一章(3)
☆
「ただいまー」
「あ、お兄ちゃんおかえ、り……!?」
家に帰るとすぐ、僕の可愛い妹が出迎えてくれた。まだ中学一年生で、初々しさの残る制服が可愛らしい。のだけど……どこか様子がおかしかった。
「ゆの? どうしたの?」
「お、おに、おにいちゃ、」
なにか凄く驚いたような表情をしている妹の優乃は、しばらく口をわなわなとさせたあと、後ろを振り返り、
「ま、ママー!! おに、お兄ちゃんが、か、かか、彼女連れてきた!!」
と叫んだ。
って彼女!?
「うおい!? 違うから!! この子は彼女なんかじゃないから!」
「ママ! 早く!」
「聞いてない!?」
どうやらこの妹は聞く耳を持っていないらしい。
「聞いて優乃! 違うから。この子は彼女じゃない。学校のお友達だから。ね?」
「ねえねえ! どこまで行ったの? 手は繋いだ? も、もしかして、キスまで――」
「聞けよ!?」
お前の側頭部にあるそれはなんのために付いてるんだよ!
「こらゆのちゃん。そんなありもしないようなこと言ってたらゆうくんが可哀想でしょ? って、あらあら本当だったの?」
「母さんのにはどこからつっこめばいいのか分からないけどとりあえず息子が彼女を連れてきたことに対してありもしないこととか言うのはやめて」
「どこからさらってきたの?」
「確かに誘拐を疑うほど幼くは見えるけども!」
登場して早々とんでもないことを言う親子だった。恐ろしい。
ちなみに母さんはかなり若く、現在一五歳の僕をなんと一七の時に産んでいる。両親の話を聞くには学生結婚だったらしい。高校生で結婚とか……僕には少し想像がつかなかった。
「子どもはもう少ししてからの方がいいわよ?」
「産まねえよ! まだ母さんのときより若いんだよ!?」
「え、でも今の子って進んでるから」
「娘と息子の女友達の前でなんて話をしてんだ」
「ねえ! だからどこまで進んだのって!」
「ゆのは一回黙りなさい。あと、どっからそんな知識を仕入れてきたのかあとでゆっくりお兄ちゃんに聞かせること」
「え? お兄ちゃんが世界史の参考書のカバーを被せてダンボールに入れて、さらに押入れの奥底のもう使わない服とか入れてあるコンテナの中に置いておいた裸の女の子と男の子がえっちなことしてる漫画だけど?」
「なんで優乃が僕の秘蔵同人誌コレクションの隠し場所知ってんの!?」
「ああ、私が教えたのよ」
「母さんも知ってたの!? てかなんで教えちゃったの!? あとそういうのは見つけても黙っててよ!」
「まあまあ。ゆのは別に、お兄ちゃんがそういうの読んでても気にしないよ?」
「その優しさが辛いよ……」
「妹物が多くて、実の妹としては不安なところがないこともないけどそれでも気にしないよ? むしろ少し嬉しかったよ?」
「お前わざとやってるだろ!?」
この数秒で僕の精神はズタボロだった。愛する妹に妹物の同人誌を所有してることを知られるとか、どんな悪いことをしたらこんな酷い目に遭うというのだろう。泣きたい。むしろ死にたい。というか、辛すぎてもはや笑えてきた。
今日からどんな顔をして優乃に接していけばいいんだ……。
「ゆうと、好き」
「脈絡なさすぎのくせにとんでもねえタイミングで言ってくれたなお前!?」
「? だって、好きだから」
「嬉しいからつっこみにくいんだよ!」
「へえ。随分とアツアツですなぁお二人さん?」
「ゆのはそんなキャラじゃないだろ」
「ゆうと!」
「あっ、こら! 抱きつくな!」
「ちっ。見せつけやがって……」
「妹が壊れた!?」
「ゆうくん? ラブラブなのは良いことだけど、あんまりお外でしちゃダメよ?」
「だから違うんだってばぁぁぁぁぁぁ!!」
キャラの濃いボケ三人を捌くには僕のツッコミスキルじゃまだまだだった。
いや、まあ、若干一名はボケとかじゃなさそうだったけれども。
☆
僕はとにかく、まず行動の読めなさ具合断トツトップのつくしを押さえつけて物理的に黙らせ、そのあと妹達にとりあえず、彼女は学校の友達でどうしても今日中にやらなくちゃならない仕事があるからうちに来てもらった、ということで説明をしておいた。一応それで、二人とも表面上は納得してくれたようだ。めちゃくちゃ顔がにやけてたけど。
今は僕の部屋につくしを通してくつろいでもらっているところだ。
「それで、えーっと……つくしは、本当に僕のことがその、好き、なの?」
「うん」
つくしは迷いなく即座に頷いた。
「でもさ、僕は君のことを知らないんだよ。やっぱり人違いじゃないかな?」
「そんなことないもん! ゆうとはアタシのことを助けてくれたんだよ? 間違えるわけない!」
「そう、それ。女の子を助けるとかそんなエキサイティングなことした覚えはないんだよね」
「でも、ほんとだもん」
「そりゃあ僕だってなるべく信じてあげたいけど……」
どうもこの子と僕の間に認識の齟齬があるような気がしてならない。お互い嘘はついてないんだろうけど食い違ってるって感じだ。
「じゃあ、ひとまずこれは置いておいて。次の問題。つくしは、帰る家がないの?」
「うん。家はないよ」
「今までどうやって暮らしてたの?」
「外を飛び回って」
「ここもなんだよなぁ……」
彼女は、これもきっと嘘をついていない。だけどおかしいんだ。
「ご両親は?」
「だいぶ前に死んじゃった」
ここでつくしは少し目を伏せた。その時の悲しみを思い出しているのだと思う。
「もしかして、嫌なこと思い出させちゃった?」
「ううん。大丈夫だよ」
そう言って力なく微笑む彼女を見ると、やっぱりこの少女が嘘をついているとは思えなかった。
だけど、つくしの言うことを全て信じたとすると、彼女はかなり幼い頃に両親を失い家もない状態で今まで生きてきたことになる。正直なところ、つくしにそれだけの力があるとは思えなかった。でも嘘はついていなさそう。
どういうことだろうか? 嘘はついてなくとも何かを隠している?
僕にはさっぱり見当もつかなかった。
「……はあ。まあいっか」
人には、話したくないことの一つや二つぐらいあるものだ。とりあえずそれで納得しておこう。
「それで、さ」
さて、今までのはあくまでおさらい。ここからが、話し合いの本番である。
「つくしは、家がないん、だよね?」
「うん」
「今日はどこで寝るの?」
「ゆうとの家」
「明日は?」
「ゆうとの家」
「明後日は?」
「ゆうとの家」
大問題だった。
「ねえつくし、それって、うちに住むってことだよね?」
「? ゆうとがそう言ったんだよ?」
やっぱりか……。
――じゃあ僕の家にくればいいから
さっきのこの発言を彼女は、うちに住んでいいから、という意味に捉えたらしかった。とんでもねえ。家に連れてきただけでさっきのあの反応なんだぞうちの女どもは。一日泊めるのだって恐ろしいことになりそうなのに、うちに住まわせるとかその時の反応は想像もしたくない。というかなんて説明すればいいんだ。
「つくし。悪いんだけどさすがにそれは」
「?」
「――」
さすがにそれはできない。そう言おうと思ったのだけど。
声をかけたときに可愛らしく首を傾げる彼女を見て、つい言葉を止めてしまった。
考えてみれば、僕は彼女の言葉を嘘だと思っていない。それはつまり、つくしがホームレスであると知っているということであり、この先するであろう彼女の苦労が想像できる、ということなのだ。
そんな女の子を、平然と追い出すことができるだろうか?
少なくとも僕には無理だった。
そもそもは僕がうちにこいって言ったわけだし。
「……はあ。分かったよ。母さん達には僕からなんとか言っとくから、家が見つかるまではうちに住んでいいよ」
「いいの!? やった!」
というわけで、美少女との同棲が決まった瞬間だった。同棲とは語弊があるなぁ。