様に絶対の服従を誓っている騎士達ですわ。敵に回したら、六条院内どころか、家にも支障が出ますから従わざるを得ません」

「真冬さんは棗さんのことお兄様って呼んでいるんですか?」

「はい。棗お兄様の方がしっくりきますので。六条院の女王である美智お姉様と六条院の王子である棗お兄様。そう呼ばれるのもわかりますわ。棗お兄様は王子様みたいですもの」

「私も初めてお会いした時はそう思いました」

 と、話をしていると、「まもなく上演開始時刻となります。お席に座ってお待ちください」という放送が入った。

 放送により席を離れていた人達が自分の席へ戻る姿やロビーから扉を開けてホールへとやってくる人たちの姿を確認できる。


 五分ほど経過した時だろうか。

 ブザーの音が鳴り、館内が静寂に包まれると段々照明が弱くなり薄暗くなっていく。足元には緑色の非常灯の淡い緑色の光が。


 ――すごくドキドキする。


 幕が上がり現れたのは、見目麗しき二人の王子様だった。

 アンティーク調のソファに座りながら憂いを帯びた表情を浮かべているのは、漆黒の髪を高く結い上げている王子様。

 鮮やかな真紅の衣装を纏い、足を組んで溜息を吐き出している。


 そして、彼の傍で微笑んでいるのは、耳が隠れるくらいまでの金糸のような髪を持つ王子様。

 彼は白銀の衣装を纏い、穏やかな表情を浮かべて黒髪の王子様を見下ろしている。


 ――美智さんと棗さんだ!


 最初から主演の二人が登場したことにより、会場内には黄色い歓声が上がる。


 棗さんは元々男装の麗人なので、金色のウィッグと衣装だけでも王子様。

 美智さんはメイクで男性に近づけているようで、いつもよりも凛々しくてカッコイイ!


 二人の背景はお城の舞踏会だとすぐにわかるようなセットが組まれていて、絢爛豪華なドレスを纏った貴族達が。

 彼らの左右には音楽隊が優雅な音楽を奏でていて、貴族達はその音楽に身をゆだねるようにダンスを踊っている。

 BGMはスピーカーから流すと思っていたけど、音楽隊による生演奏だ。


 中央には大理石を模した階段が設置されているんだけど、本当に登れるようでちゃんと組まれている。


 もしかして、後で使うのかな?


『クレイ。君の伴侶を選ぶ舞踏会なのにそんな顔をしていたら、可愛らしいご令嬢達を悲しい顔をさせてしまうよ?』

 棗さんが美智さんに向かって口を開く。


 どうやら舞踏会は、美智さん演じるクレイ王子の伴侶探しのために開催されているみたい。


『それが問題なんだよ。俺はまだ結婚なんてしたくないのに。ギルバードと違って社交的ではないし』

『少しご令嬢達と踊って来なよ。君の伴侶になりたくてみんな着飾ってきてくれているんだから。もしかしたら、運命の女性と出会えるかもしれないよ? 君のために開かれたのだから、踊らないとね』

『……確かにな。でも、気分転換に少し外の空気を吸ってから踊るよ』

 クレイ王子が立ち上がり左手へと向かって足を進めれば、ギルバード王子が肩を竦めて後を追っていく。

 すると、照明がゆっくりと消え暗くなり、場面が転換されていった。


 漆黒に包まれる壇上に突如としてスポットライトが当てられた。

 それは、舞台中央にある階段。

 ゆっくりと端から現れたのは、クリーム色のフリル満載のドレスに身を包んでいる女性だった。

 水色の長い髪を躍らせながら、中央に向かって歩いていく。


 男性かな? なんか、体型が……


 俯いていて全く顔が見えないけど、ドレスを着ている体の肩幅や骨格から男性のように窺える。

 左右からもスポットライトが当てられると水色の髪をした女性が顔を上げたのだが、私は彼女の顔を見て喉まで出かかった言葉を飲み込む。


 ――た、匠君っ!?


 会場全体で沸き上がる黄色い歓声の中、彼の表情が一瞬引き攣ったように感じた。

 ノリ気じゃないのは朋佳さん達に聞いていて事前に知っていたけど、やっぱり色々な葛藤があるのだろう。


 匠君はいつもの匠君と違って、ちゃんと女性に見える。

 がっつりと濃いめのメイクをしているけど、どことなく彼の面影が窺え、匠君だなぁと思った。


 匠君が一段ずつゆっくりと階段を降りれば、音楽隊が優しげな音色を奏でる。

 だが、匠君が階段を降りた途端、雷のように激しい旋律へと変化。

 すると、左から二人のドレス姿の女性が登場する。


 銀糸の髪をツインテールにした双子の女性だ。

 彼女達が纏っているのは、ピンクの生地で出来たドレス。

 肩が大きく開かれ、小さな花を模した飾りが縫い付けられているんだけど、デコルテがすごく綺麗。


 顔立ちも見た目も似ている双子だけれども、彼女達の態度が対照的。

 一人は生き生きとしているんだけど、もう一人が死んだ魚の目をしている。


 今にもスキップしそうなくらいに弾んでいる少女は、後方をのたのたと歩いている死んだ魚の瞳の少女の方を振り返った。

 そして、彼女の方へ腕を伸ばすと手を繋いで引っ張りながら舞台中央まで移動していく。


 二人共すごく可愛い。

 アイドルグループにいたら絶対に人気になるだろうってレベルだ。


『お姉様。ご覧になって。アゼリアが来ているわ』

 少女が匠君の方へ指をさしたんだけど、私は彼の正体を知り驚いてしまった。

 だって、隼斗さんの声だから。


 ……ということは、もしかして隣にいるのは健斗さん?


 どうしよう。あまりの可愛らしい姿に違和感が仕事をしない。


 会場内の人達も今気づいたのか、どよめきが走った。

 気持ちはわかる。声を聞かないと全く気付かなかったのだから。


『アゼリア。貴女、よくここに顔を出せたわね。没落寸前の家なのに。もしかして、クレイ王太子殿下に見初められるかもなんて淡い期待を抱いているのかしら?』

 隼斗さんは匠君の傍に寄るとクスクス笑っている。


『残念ね。王太子殿下の妻になるのは、私とお姉様のどちらかよ』

『あら、それは私の間違いではなくて?』

 匠君、隼斗さん、健斗さんで驚きの連発だったのに、また聞き覚えのある声が聞こえて来てしまう。


 舞台の右側から届いてきたのは、臣さんの声。

 視線を向ければ、右側にスポットライトが当たり二組の女性が現れる。


 腰まで長い漆黒の髪をそのまま下ろしている女性と、深緑の髪を髪飾りで纏めている高身長の女性だ。

 身長が高い人は匠君同様に骨格などから男性とわかるし、メイクはされているけど確実に見覚えがある顔。


 ――緑南さんと佐伯さんだ。


 美智さん達同様、湧き起こる歓声。それに対して、佐伯さんが手にしていた扇子で顔を仰ぎ始める。

 心なしか頬に赤みがさしているような気がした。


 匠君は清楚な印象を受けるドレス。そして、隼斗さん達は可愛らしい印象を受けるドレスだった。

 最後に出て来た緑南さん達は、豪華なドレスだ。


 彼女達が動けば、キラキラとドレスに縫われている宝石や首元を飾っているネックレスが光輝く。

 ネックレスはよくテレビで時価総額何億とやっているような代物で、まさか学園祭で見るとは思ってもいなかった。


『没落寸前の忌まわしき魔女の血が混じるアゼリア。貴方はこの場に相応しくないわ。消えなさい』

 緑南さんは凍えそうな声で匠君に告げながら歩み寄ると、手にしていたグラスを傾ける。

 グラスには葡萄色の液体が入っていたため、匠君のドレスへ染みを広げていく。


『あっ……』

 匠君が声を上げれば臣さんの甲高い笑い声が場に響く。

 すると、タイミング良く美智さんと棗さんが左側からやってくる。

 美智さんは足を止めて中央にいる匠君達を訝しげに見詰め、棗さんは目を大きく見開いていていた。


『……アゼリア』

 棗さんが呟けば、美智さんが反応する。


『知り合いなのか?』

『あぁ。僕が会いたかった子だよ』

 棗さんは美智さんへ微笑むと、颯爽と駆けだしていく。

 美智さんは棗さん越しにいる匠君を見れば、視線に気づいた匠君と美智さんの瞳が交わる。

 すると、全体の照明がゆっくりと落ち、今度は美智さんと匠君だけが照らされた。


 なんとなくここまでのお話で内容がわかって来た。

 美智さん演じる王子・クレイと匠君演じるご令嬢・アゼリアの恋物語なんだと思う。

 棗さんがアゼリアにずっと想いを寄せていた隣国の王子・ギルバードで三角関係に発展するのかも。


 ――しかし、演者が豪華だなぁ。美智さんと棗さんに匠君達だもん。臣さんと隼斗さんはすごくノリが良く楽しんでいるのが意外だった。


 座席が抽選になるのも納得だ。




 最初は匠君達に驚いたけど、どんどん劇に引き込まれていった。

 気づけば、あっという間に劇が終了。

 三角関係の末、クレイ王子がアゼリアに思いを告げて、彼女もまたクレイ王子への想いを受け入れて無事ハッピーエンド。

 途中、棗さんと美智さんの対決もあり、すごくハラハラドキドキしておもしろかった!


 舞台上では全演者達が登壇して深々とお辞儀をしているんだけど、会場内は大きな拍手で包まれている。


 ――匠君、おつかれさま。


 きっと慣れない女装とヒールで歩きにくかったりして疲れているだろう。

 私は真ん中付近にいる匠君を見詰め拍手をしながら、心の中で彼を労った。





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