第八話
「ルーセム、見て」
背中が大きく開いた衣服にも関わらず、大胆にもロシーヌは白金の髪を両腕でかきあげた。女神の彫像のようになめらかな曲線を描いたその肢体は、艶めかしさを超えて神々しくすらある。北国の中でも北部地方に住まう彼女が、このように素肌を露出することはなく、さらに、父親であるキャメロット公爵を筆頭に、侍女頭からも服装には細心の注意を払うよう言い含められていた。それは、美しすぎる少女の貞操を守るためでもあったのだ。
だが、異世界である『天空界』に魂を連れてこられた今、彼女を縛るものは何もなく、まるで幼い子どもに戻ったかのように屈託ない笑顔を満面に浮かべ、翼人である青年・ルーセムの名を呼んだのであった。
ロシーヌが頬をバラ色に紅潮させて背中を見せると、肩甲骨から真白い鳥の翼が現れた。
翼は今の少女の気分を表しているかのように数回楽しげに羽ばたいた。
「私は今、魂のみの存在ですから、このような信じがたいこともできてしまうのですね」
宝石にもまさる青い瞳は喜びに満ちており、そんなロシーヌの姿を見て、表情に乏しいルーセムの金色の目も優しく細められた。
「ロシーヌ。お前の心はその翼と同じく真白く穢れがない。やはりダニエル様の魂の器に相応しいだろう」
聖天宮で目覚めたときにも同じことを言っていたと、ロシーヌは小首を傾げてルーセムに問うた。
「その……聖天使・ダニエル様の魂は、永遠に私の体に入ったままなのですか。そうなれば、私はいったいどうなってしまうのでしょう」
ふと不安の色を表情に浮かべたロシーヌの胸中には、まっ先に青灰色の瞳をした不敵な表情が良く似合う青年の顔が浮かんでいた。
グランスリードに会えなくなってしまうのかと思い急に悲しくなったロシーヌの柔らかな頬に、ルーセムの白い手が伸びた。
「案ずることはない。ダニエル様が地上にいる間だけのこと。そうしなければ、お前の肉体が衰弱してしまう。器に相応しいというだけで、やはりお前の体はお前自身の魂のものなのだから」
「そうなのですか」
「そうだ。だから、お前はこの天空界にいる間は、心安らかにして過ごせばいい」
ロシーヌはルーセムに微笑むと、後ろを振り返って天空界の風景を眺めた。
聖天宮の入り口から見えるその光景は、水晶を切り出して造られた美しい球体模型のような世界であった。地上のように平面ではなく、前後左右、そして上下全てが翼人の居住空間なのだ。
はるか前方に、聖天宮のような建造物が点在しているのが見えるが、そこまで伸びているのは、やはり透明な細い道だった。それはどうやら歩くためのものではなく、止まり木のような役割をしているのか、時折、この世界の住人たる翼人が降り立ってはまた飛んでいく姿があった。
「まずはこの世界を知りたいと思います」
もう一度ルーセムを振り返ったロシーヌは、グランスリードのためにも、ただ無為に時間を過ごしてはならぬと気持ちを新たにしたのであった。