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告白

匠視点

健斗が連れて来たのは、朱音の妹・露木琴音だった。

琴音は健斗に「ありがとうございます」と礼を告げながら蕩けるような微笑みを浮かべると、ゆっくりと室内へ。


――何故、ここへ……? 


とにかく退席させなければならない。

そもそもここは役員以外立ち入り禁止。それには書類の持ち出しなどを防ぐ目的もある。

こんな所、臣にでも見られでもしたら、ブチ切れられるのは確実……


「ここは役員以外部外者立ち入り禁止だ。即、退出させろ」

「えー。匠ってば厳しい。いいじゃん、そんなに堅い事を言わなくても」

「お前も役員だろうがっ!」

「この子、音楽科の露木琴音ちゃん。知っている? さっきそこの階段で出会ってさ。なんか匠に用事あるようだったから、連れて来ちゃった」

「用事……?」

声のトーンも自然ときつくなっていくのが自分でもわかるし、それが抑えられない。

「お前、今まで朱音に何してきた?」そう問い詰めたくなってしまう。

可能なら、二度と視界に入らないで欲しいぐらいのレベル。

それぐらいに湧き上がる嫌悪感が半端ない。


だが、ここで朱音にした仕打ちを咎めれば朱音の迷惑になってしまう可能性がある。

琴音はまだ朱音と俺達の関係を知らない事も考えられるから。


それにまだ露木琴音について良く理解出来ていないのだ。

そのため、彼女がどういった行動に出るか全く読めないから、今は様子をみるしか出来ない。


「私、露木琴音って言います。音楽科の1年です」

頬を染め、はにかむ姿は傍から見れば可愛いらしい。大抵の男は好意的に受け止めるしぐさ。

だが、俺は無理だ――


「以前から匠先輩とお話をしたくて……偶然、羽里先輩とお会いしたんです。事情をお話したら、先輩が快く橋渡しを引き受けて下さったのでお言葉に甘えちゃいました」

「偶然か……」

完全に意図的にしか思えない。

健斗は女に甘い。とりわけ可愛い子が。

これが臣や他の生徒会連中ならば、絶対に橋渡しなんてしない。するはずがない。

人選はちゃんとしているのは確実だろう。


「悪いが、俺には話をする理由がない」

「あの……でしたら、先輩の連絡先教えて頂けませんか? 少しでも私の事を知って欲しくて……」

小首を傾げるその何気ない仕草さえ、俺には苛立ちを覚える。


「親しい間柄でなければ連絡先は教えられない。悪いが、退出してくれ。何度も言うか、ここは生徒会室なんだ」

「そうですよね! 突然すみません。あの……でしたら、代わりに私の番号を」

「不要だ。悪いけど、さっさと出ていってくれ」

「いいじゃん、匠」

「はぁ!?」

ここでまさかの健斗がフォローし始めてしまったので、俺は頭を抱える羽目に。


「電話番号ぐらいいいじゃんかー。どうせ、二つ持っているんだろ? プライベート以外の番号教えればいいのにー」

「健斗!!」

室内に響き渡った怒号。それにへらっとしていた健斗は、目を大きく見開いた。

かと思えば、目をぱちぱちと瞬きを数回繰り返す。


「え、なんでそんなに機嫌悪いのっ!? 最近、匠ってば変だよ。ぼーっとしている時もあるし」

確かにここ数日、俺の様子は可笑しかったと思う。だが、それは朱音の事を考えていたからだ。

今、それは関係ない。露木琴音に対しての感情が抑えきれないだけ。

……というか、そもそもお前も役員なら生徒会の規律ぐらい守れよ。外部者連れてくるなって。


「どうして番号を強制されなければならないんだ?」

「すみません……私のせいで……健斗先輩を怒らないで下さい……私が悪いのですから……」

しゅんと肩を落としながら、琴音は俺の方を見上げる。

その瞳には薄らと涙で滲んでいた。

そんな様子の彼女を見ても、心が動く事なんてない。きっと永遠に。


「ならさっさと出て行け」

「匠! 酷いよ。なんでそんな事いうわけ? 琴音ちゃん、可哀想じゃんか」

「お前、本当にいい加減にしろよ? ここは生徒会室だって何度言えばわかるんだ? 臣に言うぞ」

「えっ、やめてよー。臣ってば、頭が固いんだもん。平気で反省文書かせるよ。あと、親に報告も! 臣、うちの親と仲が良いからさ。しかも、最近うちのお父さんが、いつまでも女の尻ばかり追いかけてないで、そろそろ跡取りの勉強ちゃんとしろって煩いんだよー。あの人、真面目を絵で描いたような人だから」

「なら、自分のやるべき事はわかるな?」

と、最後通告。それなのに、健斗は引き下がらない。

むしろ、執務机に身を乗り出し説得し始めてしまう。

そのため、俺は埒があかないと嘆息を零す。


「いいじゃんか。可愛い女の子が恋に悩んでいるんだよ? その背中を押してあげて何が悪いわけ?」

「……恋ではないと思うが」

「え?」

「まぁ、いい。出て行かないなら、俺が出て行く」

「はぁ!? なんでそうなるわけ!?」

俺は執務机の上に置いてある鞄を持ち、そのまま健斗達の横を通り過ぎようとしたが、突然ぐっと右腕に何かが絡まり、床に足を縫い付けられてしまう。


「……は?」

予想もしなかった出来事。そのため驚きに染まった感情のままそちらへと視線を向け、何事かと確かめれば、琴音が俺の腕にしがみ付き体の重みで止めようとしている場面だった。


「待って下さいっ!」

「離せって」

そう口を開けば、何故こんな事になってしまったのだろうか? と頭を抱えたくなってしまう状況を引き寄せてしまう。出来るならば、そんな状況を悪化させてしまう言葉なんて聞きたくなかった。


「私っ、匠先輩の事がずっと好きだったんです!」

と、あろうことか告白してきてしまったのだ……


「悪いけど、君の事は全く興味がない。だから離せ」

「め、迷惑ですよね…私なんかじゃ……家柄も優れていませんし……五王の家と釣り合うなんて思ってもいません…でも、この気持ちは抑えられないんです。ごめんなさい……」

涙声で紡がれる途切れ途切れの言葉。

耳朶に届くその言葉に、本当に泣いているかのように錯覚を覚えてしまう。

けれども、頭は妙に冷静だ。ひたすらこの現状を観察している。

凄いな。こんなに演技出来るなら、演劇部にでも入ればいいのに。と、そんな事を考えているぐらいに。


「そうだな。君では五王の家は認めないし受け入れないだろうな。もし反対されても、好きになった相手のためならば、五王の家を捨てる事や五王の家の者達を説得する事も惜しまない。けれども、それは好きになった相手。君は論外だ。これから先、絶対に好きにならないから――」

そう告げれば、腕に絡みついていた体と添えられていた手がゆっくりと離れていく。

それに酷く安堵を覚える。


「どうしてですか?」

きっぱりと尋ねてきたその声。


――やっぱり泣き真似か……


絡んだ視線。真っ直ぐ見つめてくるその瞳には、涙の痕がまったく見受けられず。

しかも、こちらがはっきりと受け取れるぐらいに苛立ちが宿っているのがわかる。

さっきまでの弱々しさは何処へ消えたんだよ? せめて最後まで隠せと問いたくなるぐらいに、態度が一転。どうやら、これ以上、俺に取り入るのは無駄だと思ったらしい。


「自分の胸に手を当てて考えろよ。周りを見ろ。誰が犠牲になっている? 俺は他人に感謝した事のないような人間は嫌いだ」

そう吐き捨てるように告げると、そのまま廊下へと繋がっている扉の方へと向かう。

だが、そんな言葉は彼女には響かなかった。


「そんな……私、こんなに好きなのに……」

「琴音ちゃん、泣かないで。ごめんね、匠ってばちょっと機嫌悪いみたいでさ、いつもこんなんじゃないんだよ。ちゃんと告白も丁寧に断っているんだけど」

「……健斗先輩は優しいですね。優しさに甘えて、少し胸をお借りしてもいいですか……? まだ気持ちの整理が……」

「うんうん。いいよ、いっぱい泣いちゃって。そっちの方がすっきりするから」

「ありがとうございます」

という琴音の茶番劇が耳朶に聞こえてきたからだ。


――……後で健斗にはちゃんと事情を話しておこう。


俺は嘆息を零しながら、取っ手に手を伸ばした。






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