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薔薇と天狼  作者: 水葉聖子
妖精騎士編
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第十五話

 キャメロット公爵の城をあとにしたエリーと二人の青年騎士がまず目指したのは、南へ約半日かけて下ると辿り着く宿場町であった。

 西部地方を治めるドラフト公爵家へは南西へ下る必要があるが、そこには人間に害を及ぼす魔物の巣窟となっている広大な森が横たわり、北部地方と西部地方間で鉄壁の境界線となっていた。最短でロシーヌのもとへ行くためには、始めからその魔物の森を通り抜ければよいが、戦う術を持たないエリーが同行している。そのため、妖精騎士らの判断により、森を通る距離が短くなるよう、いったん真南にある宿場町へ寄ることになった。そこから西へと森を駆け抜け、ドラフト公爵領・ベルド地方を目指すのだ。

 しかし、その宿場町へ到着する前に、早くも問題が生じていた。

 白妖精族リオサルファル)の青年騎士・カリアルードの馬に相乗りしていたエリーの顔色が芳しくないのだ。

 小柄な人間の少女が腕の中でつらそうに目を閉じている様子を見て、カリアルードの銀色がかった水色の涼しげな瞳が、困ったように隣りを行くシャルディンに助けを求めていた。

 褐色の肌をした黒妖精族ドカルファルの青年騎士・シャルディンは、愛馬ユーラの栗色の背中に揺られながら、別段焦った様子もなく、困っている親友に助言した。

「馬酔いだから、心配ないよ。さっき薬を飲んでもらったしね。それよりルディ、彼女をきちんと支えてあげないと。睡眠薬としても使う粉薬だから、ほら」

 シャルディンの若葉色の瞳がカリアルードの懐で目を閉じているエリーを見た。

 胃のむかつきが辛く、眉間に皺寄せて目を閉じていた少女は、徐々に安らかな表情になり、緊張していた体から力が抜けていった。と同時に、鞍上で座位を保てなくなり、騎士の腕に抱かれる格好で深い眠りに落ちていった。

 その寝顔にため息をついたカリアルードは、飄々としているシャルディンを横目に、努めて静かな声で言った。

「だから無理だと言ったのだ。馬車とは揺れ方が違う分、慣れていなければ体の負担になるだけだろう。そもそも、ドラフト公爵家にロシーヌの世話をする者はいくらでもいるはず。この娘が無理をして危険な旅をしなければならない理由が分からない」

「不愉快な娘だとか言っていたわりには気遣うね、ルディ。エリーゼをロシーヌのもとへ連れて行くのは、娘を案ずるキャメロット公爵の意向であり、理由はどうあれ、彼に仕える我々は、その指示に従う義務がある。違うかい?」

 からかうような口調だが、発言の内容は理にかなっているシャルディンに、カリアルードは柳眉をひそめた。

「ルディと呼ぶな。確かにお前の言う通りではある。だが、まだ年端もゆかぬ少女に、魔物の森を駆け抜けろとは無情ではないか」

 そう言いながら、腕の中で眠っているエリーゼを見下ろすカリアルードは、初対面で泣かせてしまったことを心の中で詫びた。その思いを素早く察した黒妖精族の騎士が、わざとらしく右手を胸に当て、茶化す。

「ああ、エリーゼ。あだ名で呼び合うのを好かないからと言って、八つ当たりしてすまなかった。百歳にもなる妖精騎士にあるまじき短慮極まりない言動だった――といったところかな、真面目なカリアルード殿?」

「名前は音にも文字にも神聖な魂が宿るもの。それを軽々しく短縮して呼ぶことは、相手を軽んずる行為だ」

「堅物」

「何か言ったか、シャルディン?」

「いいや、何も。なぁ、ユーラ」

カリアルードは、いつもの如く愛馬に語りかけてごまかすシャルディンから視線を逸らし、また溜め息をついた。



 一方、馬の揺れに酔ってしまったエリーゼは、シャルディンから渡された粉薬を飲み、やがて瞼が重くなると、黒い髪の美しい騎士に迷惑をかけてはいけないと思いつつも、吸い込まれるようにして深い眠りに落ちていった。

 温かい腕に包まれている安心感と薬のおかげで、胃のむかつきは少しずつ治まり、エリーゼは久し振りに昔の夢を見た。この世のものとも思えぬ美しい光を身に纏った白金の髪の少女・ロシーヌに始めて出会った、あの雪の日の夢だ。

 聖堂で下働きをしていた孤児のエリーゼに、ばら色の頬の美少女が笑顔で手を差し延べてくれた人生最良の日は、夢であってなお、エリーゼの心を温めてくれるのであった。

 しかし、今日の夢に登場したのは、ロシーヌだけではなかった。

 長い絹糸のような黒髪、そして銀色がかった水色の瞳をした妖精族の騎士。表情はやや冷たいが、かえって彫像のように整った美貌を惹きたてていた。名前はカリアルード・ブランシュ。

『気高くて美しくて……。少し厳しそうだけど、私なんかを大事な馬に乗せてくれて。それなのに、まさか馬に酔ってしまうなんて――自分が情けない』

 そんな眠りの中でも自己嫌悪に陥り、うす暗い心を黒馬ルクレールの背の揺れに乗せたエリーゼの耳に、温かくも春の小川の如く清らかな歌声が、遥か彼方から聞こえてきた。

『男の人の声だわ。程よく低くて気持ちいい。体が芯から楽になる感じ』

 このままゆっくり歌声に癒されていたいと思ったエリーゼは、しかし、よく聞けば歌声は遠くからではなく、すぐそばで聞こえていることに気づいた。そのまま眠りの淵から引き上げられるように目を醒ますと、自分がカリアルードの胸に左頬をしっかりと密着させて眠ってしまっていたことに仰天し、声にならない悲鳴を上げた。

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