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座敷童と視える人が一致団結した瞬間

春ノ宮家祖父視点です。

「匠と朱音さんの二人か。久しぶりだな、朱音さんに会うのは」

「朱音さんは受験生ですからね。匠達の邪魔をせず、ご挨拶したら帰りましょう」

「そうだな」

 お手伝いの斎藤さんに先導されながら五王家の廊下をわしは妻と二人で歩いていた。


 五王家の近くに所用があったので、妻と二人で五王家にやって来たが、匠以外の家族は留守にしているようだ。

 しかも、いま匠は朱音さんと一緒にシアタールームでDVDを見ているとのこと。


 朱音さんは受験生のため、匠や美智と一緒に過ごす時間が減っていると美智に聞いているので、二人の時間を邪魔するのは野暮。

 日を改めてまた五王家にお邪魔した方が良いだろう。


 ――なんだ?


 廊下の角を曲がって少し進めば、あと少しでシアタールームだという時だった。

 妙に空気がざわざわし始めているのを感じて、わしはつい足を止め辺りを見回し出す。

 こういう空気の時は大抵『遭遇』する時だ。


『あっ、やっぱり春ノ宮家の当主だったわ!』

 ふと視界の端に美智に似ている着物を着た少女が壁からぬっと出てきたため、瞳同士が絡み合ってしまう。

 ふわふわと浮遊している彼女は、年の頃は六才くらいだろうか。


 何度か五王家で目撃したことがあるが、いつも気づかぬ振りをして過ごしていたので、今日もいつものようにさっと視線を逸らした。


「貴方。どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。行こう」

 壁をすり抜けている段階で人ならざる者であるのは確実。


 わしは昔から、他人には視えないものが視えることがあった。

 物心ついた時から視えていたのだが、それを父や母達に言えば幻覚だと言われ病院に何度も連れて行かれた経験があり視えない振りをしている。


『ねぇ、視えているんでしょ? こんなに可愛い女の子が声かけているのに~』

 ふわふわと蝶のように自分の周りを飛んでいる少女を気にせず、ただ足を動かす。


『匠達の所に行くんでしょ? だったら、朱音に謝ってくれない? 実は匠にフラグ立たせてあげようとしたんだけど、ちょっとあってさ』

「なんだってっ!?」

 足を止め叫べば、少女は大きな瞳を更に大きく見開く。


『え、急に反応されるとびっくりするんだけど』

「そんなことはどうでも良い。一体、匠達に何をしたんだ! 匠は朱音さんの事に関してちゃんと考えていて、婚姻届けを書いてお守りにしているんだぞ。方向性はさておき本気なんだ!」

 まさか、幽霊から朱音さんと匠の二人について語られるとは思ってもおらず、頭の中から関わらないとう選択が抜けていってしまった。

 孫は数人いるが、婚姻届けまで書いて持っている人は見たことがない。


 朱音さんと結婚すると本気で考えている匠が結婚できなかった未来を想像するだけで恐ろしくて仕方がない。


 匠のメンタルを考えると……


 だから、わしは孫を精一杯応援すると誓っている。

 邪魔をするならば、幽霊だろうが許せん。


「貴方、どうしたの? もしかして、『居るの』?」

 訝しげにこちらを見ている妻に対して、先に向かうように促す。

 妻はわしが視えるのを知っているから、きっとなんとなく察したのかもしれない。


「いや、その……先に行ってくれ」

「大丈夫なのですか?」

「問題ない。美智に似ているから、きっと関係者だろう」

「あら? 美智に。それはさぞ可愛いんですね」

『やだー、可愛いって褒められちゃった』

「……」

 両手で頬に手を添え、はしゃいでいる少女の幽霊を見て、幽霊ってこんな感じだったか? と思ってしまう。

 今まで遭遇したのは、もっとおどろおどろしいものばかりだったのに。


 斎藤さんと共に妻が先に向かったのを見届けると、少女は小さな唇を開く。


『一応、自己紹介をしておくわ。私は五王夜乃。明治生まれの匠達の先祖よ。享年六才だから永遠の六歳。座敷童って名乗っているわ』

「五王の先祖か……美智に似ている」

『まぁ、血の繋がりがあるからね。それより、匠ったらブライダル雑誌の定期購読の他に、婚姻届け書いて持っているの? ブライダル雑誌で気が早いと思っていたけど、婚姻届けの方がもっとレベル高かったわね』

「待て。匠はブライダル雑誌を定期購読しているのか」

『えぇ、しているわ。ミケに聞いたもの』

「ミケはお前のことが視えているのか?」

『ミケもシロも視えているし、私としゃべれるわ』

 動物は全くなにもない空間を見ている時があると聞くが、もしかして視えているのだろうか。

 しかも、しゃべれるとは。


『今日も三人で匠達を応援していたのよ。朱音と匠がホラーDVDを見る絶好のチャンスだったから。でも、あの子ってば不憫属性だからさー。朱音がシロに抱き付いちゃったの』

「あぁ……易々と想像出来てしまう……」

『そんで色々あったけど、ホラーDVDフラグを匠がちゃんと回収して朱音といい感じになったの。朱音、今は匠の膝の上でDVD見ているわ』

 匠、良かったな! 光貴と秋香と違って匠と朱音さんはじれじれの上に、どちらかと言えば美智の方が朱音さんと仲が良い……と思っていたので、心の底から匠に拍手を送りたい。


『そこまでは良かったんだけど、私ったら気を抜いちゃって光貴の卒アルをみちゃってさ。ほら、私が手に持っても朱音達が視えないから、卒アルが浮いているように視えるじゃない?』

「確かに」

『朱音が怖いものが苦手だから、すごく怖がらせてしまったのよ。だから、私がごめんねって言っているって伝えて欲しいの。匠から五王家の座敷童の話を聞いて、怖いのに私にわざわざ挨拶してくれたのよ。きっとパニックになっていたのもあるけど、根が真面目なのよね』

 座敷童の少女が言うように朱音さんは真面目だとわしも思っている。

 だが、まさか座敷童にまで挨拶をしてくれるなんて。


「ん? ちょっと待て。今、朱音さんは匠と良い感じと言っていなかったか?」

「言ったわ。あっ!」

 匠の膝の上に座って良い雰囲気だというのに、妻が挨拶に行ったら……

 恐怖から現実に戻って匠の膝の上から降りてしまいそうだ。しかも、うちの妻はホラーDVDが大好き。


「ねぇ、止めた方がよくない?」

「わしもそう思う。しかも、妻はホラーDVDが大好きなんだ」

「なに、それ。新しいフラグ立ちそうじゃないのっ!」

 座敷童とわしは瞳同士を合わせると頷き、妻達に追いつくために廊下を駆けて行く。

 行儀作法などは普段から孫に口うるさく言っているが、今は非常事態中なので致し方がない。

 角を曲がれば、妻の姿はなく斎藤さんの姿だけあった。

 斎藤さんは扉付近からこちらに歩いてくる途中で、わしの姿を見ると会釈する。


 ――入ってしまったのか!


 シアタールームの扉をぶち破るように開ければ、室内の様子がひろがったのだが、わし達が想像していた通りだった。


 扉付近に立っている妻に朱音さんがしがみ付き震えているし、妻は嬉しそうに「あなた、見てっ! 朱音さんにモテちゃった」と微笑んでいる。

 そして、匠はというとソファに座ってシロを抱き締めていた。

 シロは困惑そうな表情を浮かべている。


「ふみゃー! みゃみゃみゃーっ! にゃ、にゃーっ」

 呆然とその光景を見ていると、ミケがわしの足元にやって来た。かと思えば、わしの隣へと向かってしゃべだす。


 隣には座敷童が立っているのだが、やはりミケには彼女の存在が視えているらしい。


「なんと言っているんだ?」

『足止めしておけよって言われたわ。やっぱり、挨拶に訪れた時にびっくりして朱音が匠から離れたみたい。まぁ、当然よね。さすがに匠に座ったまま挨拶なんて出来ないしー。立って匠の祖母に挨拶をしていたんけど、ホラーDVDがかかりっぱなしに気づいてあんな風になったらしいわ』

 座敷童は溜息を吐きながら、匠を見ている。


『まぁ、慣れているから立ち直りも早いから大丈夫よ。それに、ちゃんとDVDフラグは回収したし』

「慣れている……」

 という話をしつつ匠へと顔を向ければ、匠がちょうど顔を上げてこちらを見た。わしを視界に入れると、目を大きく見開く。


「え、お祖父様?」

「すまないな、匠。露木さんと匠に挨拶をと思ったんだ。すぐにお暇する」

「気にしなくても大丈夫ですよ。夕方には五王家も全員揃いますので、夕食も一緒に食べていかれたら如何ですか?」

「ならば、夕方また来よう。朱音さん、元気そうで何よりだな」

 名前を呼ばれた朱音さんは、ゆっくりとわしの方へと顔を向けると、「ご無沙汰しています」と挨拶をしてくれた。

 しっかりと右手は妻に掴まっている。


「朱音さん、その……今日、何やら妙な事があったと思うが、彼女は悪気があってやったわけではないんだ。ごめんなさいと言っているから、どうか怖がらせたことを許してやって欲しい」

「卒業アルバムが浮いたことですか……? あの、私の方こそ怖がり過ぎてごめんなさい……」

「えっ!? お祖父様って霊感あったんですか?」

「知っているのは一部の人間だけで、秋香達も知らないことだ」

「へー、初めて知りました。赤い糸とかも見えますか?」

 瞳を輝かせてながら訊ねてきた孫に対して、わしは首を左右に振った。


「いや、そういうのは……」

 もし視えていたとしたら、どれだけ気が楽になるだろうか。

 匠が朱音さんとの将来を考えているのを知っているので、二人の赤い糸を見てほっとしたい。


『赤い糸が視えていたら、匠ってばますます暴走しそうね。赤い糸で結ばれているから、式場を予約しなきゃ! とか』

 ぽつりと座敷童が言った言葉に対して、さすがに匠でもしないだろうと否定できない自分がいた。







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