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疲弊だけが残る身体を馬車に揺られるまま、イムハンに辿り着いたのは太陽が一番高くなった真昼。のちに彩露殿という名を知った王城からは耳慣れない金属のような太鼓の音が鳴り響いている。
城門をくぐって、歓声が聞こえるようになった。みな、敵だった異国から来た私を歓迎してくれているということなのだろうか。
王家の血筋にありながら今まで姉の陰に隠れて、賞賛というものにおよそ縁のなかった私には、僅かに心揺さぶられるものがあった。この国の民たちは、純朴に王家を慕っているのだ。永く戦いを知らない。
私と姉の人生を変えてしまったあの五カ年戦争も、この国までは及ばず、イムハンは出兵したものの大きな犠牲者を出さなかった。
中央の大きな通りを、歓声と共に進む。生涯初めての体験だった。馬車が停まったのでいよいよ宮殿前に停まったらしい。私は大きく肩で息をして目を瞑った。
「姫様、到着いたしました」
供の従者が馬車の扉を開くと、甘い馨りでむせかえるようだった。
眼前に拡がるのは花の絨毯。私のために敷き詰められているというの・・・?
降り立った瞬間、一気に知らない音楽と歓声が押し寄せて来て、私は少し目眩がした。
従者に導かれて玉座の前に進む。集まる視線に、表情がこわばっていくのをどうすることもできない。隠すように、皇帝の顔もよく見ないまま、すぐに跪いた。
皇帝が何か言っているのが聞こえる。とてもしっかりとした男性らしい口調に感じられた。イムハンの言葉は少し勉強してきたのだけれど、早口なのでよくわからない。
従者に通訳された。
「ミルヴァルの姫であるか、とお尋ねです」
黙って頷く。
従者の答えをもう一人誰か臣下の者が皇帝に伝え、再び皇帝が話しているようだ。
「お名前を申し上げてくださいませ」
「マリーゴールド、と申します」
皇帝に伝えるイムハン側の人間が少し発音に手間取っている。皇帝はまた別の誰か、今度は若い臣下に何か尋ねている。
涼やかな声で、その若い臣下が何か紙に書いた文字を出して来た。城内に感嘆したような声が上がっている。
今の声。あの声は知っている。だって、あれはゆうべも聞いた・・・。
「姫様が、あちらの皇子様の亡くなられた母親に生き写しだと言われるので、そのお名前と同じ太陽を意味するお名前を授けられました」
従者に言われて、私は軽い混乱から立ち戻った。
皇帝に呼ばれて傍に来た小さな姿に思わず目を向けると、まだあどけない皇子に私は衝撃を受けた。
従者の通訳で、私にその子の母親になってはくれないかと皇帝が望んでいることを知った。母では歳が近すぎるから、姉代わりでもよい、と。
姉、という言葉に私はまた反応した。この子は、どこかで会ったことがある。私は、この子を知っている。そんなわけはないのに・・・。
「もしかして、叔母さまの・・・?」
思わず出てしまった言葉は従者に聞こえなかったようだ。
小さな皇子は皇帝の言葉に応えたようで、私の前に歩み寄ると、はにかみながら微笑んだ。漆黒の髪に、翡翠色の瞳。
「仲良くしてくださいね、よろしくお願いします」
それが、華亮皇子だった。