流しそうめん
こんばんは!いつもお読みいただきありがとうございます。
今日より夏休み編(祖父の家編)となります。
時間が経過するのは早いもので、俺達は高校生最後の夏休みに突入した。
今日は朱音の塾が休みだったため、彼女は夏休みの宿題をしに俺の家に来ている。
冷房の効いた部屋の中に響くのは、シャープペンがノートに走る音と障子越しに庭から聞こえてくる蝉の鳴き声だ。
俺は夏休みの宿題をやっているのに、隣に座っている朱音ばかり気になってしまう。
どうしてもちらちらと見てしまっていた。
――朱音、髪が伸びたな。
朱音は普段は髪を降ろしているが、暑いためか夏は結っている時もある。
今日も一つに纏めていて、うなじが見えていた。
あまりにも朱音を見すぎていたせいか、テーブル越しに座っている美智がごほんと咳払いをしてしまったため、俺はノートへと視線を戻す。
ミケもシロも同じ部屋に居るけれども、ミケとシロは対照的だ。
ミケは美智の近くにある座布団の上におとなしく座り、シロは反対におもちゃで遊んでいる。
「そろそろ休憩にしようか」
昼も近いため、俺は隣に座っている朱音へと声をかければ、彼女は俺の方へと顔を向けると微笑みながら頷く。
俺はテーブルの上に置いてあった夏休みの宿題用のテキストを閉じて腕を天井へと向けてのばす。
ぐぐっと固まっていた筋肉がほぐれ、血液の流れがよくなったように感じた。
「あっ! 昨日ね、佐伯さんと会ったよ」
麦茶に手を伸ばしながら朱音が唇を開く。
「なんだって!?」
体を伸ばしている時に聞いてしまったため、ちょっと変な方向に体がねじれてわき腹に痛みが走ってしまう。
「駅前の本屋さんに参考書を買いに行ったの。駅前の本屋さんが一番参考書の扱いが豊富だから」
「本屋がいっぱいあるのに、どうしてばったり朱音と遭遇することができるんだ……しかも、俺も昨日本屋に行ったのに……」
どうしてみんなすぐ朱音に会えるんだ? 俺だって本屋に行ったのに。
用事で父の会社に寄ったから、真逆の店舗だけれども。
――フラグ建築士の力を分けて欲しい。
「匠君も本屋さんに行ったの?」
「あぁ、俺も参考書を買いに。駅前に行けば良かったんだな」
「お兄様……」
美智が哀れんだ表情で俺を見ているのだが、美智の腕に抱かれているミケも同様の視線を向けているのは気のせいだろうか。
タイミングって大事だということは重々承知しているが、なかなかぴったりと合う時がないため難しい。
「そう言えば朱音さん、明後日からお出かけでしたわよね?」
「うん。明後日からお祖父ちゃんの家に行くの……」
声のトーンが落ち、朱音が俯いたので俺と美智は顔を見合わせる。
朱音の家族は亡くなった祖母以外は味方がいなかったそうだから、祖父の家には行きたくないのかもしれない。
「朱音、行きたくないのか?」
「法事だから」
否定も肯定もせずに、彼女は弱々しく首を横に振った。
朱音が傷つくところには行かせたくはないが、法事という理由があるのならば口出しはできず。
朱音について行きたいが、まだ一緒に行ける間柄ではない。
結婚して夫と名乗れるようになれば別だが。
「朱音。何かあったらいつでも連絡してくれ。すぐに駆けつけるから」
「ありがとう。慣れているから大丈夫だよ。ただ、ちょっとだけ……」
朱音は犬用の玩具を噛んでいるシロの方をみた。
「シロちゃん、ぎゅってしてもいい? 元気の充電というか……」
「わふっ」
シロは大きく吠えると、朱音の方へと歩いていく。
撫でて! とでもいうような表情を浮かべながら朱音の前に立つと、朱音が腕を伸ばして抱きしめる。
「シロちゃんも一緒だと良いのに……」
朱音が何気なく呟いたかもしれないが、彼女の呟きが胸に刺さった。
いつも我慢している朱音がつい口に出てしまうくらいの場所だと察する。
美智も朱音の様子から読み取れたようで、美智は後ろからシロをぎゅっとしている朱音を抱き締めた。
「本当に遠慮なさらないで下さいね。私もお兄様も朱音さんを大切に思っていますから」
朱音は目を大きく見開くと、微笑んだ。
「ありがとうございます。美智さん」
俺も流れに乗って抱きしめて良いのだろうか? と頭の中で考えていると、何の前触れもなく障子が開かれ、夏の太陽にも負けない元気な父の声が室内に響き渡った。
「完成したよーっ!」
「「え」」
何の前触れもない登場に対して、俺と美智の声が綺麗に重なり合う。
開かれた障子の方へと顔を向ければ、首にタオルを巻き半袖のTシャツにハーフパンツというラフな格好をした父の姿があった。
「こんにちは。お邪魔しています。匠君のお父さん、今日はお休みだったんですか?」
「朱音ちゃん、こんにちはー。そうなの休み。だから、今日のお昼は流しそうめんだよ!」
休日と流しそうめんが結びつかないが、父だからいいかなと思ってしまう。
「父さん。もしかして、流しそうめん機でも買ったの?」
「何? 流しそうめん機って。流しそうめんと言えば、流しそうめん台じゃないの?」
「流しそうめんの機械があるんだよ」
俺はテーブルの上に置いてあったスマホを手に取ると、アプリを起動して流しそうめん機と入力。ディスプレイに表示されている中から画像という文字をタップすれば、流しそうめん機の写真がずらりと並ぶ。
「ほら」
俺は父へとスマホをかざせば、父が足を踏み出して畳を踏みながら俺の元へ。
スマホを受け取ると、ディスプレイを眺める。
「えっ、すごく欲しいんだけどっ! 今、こういうのが売っているんだね。僕の高校時代にあれば、全種類の流しそうめん機でお昼にそうめんを食べて楽しんだのに!」
一応おもちゃ扱いになると思うから生徒会長に怒られるぞ。
……って、父達の時代は会長が父だった。
いいのか、生徒会。まぁ、流しそうめん台を作って学校で流しそうめんをした人達だから、なんでもありって言えばありだけどさ。
「匠と美智は学校で友達とやりたい? 買ってあげるよ」
「結構です」
「いい。俺、会長だから」
俺も美智も即答だった。
「流しそうめん機を購入したわけではないのならば、流しそうめんが出来るってどういう意味?」
「お父様、完成っておっしゃっていましたよね。まさか……」
「うん。作ったんだ。今日休みだから、みんなでやろうかなぁって。高校ぶりに流しそうめん台作ったよー」
満面の笑みを浮かべている父を見て、俺と美智は頭を抱えてしまう。
「いつも仕事で忙しいんだから、休みの日くらいゆっくりしてくれよ」
「お兄様のおっしゃる通りですわ。お母様と温泉にでも行って疲れを取って下さい」
「んー。でもさ、僕は体を動かしている方が好きなんだよねぇ。何より、家族と一緒にいる方が癒されるし。匠達が大人になったら、こういう事にも付き合ってくれなくなるだろうし」
「朱音、今日の昼って流しそうめんでも良い?」
と、朱音の方を見れば、父の方を澄んだ瞳でじっと見詰めている。
そう言えば、朱音にとって父は理想の父親だと以前言っていたことを思い出す。
「うん。私、流しそうめんやったことないから、少し楽しみかも。匠君のお父さんは器用なんですね。流しそうめん台を作れるなんて」
朱音が望むのならば、俺だって流しそうめん台の一つや二つ作ってやりたい。
夏休み期間中に流しそうめん台作りでもやろうかな。
「じゃあ、さっそく庭に行こうか」
父の声掛けに、俺達は立ち上がった。
靴を履いて庭へと出れば、竹で作られた流しそうめん台が設置されてあった。
祖父と母の姿もあり、祖父は「流しそうめん……」と呟きながら頭を抱えているようで、父が高校の頃に学校で流しそうめんをやって呼び出しをくらったので思い出しているのかもしれない。
「はい、めんつゆと箸だよ」
父が朱音に竹で作った箸とめんつゆ入りの器を渡せば、朱音が目を大きく見開く。
「もしかして、お箸も器も作ったんですか?」
「うん」
「匠君のお父さん、本当に器用で素敵です」
目を輝かせている朱音に対して、父が照れて笑っている。
朱音に素敵と言われるならば、俺も竹で箸と器を作ろうと思った。
「僕が流すから、みんな食べてね」
父がザルに乗せられたそうめんを持ちながら竹の一番高い方へと移動したので、俺達はそうめんを食べるために並ぶ。
「朱音、最初に食べていいよ」
「でも……」
「気になさらないで下さい」
「そうそう。俺も美智も後でちゃんと食べるから」
「うん」
朱音は頷くと初めての流しそうめんのためか、やや緊張した面持ちで流れてきたそうめんを箸ですくう。
じりじりとした暑さだけれども、水で流れているから見た目が涼しそうだ。
「匠君、すくえたよ!」
嬉しかったのだろう。朱音が俺の方へと取ったそうめんを見せてくれた。
あまりの可愛さに手を伸ばして頭を撫でたかったが、ぐっと堪える。
せめて写真にだけでも残したい。
「良かったな」
「うん」
「朱音ちゃんに喜んでもらえて嬉しいよー」
父も朱音が楽しんでくれたのが伝わったようで微笑んでいる。
「家族で流しそうめんって良いですね。私も将来やってみたいです」
朱音の何気なく言葉に対して、五王家が一斉に俺へと顔を向けた。
わかる。言おうとしていることは察せる。
「朱音。俺、夏休み期間中に流しそうめん台の作り方をマスターしようと思うんだ。箸と器も作るよ」
「匠君も器用そうだよね」
竹林うちで持っているから、竹ならいっぱいある。どうせならば、春ノ宮家で作っていとこ達と流しそうめんしても楽しそうだ。