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贔屓とは

作者: ikayaki
掲載日:2026/01/19

これは受験生が思ったことをそのまま書いただけです。小説ではないですね。中学生なんで日本語がおかしいかもしれません。ごめんなさい。

 僕が中学校1年生の時、勇気を出して野球部に入った。顧問が厳しかった、これは運動部にとっては当然だと考えていた。中学校の部活とはいえ、高校の推薦が貰えて高校受験が楽になる可能性がある。周りの奴らは小学校から本気の奴も、僕も含めほぼ初心者の奴もいた。あっという間に1年が終わろうとしていた。正直、中学校1年生では贔屓なんてもの感じなかった。

 2年生からだった、部活でも学校でも贔屓を感じたのは。まずは部活だ。野球部も世代交代で試合にも出場する機会が増えて、差が見え隠れし始めた。小学校から野球をしている奴らは顧問から気に入られ、ほぼ初心者の僕と数人は嫌われた。これは上手い下手で判断していると思うだろう。違う。自慢ではないが僕は打率と守備共に1年で上達して、小学校から野球をしている奴より上手かった。しかし、試合には出ずにベンチで顧問の怒りの矛が向くさきだった。正直ムカついた。理不尽極まりない。しかもこの顧問は保体の先生で僕の保体の成績は永年3だ。テストで100点をとって提出物を出してもだ。しかし気に入られた奴はテストで20点をとって提出物を出さまいが保体の成績が5だった。こういうやつが、学校にうろちょろいる。おかげで、五教科合計で70点勝ったとしてもそいつより成績が低く、志望校に行けなくなった。努力ってなんだ。こんなこと書いても中学校の教員が変わるわけないが、大人に知ってほしいこの有り様を。贔屓だけで一人の人生を壊しにきている。

 前述の通り贔屓で人、一人の人生を壊すのは簡単なのはわかるだろう。これに共感する人は少なくないだろう。日本の普通教育の公平さのレベルの低さが見て取れる。憲法に書かれている「公平」は、国民全体の奉仕者の公務員である教員によって否定された。贔屓とは人間の許さざるを得ない部分だ。

贔屓って社会に出てもあるのか。贔屓なんて感情なくなれば良いのに。

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