第四話
キャメロット公爵家に狼がいることは、たちまち主でありロシーヌの父親でもあるセルヴィル・キャメロットの知るところとなった。しかし、公務のため滞在先の王都シャロンを離れることができず、代わりの人物がロシーヌのもとへ遣わされた。
「グランスリード……」
ロシーヌが客室に入ると、一人の青年がにこやかな表情で歩み寄ってきた。
騎士らしく片膝を床につき、恭しく公爵令嬢の白い手を取り口づけると、そつなく立ち上がった長身が少女を見下ろすことになった。
グランスリード・ドラフト――。
ウォルド王国は西部のベルド地方を治める大領主の嫡男で、足を悪くした父親に代わって大半の公務をこなす貴公子だ。日々多忙なはずのこの青年が、なぜキャメロット公爵家の、しかも私事に関する呼びつけに応じたのか。それは、父親同士が旧知の仲であるというだけではなかった。
「ご機嫌いかがかな、私の美しい薔薇」
本質を鋭く見抜く青灰色の瞳に、めったに他人には見せない親しみの色が浮かんだのだが、それに気づいてもロシーヌは素直に喜ぶ様子はなかった。
「お世辞を言いにきたのですか」
心にもないことを言ってしまった、とは極力表情に出さぬよう気丈に振る舞う美少女に、グランスリードの双眸の光がさらに和らいだ。
「あなたの美しさを世辞で褒める者がいるとは思えませんね。本当に美しいのだから」
グランスリードの真意を計りかねたロシーヌがこらえきれずに切り出した。
「グラン。我が父セルヴィルが、多忙なあなたを突然呼び立てた非礼はお詫びいたします。でも、狼のことなら、私はけっしてあの子を処分したりはしないことを、今ここではっきりと申し上げておきます」
経験や知識、そして判断力の何もかもがグランスリードにはかなわないと承知しているロシーヌの、精一杯の反抗だった。
しかし、ロシーヌは知らないのだ。世間では冷厳な態度を崩さぬ氷の貴公子とまで言われているグランスリードの唯一の弱点が自分であるということを。
「こんな損な役回り――セルヴィル殿を恨みたいよ」
グランスリードは苦笑して溜め息をついた。それとともに、慇懃な口調も消え、幼なじみらしい空気が戻り始めた。
「きみにそんな厳しい目で見られるのは、王都のうるさいお歴々の小言を聞くよりこたえる」
「グラン、私はそのようなつもりは……」
「分かっている。まぁ、さすがの俺でも、きみが狼を拾ったと知らされたときは驚かずにはいられなかったが。今は、きみに拾われたその幸運な獣を一目見たいと心から思っている。許してくれるか、ロシーヌ?」
頼もしい青年の申し出に、ロシーヌが否と答えるはずもなかった。
ロシーヌはほんの少し萎れていた心が潤うのを感じながら、グランスリードを自室へと自ら導いたのであった。