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 それは、イムハンに入る直前のことだった。


 砂漠の夜は、途轍もなく冷える。

 馬が体力を消耗する日中は日陰を探して休み、なるべく夜の道を月明かりを頼りに進むことになった。

 だがそんな道中、不運なことに私たちの一行は賊に遭遇してしまった。見知らぬ言葉を荒っぽく話す数人の男たち。

 従者は馬を反転させたけれど、この辺りの人間はみな馬の扱いに長けていて、すぐに追いつかれてしまった。

 イムハンへの婚礼が狙われることは、ドロシノーア女帝も知っていたはずだ。

 所詮私は使い捨ての道具だったのだろう。

 護身用の短剣など、何の意味を持たないだろう。

 慰み者にされるよりは・・・、自分の誇りを護るためだけのものだ。

 下男の倒れる悲鳴を聞きながら、凍りついた心のまま、静かに私は覚悟を決めて息を吐いた。

 すると、外でまた騒ぎが起きている。男たちが馬車に一番乗りするのは誰かと争っているのだ。

 カーテンの隙から様子を窺うと、仲間割れで、男たちは目を血走らせて殺し合っていた。

 一方で、一人だけ争いに加わらない男がいた。遠目で顔はよくわからないが、すらりとした長身だ。

 男たちがとうとう最後の一人になってしまうと、黙っていたその男が剣を抜いた。

 最後の一人が何かを言っている。憤慨したように斬り掛かって行くが、長身の男に一瞬で倒されてしまった。

 そして、とうとう本当に一人だけになってしまったその長身の男が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。私は短剣を喉元に構えた。

 その途端、外からよく通る涼やかな声が、流暢なミルヴァルの言葉で呼びかけてきた。


「ミルヴァルよりお越しの姫かとお見受けします。下男はこちらで介抱し送り届けますので、まずはイムハンまでお進みください」


 馬車の隅に身を潜めていた従者は慌てて御者台に上った。

 馬車が動き始めて、私は思わず窓を開けた。去る前に、声の主に一言お礼がしたかったのだ。


「厚くお礼を申し上げます、旅の方。お名前をお聞かせくださいませ」


 長身の男は、マントを顔の下半分まで上げていた。

 唯一見えるはずの両眼も、煌煌(こうこう)とした月の下で逆光になっていて、よく見えない。


「名乗る程の身分ではありません。いずれまた、お目にかかることもありましょう」


 下男を抱え馬に飛び乗ったその男は、馬車と反対方向に向かい始めた。

 やがて進み始めた馬車で揺られるうちに、緊張の糸が切れたように私は浅い睡りに落ちた。

 でも、まぶたの裏にはまだ男の姿が焼きついていた。

 馬を走らせるその姿はどんどんと離れ、遠く小さくなっていくのに、彼の声が聞こえてきたのは、ミルヴァルの血のせいだったのだろうか。


「いずれ、私はこの国も、貴女も手に入れるーーーその時に」



 夢か現か、わからないままに、男の影は消えていった。

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