第十三話
冬の晴天の下、剣呑な表情のグランスリードと、その氷の貴公子の刺すような視線を悠然と受け止めていた聖天使・ダニエルの間に流れる空気の均衡は突然崩された。
ロシーヌの身体を借りたダニエルは、花の香が匂うような微笑みを見せた後、瞼を閉じてその場に倒れたのだ。
傍にいたグランスリードが咄嗟に抱きとめたため、ロシーヌが怪我をすることはなかったが、意識を失ったキャメロット公爵令嬢に周囲は騒然となった。
「グランスリード様、ただいま医師を手配いたしました。まずはロシーヌ様をお部屋へ」
グランスリードの乳母であり、侍女頭を務めるファリアが、騒ぎを聞きつけて駆けつけた。珍しく慌てたのだろう、安心感漂うふっくらした顔が紅潮していた。
判断の早い侍女頭に礼を言い、グランスリードがロシーヌの身体を抱き上げようとした時であった。
「う……ここは……」
「ロシーヌ!」
グランスリードの双眸に安堵とともに不安の色が浮かび、ゆっくりと自力で上半身を起こしたロシーヌを用心深く見守った。
「私は地上に戻ったのですね」
頭痛がするのか、白い額をたおやかな手で押さえながら呟く少女に、グランスリードは努めて穏やかに声をかけた。
「ロシーヌ、きみなのか」
通常問いにするような言葉ではないが、事情を知っていた侍女頭・ファリアは黙して余計な口をはさむことはなかった。
「やはり、私ではない者が私の身体を使っていたのですね」
少しずつ意識がはっきりとしてきたロシーヌに、ようやく肩の力を抜いたグランスリードは、聖天使・ダニエルが今までいたことを伝えた。
「グラン、傍にいてくれたのですね。私はまた迷惑をかけてしまって……」
青白い頬のロシーヌが風にかき消されそうな小さい声で謝罪すると、そっとグランスリードの手が華奢な肩に伸びた。
「きみが無事ならそれでいい」
ロシーヌをこわれものを扱うように柔らかく抱きしめたグランスリードに、少女は意地を張ることなく身を任せた。すると、ファリアの温かみある声がごく自然に二人の間に割って入った。
「意識が戻られて安堵いたしました。とにかく、お身体をお休めになられるのが先決ですわ。最近はお食事もまともにはされていませんでしたから、温めた汁ものをお持ちいたします」
あとから駆けつけてきた若い侍女に手際よく指示を出しているファリアに笑顔を見せたグランスリードとロシーヌは、この後お互いに報告すべきことがたくさんあるが、まずは無事の再会に胸をなでおろしていた。