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ツクツクボウシの恩返し  作者: アゲハ
一章 「ツクツクボウシ」
5/7

一章(4)

        ☆


「ところで、つくしっていくつなの?」

 見た目的には中学生、あるいは背の小さい高校生?

「うーん……分かんない」

「え?」

 自分の歳が分からない? 本当に?

 この子は、一体何者なの?

 などと考え事をしながらつくしと話していると、部屋のドアがノックされて妹の可愛らしい声が聞こえてきた。

「お兄ちゃーん? お客さんだよー」

「お客さん? 今行くよー」

 誰だろう? 僕にお客さん?

「ごめんつくし。ちょっと行ってくる」

「行っちゃうの……?」

 僕が腰を浮かしながら言うと、つくしは今にも泣きそうな表情をしながら上目づかいで見上げてきた。非常識な程に可愛かった。ずるい。行きたくなくなるじゃないか。行くけど。

 僕はそのまま部屋を出て階段を降り、玄関の扉をゆっくりと開けた。電気を付けていなかったので薄暗かった視界が、太陽光にさらされて明るくなる。一瞬だけ眩しさに眉をひそめながら、訪問者の姿を確認すると……、

「阿部さん?」

「あ、神崎くん! ごめんね急に押しかけちゃって」

 そこには見事な美脚を制服のスカートから惜しげもなくさらしている阿部さんが、両手を後ろで組んで申し訳なさそうにしながら立っていた。

「いや、それはいいけど……どうしたの?」

「あ、うん。さっき手伝ってくれたお礼をと思って。帰り道だし」

「よく僕の家が分かったね」

「ま、まあ、たまに朝見かけるから」

 なるほど。帰り道と言うからにはそういうこともあるだろう。

「お礼とか、あれくらいで……別にいいのに」

「いいの。人の好意は素直に受け取っておきなさい。はいこれ。途中のコンビニで買った物で申し訳ないけど」

 そう言って阿部さんは手に持っていたビニール袋を渡してきた。薄く透けている中身を見るに、どうやらチョコレートのようだ。

「じゃあ遠慮なく。ありがと阿部さん」

 素直にお礼を述べて袋を受け取ると、阿部さんは心なしか顔を赤くして俯いてしまった。

「阿部さん?」

「べ、別に、ただのお礼なんだからね! 深い意味とかないんだからね!」

「え? う、うん。分かってるよ?」

 急に何を言い出すか。阿部さんに対する認識が微妙に変わった瞬間だった。可愛いところのある人だ。

「あの、ところで神崎くん」

「なに?」

「あちらのお嬢さんは?」

「お嬢さん?」

 阿部さんの視線を追って後ろを向くと、ふりふりしたポニーテールの端っこがリビングと廊下を繋ぐ扉の奥へ慌てて引っ込んでいく姿が見えた。

「……ゆの」

 呆れ気味に妹の名前を呼ぶ。すると、一拍置いてからのそのそと、いたずらがばれた小学生のような笑みを浮かべながら優乃が姿を現した。

「ばれちゃった?」

「バレバレだから」

 ごめん僕が気づいたわけじゃないけど。

「えっと、こちらうちのクラスで学級委員長やってる阿部唯奈さん。で、こっちが僕の妹の優乃」

「よろしく優乃ちゃん」

「はい! こちらこそ、兄のことをよろしくお願いします」

「ゆの!?」

 それは彼女の家に彼氏が遊びに行ったときの両親の台詞(兄の部分は娘に変換される)だろ!? なんでそれをこんな誤解されるようなタイミングで言う!?

「ゆ、優乃ちゃん……? そ、それは、どういう意味で、かな?」

「頼りない兄ですがどうかお婿として迎えてあげてください」

「む、婿さん!?」

「ゆの! おま、なんてこと! 阿部さんに失礼だろ!」

「は、はい! 喜んで!」

「阿部さん!? 正気を取り戻して!? 今とんでもないこと口走ってたよ!?」

 見ると、阿部さんは完全に目を回していた。水槽に突っ込んだら沸騰するんじゃないの?

「こらゆの! 阿部さん真面目なんだから、アホなこと言ったせいで脳がショートしちゃったじゃん! ちゃんと謝って」

「え? お兄ちゃん、ゆのにそんなこと言っていいの?」

「はぁ?」

 なに言ってんのこいつ? なんで僕、実の妹に脅されてるの? しかも僕はなにも悪いことしてないのに。

「あの、唯奈さん」

 僕の態度を見て何を思ったのか、優乃が唐突に阿倍さんに話しかけた。僕でもまだ名字で呼んでるというのに。そこじゃねえ。

「よかったら上がっていってくださいよ。お兄ちゃん? このまま帰らせるなんて失礼だよ?」

「! ゆの、お前……!」

 妹はどうやら僕を社会的に抹殺したいようだった。いやまあ、それはちょっと大袈裟だけど、少なくともこの阿倍さんに対しては悪いイメージを植え付けようとしていると思われた。

 今の優乃の発言のどこに僕の首を絞めるポイントがあったのかと言えば、阿部さんを家に上げろと言ったところにある。

 思い出してみてほしい。どうして今日の僕は、妹や母親の相手をするのに苦労したのかを。

 そう。今、僕の部屋にはつくしがいるのだ。

 僕にしたってよく分らないやつなのに、阿部さんからしてみればもっと謎極まりない女の子のはずだ。そんな子がクラスメイトの男子の部屋にいたら? あまつさえ、その子が泊まるということを知ったら……?

 間違いなく僕という人間は勘違いされる。明日から僕のあだ名は女の子を部屋に連れ込んでいた変態だ。もしくはロリコンか。併せてエロリコン。あるいはアブ(異常や変態の意味を持つアブノーマルから)。考えてて悲しくなってきた。不登校決定だ。

 しかも、だ。優乃の中ではつくしは僕のクラスメイトという扱いになっている。もし僕の嘘が本当だったとすれば、なかなかそのシチュも修羅場だろう。

 どちらにせよ、こんな言い方をされてしまっては僕から拒否して帰ってもらうわけにはいかない。とにかく、阿部さんが謙遜してくれるのを祈ろう。彼女なら、ある程度の遠慮は知っているはずだ。

「え、でも、いきなり来てそこまでしてもらうわけには……」

 よし。さすがは阿倍さん。でも、だからといってこのまま何も言わないのは男としてよくないはずだ。少なくとも一回。一回は引き留めておこう。それで、お互いに悪くはならない。

「無理にとは言わないけど、遠慮はしなくていいんだよ?」

「んー。じゃあ、そこまで言うなら」

 あれ?

「どうぞどうぞー」

「それじゃあ、お邪魔します」

 優乃に促されて多少は遠慮がちにしながらも阿倍さんが玄関をくぐって中に入ってきた。

 ……あれ? 思惑、失敗した?


        ☆


 阿部さんを連れてリビングに入ると、母さんがソファに座ってテレビを見ているところだった。家事はしなくていいのか。

「母さん? 阿部さん来たからリビング使ってもいい?」

「ダメ。ゆうくんの部屋があるでしょ?」

 くっ。こいつら、グルだったのか。妹といい母さんといいなんてやつらだ。少しは息子や兄の社会的立場というものを考えてほしい。鬼か。

「でも、ほら、部屋汚いし」

「ゆうくんは掃除を欠かさない子でしょ」

「自分の綺麗好きが裏目に出た!? いいじゃん! 母さんは別にリビング使わないでしょ!?」

「そんなことないわよ? 今だって雑学のお勉強してるし」

「それを世間じゃテレビを見てるっていうんだよ! テレビなら他の部屋にもあるだろ」

「このテレビの大きさがちょうどよく覚えられるって私が決めたの」

「科学的根拠が何もないのによくそんな堂々と言い張れるな」

「じゃあ根拠を示すためにもまずは実験をしなくちゃだわね。というわけだからここは母さんが使うわよ?」

「ツッコミを利用された!?」

 どうあっても僕は阿部さんを部屋に連れていくしかないようだ。さてどうしようか。

「ねえ、うちが神崎くんの部屋に行ったらなにかまずいことでもあるの? それなら、うちは帰ろうか?」

「いや、そ、そんなことないから大丈夫だよ! あ、あはは……」

 そこで大人しく帰っていただけない僕のプライドが今は恨めしい。

「でもほら、散らかってるから、片付けてる間ちょっと待ってて?」

「うちも手伝おうか?」

 なんて優しい人だろう。妹と母さんに手と足両方の爪を煎じて飲ましてやりたいくらいだ。だけど今はその優しさが辛い。

「い、いいよ! お客さんに手伝わせるなんてできないし! すぐ終わるから!」

「そんな必死にならなくても、えっちな本は毎回丁寧にしまってるじゃない」

「母さんは一度ゆっくりお話ししようか」

「あら。ゆうくんの気持ちは嬉しいけど、親子は結婚できないのよ?」

「あんたの思考回路はお花畑か!? バラ畑なのか!?」

 ちなみにバラなのはとげがあるからだ。

「失礼ね。人の頭の中に畑なんてあるわけないでしょ?」

「知ってるよ! 比喩表現使って馬鹿にしてんだよ!」

「親を馬鹿にするなんて!」

「息子を貶めようとしてる奴の台詞じゃねえ」

「貶める? ねえ神崎くん、なんのこと?」

「墓穴を掘った!?」

 見ると母さんは爆笑を堪え切れないといった様子で必死に口を押えていた。殴りたい。

「と、とにかく! いったん待ってて! ね?」

「う、うん」

 もうどうしようもないので、僕はひとまず強引に阿部さんを待たせてつくしのもとへ向かうことにした。なんか、女の子一人家に上げるだけで死ぬほど疲れたんだけど……。


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