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ツクツクボウシの恩返し  作者: アゲハ
一章 「ツクツクボウシ」
3/7

一章(2)

        ☆


 とりあえず記憶を辿ってみたけれど、うん。やっぱりこの状況は訳が分からない。唯一分かったのは、一応僕は他人の手伝いをしたので良い行いはしていた、ということだけだ。それだって、僕的には手伝いをしている段階ですでにご褒美のようなものだったというのに、またこんなご褒美をもらっていいのだろうか。なんだかバチが当たりそうだし、やっぱりこれはご褒美などではないということにしておこう。とにかく、まずは彼女を引き剥がして今は面と向かい合う形になっている。

 さて、さっきも言ったように、僕にはこんな風に声をかけてくれる女子などいない。しかも、この声には全くもって聞き覚えがない。当然、その姿に見覚えなんてあるはずもない。

 人違い、だろうか? たとえば、お父さんだと思って間違えて抱きついちゃったとか。

 ……まさか、いくらなんでも僕の背中はまだそこまでの威厳も出てなければ老化だって進んでないはずだ。そんな、父親に間違われるなんてことありえない。むしろされてしまったらショックで立ち直れない。

 そもそもが、僕の名前を呼んでいたのだから人違いも何もないというものだ。

 この少女は、完璧に間違いなく、僕に、神崎かんざき優人ゆうとという一個人に、抱きついてきていたようだった。そんな馬鹿な。どうしてそんなご褒美が。

 とにかくなにか話そう。そう思って僕は、ひとまず話しかけてみることにした。

「あの、君は?」

「ゆうと! 会いたかったの!」

 ダメだ。会話が成立しない。

「えっと、人違い、してない?」

「そんな、覚えてないの……?」

「こんな美少女を簡単に忘れることなんてできないだろうから、多分、元々知らないんだと思うけど」

「び、びしょうじょ……」

 頬が少し赤くなっていた。しまった。本音がつい。

「と、とにかく! 君の言うゆうとっていうのは、僕で間違いないの?」

 とりあえず僕は、まず人違いの可能性を潰しておくことにした。ここにきてそれはないとは思うけど、万が一これで人違いだったら、僕も彼女も恥ずかしさで倒れかねない。というか、僕が彼女の立場だったらかなりの確率で死ぬ。

「うん! ゆうとはゆうとだよ?」

 僕の問いかけになんの意味があるのか分からないといったように、もっと別の状況で言われていたら間違いなく惚れたであろう台詞を少女はとてつもなく可愛らしく首を傾げながら言った。ほんとに。めちゃくちゃ可愛い。状況違わなくても惚れそうだ。

 じゃなくて。

 人違いでないなら、なぜ彼女は僕に抱きついてきたのだろうか。少なくとも、僕の中では見知らぬ女の子だというのに。

「じゃ、じゃあ。君はどうして、僕に会いたかったの?」

「ゆうとがアタシを助けてくれたから!」

 残念なことにさらに謎が深まってしまったようだった。

 どういうことだ? 僕がこの子を助けた? まさか。僕にはこんな可愛い子を助けた記憶なんてないぞ。なんだ、なんなんだ。

 と、既にキャパがオーバーし気味の僕に向かって、さらに畳み掛けるように少女が告げる。

「アタシ、ゆうとのことが好き! 大好き!」

 ああはいはい、そうね、君は僕のことが好きなのね……、

「ってはあ!? 好き!?」

「うん。好き。アタシはゆうとのことが好きなの!」

「それは、えっと、あの、隙あり! の隙じゃなくて、好きですの好き、なんだよね?」

「? よく分かんないけど、多分そうだよ?」

 彼女はまた可愛らしく首を傾げた。その姿が本当に可愛い。冗談抜きで。

「え、っと……」

 そんな。本日三度目のまさかだ。僕は、生まれてこのかた告白など一度も受けたことがないんだぞ。中学二年まで学生恋愛なんて都市伝説だと思ってたくらいで、友達が付き合ってるっていうのを聞いて本当にあるんだなぁと知りはしたものの現実感ゼロのままだったんだぞ。バレンタインの本命はおろか、義理さえフィクションだと思っていたし、可愛い可愛い妹からしかチョコなんてもらったことなかったんだぞ。二月のイベントといえば? に節分って答えるぐらいなんだぞ。クリスマスは家でサンタを待つ日だと思ってたんだぞ。むしろ今は妹のサンタになるのが唯一の楽しみなくらいなんだぞ。

 そんな僕が、見ず知らずの女の子から突然告白されただって……!?

 ありえない。ありえていいはずがない。

「えっと、何かの罰ゲームなのかな?」

「ばつげーむ?」

「ごめんねなんでもない」

 なぜか教えちゃいけない気がした。この純白さを汚してしまうのはまずい。いや、罰ゲームて別に普通の言葉なんだけど。

 人違いでない。罰ゲームでもない。

「じゃあ、他に何があると言うんだ!」

 告白が本気であるという考えが完全に抜けていた僕だった。

「……とりあえず、君の名前は?」

「アタシ? アタシは、えっと、つ、つく……」

 そこで彼女はなぜか言葉に詰まった。言えない、というよりは、忘れてしまったような感じだ。だけど少しして、彼女はすぐに質問に答えた。

「そうだ! つくし! アタシの名前はつくしだよ」

「つくし、か。名字は?」

「みょうじ?」

 この少女は名字の概念を知らないらしい。

 え、どういうこと?

 何か違和感がある、とかそれどころじゃない。完全に変な子だった。というか、変という一言で済む問題じゃないだろ。この子、今までどんな生活をしてきたら罰ゲームや名字を知らないでいられるというんだ。お前は侍か。

「うーん……住んでる場所は? どこに住んでるの?」

「おうちのこと? おうちはないよ?」

「ない!?」

 その若さにしてホームレス!? キリンさんに負けず劣らないんじゃないの? って元ネタ分かるかな。流行ったのわりと前だよね。じゃねえよ。

「色んなところ飛び回ってたからね」

「そんな生活は今すぐやめようか」

 色んなところを飛び回ってたって、つまり、他人の家を渡り歩いてたってことでしょ? それは危ない。いつ過ちが起きるか分らないじゃないか。

 別に、女友達の家かもしれないしそもそも彼女自身はそんなこと一言も言ってなどいなかったのだけど、このときの僕はこんなにも可愛らしい天使のような子がそういう淫らな意味で危険な目に遭うかもしれないと思い込んで全くそんなことは浮かんでこなかった。

「ふぇ? でも、おうちないし」

「じゃあ僕の家くればいいから」

 よくよく考えてみれば、僕はとんでもないことを言っていたと思う。僕だって彼女に危険を及ぼすかもしれない存在なわけだし、まず僕と彼女は今が初対面のはずなわけだし、ここだけ切り取って見れば性欲を抑えきれなくなった男子高校生が世間知らずな少女を連れ込もうとしているようにしか見えない気がした。言い逃れできないだけに恐ろしい。

 しかし、彼女はこの短い時間でも変だと言える子なのだ。やはり反応も、およそ普通とは呼べないものだった。

「いいの!? ほんとに!?」

 まさかの大喜びだった。

「え、あ、うん。つくしがそれでいいなら」

「じゃあ行く!」

 即答。悩む素振りは一切なかった。ほんとに、僕のことが好きなのか……?

 どっちにしろ、その無邪気さが可愛くて。

 それが少し、不安に感じた。

 とにもかくにも、こうして僕とつくしは出会い。

 不思議で不不死で、最悪で災厄で、不幸で最幸の一週間が。

 幕を開けたのだった。


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