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ツクツクボウシの恩返し  作者: アゲハ
一章 「ツクツクボウシ」
6/7

一章(5)

        ☆


「つくしー?」

「ゆ、ゆうと!?」

 阿部さんを部屋に通すにあたって、とりあえずつくしには身を隠しておいてもらおうと思った僕は部屋の扉を開けながら彼女の名前を呼んだのだけど……なに今の声? 明らかに慌ててたよね?

「どうしたの?」

 つくしの反応に若干の疑問を持ちながらも中に入ると、それはもう僕の部屋は見るも無残な状態になっていた。タンスの棚の半分は飛び出していて当然入っていたはずの中身は無くなっており、よく見なくともそれが床に散らばっているのが分かる。机の上に置かれていたはずの教科書類も見当たらない。簡潔に言うと、文字通り散らかっていた。嘘から出た真とはまさにこのことか。ほら見てよ母さん本当に部屋汚いでしょ?

「じゃないよ! なにこれ!? なにしてんのつくし!?」

「……部屋を散らかす練習?」

「そんなはた迷惑な競技は存在しないから。目を逸らすな」

「全日本部屋散乱大会」

「それっぽく言ってるようで全然適当だからね?」

「毎年決勝まで残る強豪校!」

「お前は学校さえ通ってないだろ! あと真っ直ぐ目を見たって許さないよ?」

「そんなぁ……」

「そうやって涙目の上目づかいしたってダメだぞ。可愛けりゃなんでも許されるわけじゃないんだからな」

 というかなにがあったらこうなるんだ。

「その、お腹空いたから何かないかと思って探してたらこうなっちゃった。てへ」

「てへじゃないよ!? どっからつっこめばいいんだよこれ!?」

 お腹空いたからって人の部屋のものを勝手に食べようとしたのもおかしいし人の部屋を漁ってるのもおかしいし食べ物探しててタンス開けたのもおかしいよね!?

「どうしたの神崎くん? なんか声が下の階まで聞こえるんだけど、やっぱりうちも手伝おうか?」

「あ、まだ来ちゃダメ阿部さ――」

 手遅れって知ってる? 知らない人はちょうどよかった。こういう状況を手遅れって言うんだよ。

「……ねえ、神崎くん。うち、もしかしてお邪魔しちゃったのかな?」

「はいっ!?」

「お楽しみ中のところごめんなさい。うち、もう帰るね」

「ちょっと待って阿部さん! 君はきっと大きな勘違いをしているよ! というかまだラブコメ定番のラッキーハプニングが起きているわけじゃないんだからそういう誤解が生まれる余地もないはずだよ!」

「そんな、もう事後だったというの……!」

「なんだか僕の中での阿部さんに対する印象が百八十度変わる発言だった気がするよ」

「ゆうとー? この人、誰?」

 全くもって空気の読めないつくしが火に油を注ぎかねない発言をする。ちょ、お前な。

 と、なぜかそこで一瞬、阿部さんの動きが止まったように見えた。何か信じられないものを見たような、そんな感じだ。

「阿部さん? どうかした?」

「――え、あ、ううん! なんでもないよ!」

「そっかぁ。それは良かったよ。でもだったらその徐に取り出したスマホでSNSを開くのは止めてくれないかな?」

 一一〇番じゃないあたりがリアル過ぎて怖いよ!

「え、なんで? 神崎くんがロリコンだったって呟くだけだけど?」

「その行為が一人の少年の人生に幕を下ろすということを君は知った方がいい」

「そっか」

「お、理解してくれた?」

「うちを連れ込んだってことは、神崎くんは鬼畜な女の子喰らいであってロリコンなわけじゃないんだよね? 女子なら誰でもいいんだよね?」

「さっき君の前で無理に上がらなくていいよって言ったよね!? というか招き入れたのは妹だって分かってるよね!?」

「つまり、神崎くんはすでに妹も手に掛けていて、彼女は今夜自分が襲われることのないようにうちを差し出したんだわ……!」

「人の妹を血も涙もない最低人間みたいに言うんじゃねえ」

「怒るところそこなのね……」

 え、誰だって妹が馬鹿にされたら怒るでしょ?

「じゃあ、今日はうちは帰るね」

「できれば誤解を解くまでは帰らないでいただきたいのですが」

「片付けを手伝ってもいいけど、女子に見られても大丈夫なのかしら。主に本について」

「家まで送ってくよ!」

 誘導尋問であると分かっていても引っ掛からざるを得なかった。阿部唯奈。恐ろしい子だ。


        ☆


「ねえ神崎くん。一つ、話しておきたいことがあるの」

 阿部さんがとてつもなく真剣な表情でそう切り出したのは、家を出てしばらく無言で歩いてからのことだ。無言というのは本当に辛い。物凄く時間を長く感じる。

「通報だけは勘弁してもらえますか」

「やましいことが何も無ければそこまで気にする必要はないと思うけど」

「世の中には勘違いやでっち上げというものがありましてですね」

「うちって神崎くんからそんな風に思われてたんだ……」

「むしろあの反応で勘違いされたと思わない方がおかしいと思うんだけど」

「まさか。他の人がどうかは知らないけど、うちは神崎くんがそんなことする人じゃないって分かってるもの」

 つくしを家に誘ったのは僕だなんて口が裂けても言えそうになかった。

 というか、いつの間に僕は阿部さんからそこまで信用されるようになっていたのだろう?

「そりゃあ、まあ、ずっと見てたわけだし……」

「ふぇ?」

「――!! き、聞いてた?」

「何を見てたの?」

 突然顔を真っ赤にし出した阿部さんに対して僕が聞き返すと、彼女は明後日の方向を向いて何やら「セーフ……セーフ、よね……?」などと呟き始めた。どうしたのだろう? 今日は随分と阿部さんに対する印象が変わる日だ。

「あれよ、あれ。その、えっと、……やっぱりなんでもない!」

「そう言われると物凄く気になるんですけど」

「神崎くんには絶対教えないもん」

「さっきまでの信頼感は何処へ……?」

 まあ、頬を赤らめている阿部さんの可愛らしさに理性を崩壊させないよう、水面下で必死に意識のダムの補修工事をしている男子高校生など信頼に値するわけがないのだろう。

 ダム? もちろん壊れましたよ? だからこうして彼女の表情を携帯で撮ってるわけじゃないですか。

「神崎くん……? 一応聞いてみるけど、何してるのかな?」

「激写! クラスメイトのあの子の普段は見せない裏の表情!」

「肖像権の侵害で訴えてもいいのよねこれ」

 巫女さんの素顔! の方が良かったかな?

「良くないわよ……それで、えっと、話しておきたいことなんだけど」

「ああ、うん。なに?」

 いつの間にやら随分と脱線してしまっていた。全く、僕だって暇じゃないんだ。早くできるものはさっさと終わらせてしまいたいものである。誰だよ事あるごとに話を脱線させる奴。

「さっきの女の子のことなんだけど」

「やっぱり通報されちゃうんですかね」

「いいから聞いてくれないかしら……」

 阿部さんが、もううんざりだというような表情を浮かべたので、僕も黙って話を聞くことにする。

 うん。間違いなく脱線させてるのは僕だわ。

「その、いきなりこんなこと言っても信じてもらえないかもしれないんだけど……」

「なに?」

 このあとの阿部さんの言葉は、彼女の前置きの通り、にわかには信じ難いものであった。

 少なくとも、発言者が阿部唯奈という信用のできる気心の知れた人間でなければ、僕がその言葉をまともに受け止めることはなかっただろう。

 変なことを言って笑われないだろうか? そんな感じのためらいをしばらく見せたあと、阿部さんはゆっくりと口を開いた。



「彼女、人間じゃないのよ」


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