朱音の変装
今回は長めになってしまったため、2本に分割して更新です。
『朱音の変装』『匠のいとこ達集合』
六条院祭当日。
私はうちに迎えに来てくれた朋佳さんに連れられ、春ノ宮家へ。
初めて訪れた春ノ宮家は、とても広々としていた。
広大な敷地を白と黒の塀でぐるりと囲み、中には立派な日本家屋風の建物と職人さんたちにより剪定され整えられた庭が窺える。
離れに大きな茶室もあるようで、美智さんが時々春ノ宮家でお茶会をすると言っていたのを思い出した。
さすがは五王家と並ぶ春ノ宮家。
私は朋佳さんに先導されながら、艶々に磨き上げられた廊下を歩いていく。
五王家に初めて招待された時も家の大きさにびっくりして気おくれしてしまっていたが、春ノ宮家でも同じ状態になってしまっている。
そんな私とは違い、先導してくれている朋佳さんは自宅だから足取りも軽い。
「朋佳さん。お祖父さんとお祖母さんは……? ご挨拶を……」
「今、外に用事があって不在なの。匠と美智の劇には真っ直ぐ見に行く予定よ。ほんと、タイミングが良かったわ。お祖父様に見つかったら、朱音さんをこっそり六条院祭に連れて行くのを阻止されそうだもの。匠を誰よりも応援しているのはお祖父様だから。ちなみに両親も不在よ。お父様はお仕事でお母様は先に六条院祭を見に行っているわ」
「そうですか。ご無沙汰していたので、久しぶりにお会いできると思っていたものですから」
「ごめんね。代わりに従妹達が揃っているから紹介出来るわ。うちに今集まっているのは女子。男子も匠達の演劇を見に行くって言っていたけど」
「匠君のいとこ……」
どんな人達なのかな? と思っていると、目的の部屋へと到着したようだ。
朋佳さんが足を止めて障子を開ければ、中には七泉の高等部と中等部の制服を纏っている少女が二人いた。
姿勢をぴんと伸ばして正座している。
二人共、こちらを見て穏やかに微笑んで「こんにちは」と挨拶をしてくれた。
七泉の高等部の生徒はボブカットで、中等部の生徒は胸元まである長い髪を二つに分けて結っている。
二人とも凛とした和風美女という雰囲気を醸し出していた。
「さぁ、どうぞ朱音さん。座って」
「失礼します」
私は朋佳さんに促されて、彼女達とはテーブルを挟んで反対側へと座る。
私の隣には朋佳さんが座った。
「朱音さん、紹介するわ。彼女達は私と美智の従妹達よ」
「初めまして、朱音お姉様。私、春ノ宮鈴夏申します。美智お姉様とは一つ違いで高等部一年ですわ。こちらが妹の真冬」
「朱音お姉様、初めまして。真冬と申します。美智お姉様や匠お兄様から朱音お姉様のお話を伺っております」
お姉様と呼ばれて、私は聞き慣れず戸惑ってしまう。
だって、お姉様なんて初めて呼ばれてしまったのだ。
美智さんと匠君達は普通に呼ばれてそうだが……
「初めまして、露木朱音です。今日はよろしくお願いします」
「そんなに堅くならないで。朱音お姉様」
「そうですわ。匠お兄様次第では長いお付き合いになりますし」
「匠君次第ですか……?」
私は首を傾げる。
「匠お兄様と朱音お姉様のお蔭で、あのお祖父様が恋愛解禁をして下さったのです。ですから、私達孫一同は朱音お姉様には感謝しておりますの。そもそも、恋愛禁止なんて時代錯誤。私達はアイドルではないですし」
「私は何も……」
「いいえ、朱音お姉様のお蔭です」
鈴夏さんはきっぱり告げた。
「ここには女子しかいませんが、男子も感謝しておりますわ。春馬お兄様や龍馬お兄様達は隠れて付き合うのに慣れていると思いますが、景お兄様なんて初めて彼女が出来たのに、お祖父様にバレるのがマズいってなかなかデートできずにいましたから。お祖父様にバレて問題になったら、お相手の方にご迷惑になりますし」
「景お兄様ですか……?」
「私の弟で春ノ宮家の本家跡取りですわ。祖父には四人の子供がいて、長男が私の父、次男が雪人叔父様、三男が春人叔父様、長女に秋香叔母様がいるの」
「ここが春ノ宮家の本家で祖父母と朋佳お姉様のご家族が住んでいるんですよ。私と鈴夏お姉様は、次男雪人の娘です」
「鈴夏達の他に、もう一人女子には春人叔父様の娘・佐弥香がいるわ。彼女は好きなアーティストのライブに参加中ですので不参加。今度リベンジするって言っていたので、もしかしたら朱音さんとは近々お会いするかも。あの子、ちょっと面倒なところがあるから、ご迷惑をかけたらすぐに言ってね。叱るから」
「佐弥香お姉様、ちょっと色恋絡むと面倒になりますわよね」
「恋愛至上主義ですから。美智お姉様とは同じ年だけれども、真逆ですものね。美智お姉様は落ち着いていますが、佐弥香お姉様はテンションが高いです」
佐弥香さんについては、美智さんと同じ年だということ。
そして、今回参加出来ないという情報だけはわかった。
「残りのいとこは、男子達ね。男子にバレると匠に密告されそうだから、朱音さんが来ることは教えてないの。景には怪しまれているけど、あの子は今部活に行っているから大丈夫。さぁ、景がいないうちに準備を始めましょう!」
「準備ですか……?」
「えぇ、変装よ。鈴夏、持って来たわね?」
朋佳さんは満面の笑みを浮かべると鈴夏さんへと顔を向ける。
朋佳さんと瞳同士をかち合わせた鈴夏さんは、大きく頷くと自分の隣に置いていた紙袋へと手を伸ばして掲げた。
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「だ、大丈夫でしょうか……?」
私は目の前にある姿見に映し出されている自分の姿を見て、周りにいる人達に訪ねる。
鏡の中の自分はいつもの髪型と違い、美智さんのようなストレートなロングヘア。
紅茶色をしていて、自分のセミロングの黒髪に見慣れているため違和感があった。
瞳にもカラーコンタクトが入れられ髪色と近くなり優しい印象を受けている。
しかも、さっきメイクをして貰ったため、アイライン効果とコンタクト効果が合わさって心なしか目が大きく見えるし、唇もグロスによって艶々でぷっくりとしていた。
纏っている服は、鈴夏さんが持って来てくれたセーラー服なんだけど、見覚えのない学校のものだ。
セーラー服の襟が赤く、リボンはベージュ色。
上には白のカーディガンを羽織っている。
スカートはチェック柄で、いつも私が着ている制服のスカートよりは短めだ。
「朱音お姉様、かわいいっ!」
「えぇ、本当に。サイズもぴったり。これなら、匠お兄様にはバレませんわ!」
鈴夏さんと真冬さんの姉妹が私の腕にしがみつきながら、褒めてくれている。
でも、私としては他校の制服を着てもよいのかと不安の方が大きい。
顔に出ていたのか、そんな不安を朋佳さんが解消してくれた。
「安心して。制服は架空の学校のものだから。鈴夏の手作りなの。あえて名前をつけるなら春ノ宮学園や春ノ宮高校とか?」
「えっ、このクオリティで手作りですかっ!?」
「はい。私、昔から縫物が好きだったんです。今は亡き曾祖母の影響ですわ。大抵ミシンで縫いますが、時々手縫いも。浴衣などは自分で縫えます」
「凄いです……」
私は感心してしまっていた。
勝手な先入観かもしれないけど、お嬢様と裁縫なんて全く結びつかなかったから。
しかも、完成品が既製品のようなクオリティ。
「朱音お姉様も十分すごいと思いますわ。美智お姉様から朱音お姉様は、お菓子づくりがお上手だと伺いました。あの……受験が終わってからでも結構ですので、お菓子を作るのを教えていただけませんか?」
鈴夏さんは顔を真っ赤にしながら言った。
――もしかして、好きな人に渡したいのかな?
なんとなく、彼女の様子を見ていて過ぎる。
「はい、勿論です」
「ありがとうございます」
ぱぁっと輝く鈴夏さんの笑顔がすごく可愛かった。