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用意された皇帝の隣の席に座ると、イムハンのしきたりとして、婚礼はまず杯を交わすことから始まった。
酒器を手にした若い臣下の者が、目の前に用意された杯になみなみと液体を注いだ。困ったことに、私はまだミルヴァルでは未成年。酒類を口にしたことはおろか、匂いすら知らなかった。華やかな香気に頭がくらくらとする。
「果実酒ゆえ、強くはございませぬ。ご安心を」
囁いた声に視線を投げると、あの涼やかな声の持ち主だった。整った顔立ちに、とてもにこやかで優しい笑みを浮かべている。昨夜の、あの長身の男とはやはり別人だったのだろうか。しかし、今のはやはりミルヴァルの言葉・・・。名を玄峰と聞いたのは、もう少し後のことだった。
婚礼のあと夜が更けても、宴はずっと続いた。皇子たちはとっくに寝室に戻り、皇后である鳳潔夫人は他の妃たちと先に就寝の挨拶に来ていた。私は妃たちの中に叔母の姿を探した。死んだという華亮皇子の母が、叔母であるとはまだ急に信じられなかったのだ。
皇帝の異母姉である皇后は、高圧的なひとで、少し苦手に思った。皇太子もまだ少年だったけれど、母親に似た冷たい印象だった。
そのうち、自分の寝室に私も下がることになった。後宮に入る廊下の途中で、従者がここまでだと言う。
「ここから先は、成人男性は皇帝陛下のみ入ることを許されます」
「でも、まだ私はイムハンの言葉をほとんどわからないのよ?」
「イムハンの習いに従うのがこれからの貴女様のためでございます。下男も着いたということなので、様子を見に行って、明後日私たちはミルヴァルに戻る予定です」
「そんな、一人で暮らせというの?」
「姫様は、これからイムハンの妃として生きていかれるのが定めにございます」
「待って、その前に、あの皇子の母親のことを知っている者がないか・・・」
言葉のわからぬ侍女たちに遮られるようにして、私は後宮の奥に連れて行かれた。
部屋には見慣れない異国風の寝台が設えてある。侍女たちは、部屋の中に浴槽を入れ、私に行水するよう案内した。湯から上がると、用意されていたのは今までの服ではなく、イムハンの衣だけだった。
「どういうことなのです?!」
ミルヴァルの服や持ち物は、全て持ち去られてしまったのだ。その中に、姉がくれた叔母の髪飾りも入っていた。
「私の物を返してください!」
必死に頼んだが、侍女たちには言葉が通じない。鈴の音が聞こえて、侍女たちは慌てて退出していった。
呆然としたまま、部屋の中に立ち尽くす。あれが、あれがなくては叔母を捜すことはできない。華亮皇子の母が叔母だということも掴めない。
廊下に足音が聞こえて、私は我に返った。今日は婚礼の初夜だ。