みんなで楽しい海水浴
照りつける太陽の下。
波の音をかき消すくらいに賑やかな人々の声が辺りを包んでいる。
今年の夏は暑いためもあってか、海水浴場は遊びに来た人達が大勢いてかなり混んでいた。
なんとか空いているスペースを探し出し、俺と国枝は他の人達と同じようレジャーシートを敷き、ビーチパラソルやクーラーボックスなどを設置した。
すぐにどっかに行こうとするレオンを見張りながらだったため、ちょっと疲れてしまっている。
俺と国枝、レオンはもう既に着替えを終え、ビーチパラソルの下でレオンが買ったフロートの準備をしながら朱音達を待っていた。
フロートはデフォルメされたワニだ。
朱音の水着は見たい。だが、他の男には見せたくない!
……ということで、当初はプライベートビーチに行くことを考えたが、五王家が所有するプライベートビーチは全部海外。
そのため、臣達が所有している国内のプライベートビーチを借りようと思ったが都心から離れた所にある。
ヘリでとも考えたが、レオンが早く海に入りたい! と騒いでいたので、いつも通り父の友人が経営する海の家がある場所へ。
子供の頃からよく家族で来ているので土地勘があるし。
――朱音の水着! どんな水着を着てくるのだろうか。
俺は朱音の水着に心を躍らせ、ワクワクしながら朱音達を待っている。
なんとなくだが、朱音はワンピースタイプの水着っぽい。
写真を撮ろうと誘っても良いだろうか? いや、やっぱり水着姿だから止めた方が良いだろうか?
「匠、ワニが破裂しそうだぞ」
「え」
ぼーっと朱音の水着について考えているとレオンの声が聞こえ、俺は弾かれたように視線を下へと落とせば、レオンが地面に置いてあるものを見て指をさしていた。
それはワニのフロート。傍には黄色い空気ポンプがあり、俺が踏んでいる。
「あっ、そうだった。膨らませていたんだっけ」
俺は慌てて踏むのをやめて空気穴を塞げば、レオンがワニ型のフロートに乗った。
俺としてはイルカのフロートの方が良かったんだが、レオンはワニ一択。
「匠様。朱音様の水着のことを考えていたんですね。わかりますよ」
シートの上に体育座りをしながら、団扇で俺達を扇いでくれている国枝がこちらを見ている。
「……仕方ないだろ。朱音の水着なんだから。それより、国枝は美智についていなくても良いのか?」
「俺が女子更衣室の前にいたら完全に不審者ですよ。女性の護衛がいるので大丈夫です。ですから、ご安心ください。ナンパの心配もありません」
「ナンパ……っ! そうだよ、海はナンパがあるじゃんか。俺、朱音の事を迎えに行って来る。悪いけど、レオンを見ていてくれ」
俺はそう告げ、立ち上がった時だった。
「匠君?」という声が届いたのは。
条件反射ですぐに振り返って目を大きく見開く。
そこにいたのは、水着を身に纏っている朱音と美智だった。
朱音は上が白いフリルのビスチェ風で、下が水色のギンガムチェックのスカートタイプの水着。
ビキニだけれどもビスチェ風なため、お腹が僅かに窺えるくらいで露出が少ないし、下もスカートタイプだから朱音が選んだのも納得。
美智は黒の花柄のワンピースタイプの水着だ。
「朱音、美智ねーちゃん。遅いぞ!」
「ごめんね。更衣室がちょっと混んでいて……」
「レオン。朱音さんを呼び捨てしては駄目よ」
「朱音ねーちゃん」
俺が朱音のことをお姉ちゃんって呼べと言った時は全く聞く耳を持たなかったのに、美智の言う事はすぐにきく。
朱音ねーちゃんと呼ばれた朱音はとても嬉しそうだ。
「朱音、すごく水着が似合っているよ。本当にありがとう!」
「……お兄様」
俺のテンションがおかしい方向に向かってしまっているせいか、視界の端に妹のドン引きしている姿が映っていたが俺は一切気にしない。
「レオン君は恐竜柄の水着だね。かっこいいよ」
朱音が屈み込んでレオンに声をかければ、レオンが口を開く。
「そうだ。俺はかっこいいんだぞっ!」
相変わらずの俺様で自信家な発言が飛び出したため、レオンらしいなぁと思った。
「朱音ねーちゃん達も来たし、泳ごうぜ」
そう言ってさっさと走り出してしまったレオン。
俺は慌てて追いかけて捕まえ抱き上げれば、打ち上げられたマグロのようにレオンが大暴れ。
準備運動もしないで海に入ろうとしていたし、チビッ子の一人で海遊びが危険だから止めるに決まっている。
一応、今は俺が保護者代わりだから責任もあるし。
「離せよ、匠っ!」
「準備運動をしろ。それから、子供が一人で勝手に海に入ろうとするな」
「俺は子供じゃない。もうすぐ六歳だっ」
「まだ子供だろ」
「子供じゃないっ! 匠が子供だろ」
大声で叫びながら暴れているのが子供だと自分で言っているものだと思うが、癇癪中のレオンは暴れ馬の如く落ち着く様子がない。
「レオン君」
「レオン、一人で危ないでしょう」
朱音と美智が俺の傍によると、レオンに声をかける。
「準備運動してから海に入ろうね。レオン君、準備運動やり方わかる?」
「わかる。俺、スイミングスクールで習っているから」
「そっか。じゃあ、私に教えてくれる?」
「いいぞ!」
さっきまで暴れていたのが嘘のように、ぴたりと大人しくなった。
抱き上げているレオンを落とさないようにと気を張っていたが、静かになったため一気に疲労感が襲ってくる。
もう、海に入る前からどっと疲れが……
準備運動をして俺達は海へ。
照りつける太陽で肌が焼けそうだが、海は少しひんやりとしていて気持ちが良い。
ほんのりと漂う海風に乗る潮の香りと、どこまでも続いている青い空。
そして朱音の水着。夏だなぁ! と思う。
「匠、乗せろ!」
「わかった。誰かフロートを支えていてくれ」
美智と朱音が支えてくれているワニ型のフロートの上にレオンを抱き上げて乗せれば、レオンが満足そうな顔をする。
そして、朱音の方を見て口を開く。
「朱音ねーちゃんも乗せてやるぞ」
「私も……?」
「大丈夫ですわ、朱音さん。ワニのフロートは大きいですし。流されないように、お兄様がフロートを見ていますので」
「美智ねーちゃんも乗るか?」
「三人は無理ですので、ゆっくりと海を楽しみますわ」
「カノンにーちゃんと同じか。海に入らないで船の上でゆっくりとしているのが好きなんだって」
「音楽ガンガンかけての大人数で船上パーティーがゆっくり……」
「船の上より、美智ねーちゃんは雲の上が似合うよな。あと、袋」
やめろ、レオン。風神雷神みたいって美智の前で言うなよ。美智から雷が落ちるから。
俺はハラハラと美智とレオンを見ていたが、美智は首を傾げた。
「袋と雲ってサンタクロースということかしら?」
「美智さんがサンタクロースってすごく似合います。すごく綺麗なサンタクロースですね」
「まぁ! 嬉しいわ」
「ほんと、似合うぞ。美智。さぁ、朱音フロートに乗って。動かないようにちゃんと支えているから」
俺は話を切り上げると、ワニ型のフロートを掴んだ。
「うん、ありがとう」
朱音は美智にサポートして貰いながらフロートに乗ると、波に揺れるフロートでバランスを取っているレオンを支えるために腕を伸ばし、後ろからレオンへ抱き付く。
――俺もレオンになりたい。水着姿の朱音と密着って、なんて羨ましい。
「なんだ、匠。羨ましそうにこっちを見て。あっ、わかったぞ! 俺と一緒に乗りたんだな。しかたないから、後で乗せてやるよ」
レオンは俺の下心に気づく様子もなく笑顔で告げた。
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しばらく海で遊んだ後、熱中症対策や水分補給のため、俺達は一端陸にあがることになった。
レオンがかき氷を食べたいと言うので海の家へ。
気温が高いということもあって、海の家がある場所は人で大人気だ。
かき氷を持っている人達が多い。
ホタテやイカなどの海鮮も焼いている店があるようで、醤油の香ばしい香りが食欲をそそる。
俺達が訪れたのは白の木材を組み合わせて作られた海の家。
店先ではか冷たい氷水の中に入っている飲料水の販売等を行なっており、お客さんが飲み物を選んでいた。
店先でかき氷を作ったりして接客をしていたのは、俺達と同年代の少年。
肌は夏の日差しでこんがり焼かれていて首元にタオルを巻き、Tシャツにエプロン姿だ。
彼は俺達に気づくと、目を大きく見開く。
「おっ、匠と美智じゃん!」
「久しぶり、尚」
「お久しぶりですわ」
彼はここの店長である濱野さんの息子である尚。美智と同じ年の高二だ。
夏は海の家でバイトしている。
「えっと……彼女とその弟?」
「朱音さんです。私とお兄様の大切なお友達ですの」
朱音が会釈をすれば、尚も同様に会釈をする。
「そんでこっちがレオン。俺のいとこ」
俺は朱音と手を繋いでいるレオへと視線を向ければ、レオが右手を上げて「レオンだ!」と自己紹介をした。
「めっちゃ可愛いなぁ」
「中身は俺様だぞ」
「匠―っ、早くかき氷食べたい!」
レオンは空いている手で俺の手を掴むと左右に振った。
「わかった、わかった」
「父さんも中にいるからきっと匠達が来たのを喜ぶよ。おじさんは?」
「仕事」
「あー、時々忘れちゃうけどおじさんって大企業の社長だもんな。ほんと、なんで学生時代にうちでバイトしていたんだろ。確か、院生になる前までしてたって」
「匠君のお父さんがバイトしていたお店なの?」
朱音が首を傾げながら訊ねてきたので、俺は首を縦に振る。
「そう。夏休みの期間にバイトをしていたんだよ」
「おじさんが店先に立つと売り上げがかなり伸びたってある意味伝説の人。あっ、うちの父さんが中にいるから、きっと匠達に会うと喜ぶよ」
「匠、かき氷!!」
「わかった、わかった。じゃあな、尚。また後で」
「うん、また」
手を上げて尚と別れて店内へ向かった。
店内はお客さんでほぼ満席。
テーブル席と座席があり、どちらもほとんど埋まっているため、店員さんが三人忙しそうに料理を運んでいる。
壁にはメニュー表が書かれた紙が貼られ、所々に貝殻で作られた小物などが飾られていて海っぽい。
俺達は店員さんに案内され、奥の座席で寛いでいた。
朱音の隣を陣取りたかったが、レオンが先に陣取ってしまったため、俺は美智と隣同士に。
「いやー、久しぶりだな。去年来てくれて以来か。匠はますます良い男になったし美智は秋香さんに似て相変わらず美人だな。二人とも元気そうで良かった」
注文したかき氷やホタテ焼きなどをテーブルへと並べながら、店長である尚のおじさんが言った。
人懐っこい笑みでいつも俺達を優しく出迎えてくれる人だ。
おじさんは、尚と同じようにこんがりと焼けた肌に店名が入ったTシャツ姿。
「おじさんも変わりなく」
「さっき尚にもお会いしましたわ。尚もおじ様も元気そうで何よりです」
「今日は可愛い友達と天使のようないとこも連れて来てくれて嬉しいよ。初めてだな、家族以外と来てくれるのは。海水浴の期間はいつも店を開いているから、お友達もいとこも良かったらまた来てくれ」
「はい、是非」
「俺も来るぞ」
レオンも朱音も笑顔で返事をすれば、ちょうどおじさんが店員に呼ばれてしまう。
おじさんは、「ゆっくりしていけ」と言って席を離れていけば、レオンが満面の笑みを浮かべながら苺のかき氷を食べ始める。
「かき氷、うまい!」
かき氷が食べたいと言っていたので、念願のかき氷を食べられて満足なのだろう。
俺と朱音の前にはメロン味のかき氷が置かれ、美智の前には焼きそばが置かれている。
ホタテやイカ焼きなどの海鮮は、真ん中に置いてみんなで食べられるようにしていた。
「朱音も食べるか? 俺のは苺味だぞ」
レオンは朱音の方へかき氷の乗ったスプーンを差し出せば、朱音は嬉しそうに顔を緩めると唇を近づけて開く。
「美味しい。レオン君、ありがとう」
朱音にお礼を言われたため、レオンは嬉しそうだ。
「メロンも食べたい!」
朱音は最初いちご味のかき氷にしようと思ったが、レオンがメロンといちごを迷ったのでメロンのかき氷に。
「はい、どうぞ」
朱音がスプーンですくいレオンへと差し出せば、レオンは美味しそうにぱくついた。
よし、俺も!
「こっちの味も……」
俺もレオンの様に朱音にと思ったが、俺が注文したのは朱音と同じメロン味。
しかも、かき氷のシロップは着色と香料はで違いを出しているが、味は基本一緒だったのを思い出した。
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海を堪能した俺達は真っ直ぐ屋敷に戻った。
玄関前に車を止めて降りている。すっかりとオレンジに染まりかけた空を見て、楽しい時間が経つのは本当にあっという間だなぁと強く思う。
「匠君、荷物は鞄だけかな?」
朱音が自分の荷物と俺の鞄を手にして車を降り訊ねてきたので、俺は「それだけだ。ありがとう」とお礼を告げる。
自分で荷物を持とうと思っても、腕に抱えている人物がいるため無理。
「ううん。匠君はレオン君を抱っこしているから。レオン君、かわいいね」
「寝ている時はな。帰り道を寝てきたから、夕食前には起きると思うよ。いつもそんな感じだから」
俺は抱き上げているレオンを見ながら呟く。
暴れ馬のごとく海ではしゃいでいたレオンは電池が切れたらしく、車の中で爆睡。
五歳だから結構な重量感だ。
また起きたら遊べコールが始まり、お風呂も一緒に入っておもちゃで遊ぶコースになるだろう。
朱音が俺とレオンを見てクスクスと笑い出したので首を傾げていると、朱音が唇を開く。
「ごめんね、笑ったりして。匠君、良いお父さんになりそうだなぁと思ったの」
「良いお父さんっ!?」
俺としてはレオンに振り回されてばかりだったが、まさか朱音にそんな風に思っていて貰えたなんてと感激。
「貝殻を一緒に探してあげたりしていたし、今もレオン君の面倒見てあげているもの」
「あー、桜色の貝殻探したなぁ」
桜色の小さな貝殻を一緒に探せとレオンに言われて、俺は貝殻探しもやった。
レオンの妹・ミレイに桜色の貝殻をあげたいらしく、見つけてもレオンのジャッジは厳しかった。
お気に入りが見つからず癇癪を起こすレオンに対して、朱音がシーグラスも綺麗だよと提案すれば、あっさりとそっちに乗り換え。
レオンはお兄ちゃんとして妹におみやげを探したかったのだろう。可愛いところもある。
「匠君は匠君のお父さんに似ているよ。本当に良いお父さんになるって思った」
お母さんは朱音でいいですか? と心の中で訊ねていると、朱音の後方にいる美智と国枝が視界に入る。
二人はまたいつもの如く、にやにやとした笑みを浮かべて俺を見ていた。