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ぐるぐると巡り回る感情

匠視点

生徒会室から出て廊下を歩きながら、酸素を吸うために意識的に深めの呼吸する。

空調により管理された空気なのに、何故か今は山頂にいるかのように新鮮に感じた。


――……このまま会議室に直行するか。


そして臣には事情を話し、大人しく始末書を提出しよう。

どんな理由があるにせよ、会長である俺が部外者を残し生徒会室から退出した事には変わりないのだから……


そんな事を考え足を踏み出せば、

「匠……?」

と、前方より声を掛けられてしまう。

そのため弾かれたようにそちらへ顔を上げれば、一人の男子生徒の姿があった。

彼はシルバーフレームの眼鏡越しに目を大きく見開き、首を傾げている。

その人物こそ、俺とクラスメイトでありながら、この学園の生徒会副会長であるおみ


華道の名家として名を馳せる緑南りょくなん家の次男である彼は、相変わらず涼しげ。

黒曜石のような艶のある髪は、清潔感を感じるように耳がわずかに隠れるようにカットされている。

そしてシャープな輪郭には、猫のような瞳とはっきりとした鼻筋、それから引き締まった唇というパーツが窺えた。まるで天井からピアノ線で吊るしたように綺麗な姿勢で、その姿はまるで一輪の竜胆のようだ。


「鞄を持ってどちらへ? 会議室の準備が整いましたら呼びに行きますから、生徒会室で待っていて下さいとお伝えしたはずですが……」

「その生徒会室に部外者が立ち入っている。だから俺が出てきた」

「え? 待って下さい。役員以外入れないのに何故?」

「健斗だ」

「……相手は女性ですね」

臣は肩を落として大きな嘆息を零すと、ずりかけた眼鏡を直す。


「ですが、匠も匠ですよ。どうして追い払わなかったのですか? 立ち入り禁止にしている理由は、資料の盗難等を危惧して。貴方が退出しても意味がありません」

「仕方ないだろ。言っても出て行かない上に、これ以上顔を合わせていると色々咎めてしまいそうになるからな。同じ空気も吸いたくないし。大丈夫だ。あの女の目的は恐らく生徒会室ではない――」

「どういう事ですか?」

訝し気な臣をしり目に、俺は壁際にもたれ掛かった。

廊下に等間隔に設置されている窓から見えるのは瑞々しい木々。それは春に窓をピンク色に染め上げるぐらいに咲き誇っている桜の木だ。学園の創立以来、生徒たちを見守ってくれている。


「……露木琴音。知っているか?」

「えぇ。うちは外部からの編入は少ないので。ですが、情報は顔と名前ぐらいですよ?」

「琴音に告白された。でも、本気じゃないだろうな。退出する時には、次のターゲットが健斗になっていた。恐らく、箔を付けたくて俺に近づいて来たんだろう。最悪な事に、健斗もすっかりほだされている」

「あの人は全く……!」

そう言って臣は頭を抱えると、苦々しい表情を浮かべている。


緑南家は代々着物は全て羽里で仕立てている。

臣も小さい頃から出入りしており、健斗とは付き合いが長い。

そのため、お互いを家族のように熟知していた。

健斗の両親だけじゃなく、臣も健斗の女癖を何度も忠告していたようだが、あれはなかなか直らないらしい。


「始末書提出。それからご両親への報告ですね。もう今回ばかりは、夏休み返上で寺修行させられますよ」

「寺?」

「えぇ。健斗のお母さんの実家が寺なんです。いつまでもあんな風にフラフラしているのならば、スマホを没収し精神修行させるとおっしゃってました」

「スマホ取られるのキツイよなぁ……あいつ、片時も離さないし」

「ご住職……健斗のお祖父さんが厳しい方。しっかり扱いて下さいます。それよりも匠。露木琴音との間に一体何があったのですか?」

「……何故?」

「そんな事ぐらいで貴方の機嫌がそんなに悪くなるなんて考えられません。家柄目的で近づかれたのなんて、お互い数えきれませんし」

「別に。何でもない」

「いいえ。同じ空気も吸いたくない。そんな事、貴方は普通言いませんよ。告白してきた女の子達の勇気を買って丁寧に断っているじゃないですか。もしかして、最近貴方の様子が可笑しい件と何か関係があるのですか? もしや、竜崎りゅうざき家のご令嬢に未練があるとか?」

「!?」

突然出てきた名。それに俺の心臓が一瞬だけ大きく跳ねてしまう。

それもそうだろう。去年の夏に円満に別れた元カノの話。

とっくに俺もあちらも過去となっているというのに!

それにあちらにはもう付き合っている彼氏がいる。


「何故、急に佐緖里さおりの話が出るんだ!?」

そう怒鳴るように告げれば、俺のそのリアクションがおもしろかったらしく、臣はクスクスと笑い始めてしまう。


「冗談ですよ。それで、本当の理由は? ……まぁ、強要するつもりはありませんが」

「ただ、朱音の事が気になって仕方がなかったんだ。これから俺が何をしてやれるかとか、朱音の事をどう思っているのかとかさ……」

「朱音さんですか?」

「露木朱音。露木琴音の姉だ。父さんが描いたあの絵本が縁で知り合ったんだよ」

「匠のお父さんの絵本ですか? あぁ、あのウサギの……」

臣は死んだ目をし、何処か遠くを眺め始めてしまう。

ちなみに、あの絵本は漏れなく俺や美智の仲が良かった友人達、親戚や会社関係の子供達にも配られている。結構大人数に配られたのに、朱音のような反応をしてくれたのは皆無。

言わずもがな、原因はあの絵とストーリーだ。


「あぁ、そうだ。あのウサギの冒険。みんな表紙だけで、中身を一切見ずに終わったあの絵本」

「一応中身を読んだ子もいましたよ? でも、途中でつまらないって放り投げていました。その子のご両親は顔面蒼白でしたが。もしかして、その絵本を配られた子なんですか?」

「いや、買って貰った子だ」

「え……」

臣が雪像のように固まってしまう。

余程衝撃的だったのだろう。無理もない。俺も同意する。本屋で並んでいたら、真っ先に避けるぐらいのレベルだから。


「しかも、その絵本が好きだって言ってくれたんだ。だから、父さん暴走して結構面倒だったんだよ」

「すみませんが、その絵本はあのウサギの冒険ですよね? 線がガタガタで、塗り方も雑ではみ出しているあの絵本」

「信じられないだろ? 俺も最初はあの絵本を好きだって? と思ったから」

「そうですよね……僕も信じられません」

「朱音の両親の愛情は、妹の琴音の方にばかり傾いているんだ。しかも、妹も朱音に対して態度が悪い。お前、風呂上りに妹にコンビニに行って、オレンジジュース買って来いって言われたらどうする?」

「誰に物を言っているのか、一度だけ考える猶予を差し上げます」

「……あぁ、うん。お前ならそうだと思った。でもな、朱音は違う。朱音はそれが日常なんだよ」

「まさか! ピアノ科でも品行方正な女子生徒だという話ですよ? あぁ、でも……」

臣は一旦話を区切ると、顎に手を添え何かを考えはじめるような素振りを見せた。


「何か知っているのか?」

「えぇ。気になる点が一つだけ。弟……らんに聞いたのですが、露木琴音は一部の生徒からはあまり評判が良くないそうですよ。と言っても、外部生の中でも本当に限られた人々からですが」

「どういう事だ?」

「又聞きのため、信憑性が薄いかもしれません。実は蘭の友人に外部生がいるのですが、その子から聞いたそうです。その友人に対して態度が全く違うという事を。蘭も最初は信じられなかったそうですが、最終的には自分の友人が嘘を言うはずがないと信じる事にしたそうです」

「……ということは、人を選んで態度を変えている可能性が高いという事か」

「えぇ、恐らく。しかし、面倒ですね。露木琴音という人物は」

「あぁ。そんな妹や両親に囲まれている朱音の事を守ってやりたいんだ。笑って欲しいし、我が儘も言って欲しい。もっと頼って欲しいって思う。これが同情なのかわからないんだが……」

ぽつりと漏らした言葉に、一瞬だけ臣の目が大きく見開かれた。

かと思えば、微笑まれてしまう。


「匠。僕にはもう答えが出ているように感じますよ?」









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