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「淑陽」
紛れもない威龍皇帝の声だ。初夜とは、つまり・・・。
扉が開いた瞬間、皇帝の眼に映った私は、さぞ追い詰められた動物のように見えただろう。
「今日はお疲れだろう。ゆっくり休みなさい。私は外で休む」
たどたどしいミルヴァルの言葉で、皇帝はそう言った。私は驚いて見上げた。正面からこんな近くに向き合ったのは初めてだった。
皇帝は、いや、これからは陛下と呼ぼう、彼はやはりファランに面影が似ていた。一国の主というよりはまだ若い軍人のようで、それでもよく見れば私よりも遥かに歳は上だった。しかし、容貌はとても精悍ではつらつとし、また誠実で思慮深そうな眼をしていた。
「少し、ミルヴァルの言葉を知っている。元の敵国に嫁いで不安だと思うが、そなたも、少しずつイムハンの言葉を覚えて、皇家の一員になってくれると、嬉しい」
「あ・・・」
声が出る前に、陛下は部屋を出て行かれた。
ミルヴァルの言葉で私の気持ちを少しでも解きほぐそうとしてくれたのだろうか。
本意ではないとはいえ、この男性と結婚するということは、もしかしたらそれほど不幸ではないのかもしれないという気さえした。
陛下に叔母のことを訊けたらと思ったが、形見の髪飾りがない限り、それは単に人違いかもしれなかった。
叔母の手がかりを失った私は、嫁いできた目的も失い、彩露殿から逃げ出そうと決めた。部屋は陛下が訪ねられた時に人払いがしてある。これを幸いに私は部屋から抜け出したが、明かりもなく手探りで人気のないところを進むうちに、城内で迷ってしまった。
その時、華亮たちに出会った。むしろ見つけられたという方が正しいかもしれない。華亮は、叔母に似た(それはつまり私にも似ているということ)面差しだけでなく、カタレニアの血につながる不思議な力があった。この子はすべての動物の声が聞こえるのだ。この時も、子猫たちを通じて話しかけてくれた。そして、いつか翔豪と協力して私をミルヴァルに帰すと約束してくれた。
まだ十歳とは思えない落ち着きのある言葉に、あの陛下の血が流れていることを思い出し、私は信頼できると思った。
華亮について後で知ったことだが、朝は誰よりも早く起きて、身支度なども自分で済ませる。体をいつも衣でしっかりと包み、誰にも肌を見せない。華亮は不思議な子だった。