覚醒
午後十時。
那須の山頂を越える冷たい風が、殺生石の岩肌を鋭く撫でるように吹き抜けた瞬間、夜空にB-2 Spiritステルス爆撃機の影が、まるで闇そのものが裂けたかのように滑り込んだ。
風は枯葉を舞い上げ、岩の隙間から硫黄の微かな臭いを運び、月明かりの下で白く輝く雲をゆっくりと押し流していた。山の稜線は黒く浮かび上がり、遠くの温泉街の灯りがぼんやりと霞む中、空の一点に異変が生じた。
高度一万二千メートル。レーダーには映らない。エンジン音すら届かない。漆黒の塗装が星明かりを完全に吸い込み、機体はただの“空の穴”のように存在していた。翼の曲線は完璧な流線型で、大気抵抗を最小限に抑え、乱気流すら生まない。機体の表面は特殊なレーダー吸収材で覆われ、電波を散乱させ、存在を抹消する。
パイロットのコールサインは
「ゴースト・ワン」。
彼は酸素マスクを装着し、ヘルメットのバイザーを下ろしてHUDに映る赤い照準マークを睨みつける。指先は震えていないが、心の中では任務の重圧が渦巻いていた。
(この一撃で歴史が変わる。失敗は許されない。家族の顔が浮かぶが、今は集中だ。)
訓練通りの冷静さで、すべてのチェックリストを頭の中で再確認する。燃料残量、航路、気象データ、すべてが完璧。
「ターゲット座標確認。緯度37.0725、北。経度140.0150、東。誤差0.3メートル。GBU-57、ウェポンベイ・オープン。」
彼の声は、無線で冷たく、静かに響く。暗号化されたチャンネルを通じ、地上の司令本部に届く。機体の腹部が、まるで生き物の口のように静かに開いた。油圧アクチュエーターの微かな唸りが、機内だけに響き、ウェポンベイのライトが淡く照らす。
そこから滑り落ちるのは、30,000ポンド(約13,600kg)の巨弾――GBU-57 Massive Ordnance Penetrator。
通称「MOP」。
全長6.2メートル、直径0.8メートル。鋼合金とタングステンで強化された先端は、地下深くの硬化目標を貫くための“槍”そのものだった。表面は耐熱コーティングで覆われ、摩擦熱に耐え、内部構造は多層の衝撃吸収材で爆発エネルギーを集中させる。
内部には2.7トンの高性能爆薬が詰め込まれ、GPSと慣性航法装置(INS)が融合した誘導システムが、CEP(半数必中界)1メートル未満の精度を保証する。弾体には微細な制御フィンが付き、落下中の姿勢を自動調整し、風や大気の乱れを補正する。
落下速度はマッハ0.8。空気を切り裂く音すら、ステルス形状が完全に吸収する。弾体は回転しながら降下し、殺生石の中心――封印の“核”――を正確に狙う。
地表まで残り3秒。
弾体の先端がわずかに輝き、摩擦で熱を帯び始める。
2秒。
雲を突き抜け、月光が一瞬弾体を照らす。
1秒――
ズドン。
地表がわずかに沈み、まるで巨大な生き物が息を呑んだかのように静止した。
次の瞬間、地下60メートルで爆薬が同時点火。
衝撃波は岩盤を粉砕し、封印の結界を内側から引き裂く。
地響きが山全体を震わせ、硫黄臭のガスが噴火のように噴き出し、黒い霧が渦を巻いて立ち昇る。
周辺の老木が根元から折れ、倒木が連鎖的に崩れ落ちる。
地面に亀裂が走り、赤熱した岩屑が火山灰のように舞い上がった。
爆発の余波は、司令本部にまで届き、テントの支柱が軋み、机上のコーヒーカップが震える。モニターが一瞬白飛びし、映像が乱れる。
源一郎は反射的にモニターを握りしめ、指先が白くなるほど力を込めた。
源一郎「これで目覚める……準備は、できているのか!? 一見…!」
彼の脳裏に、一見の顔が浮かぶ。娘の決意。古井座の血。そして、柊武の冷たい視線。すべてが、この一瞬に懸かっていた。源一郎の額に汗が浮かび、銀髪が乱れる。心臓の鼓動が耳に響き、喉が渇く。
(失敗は許されない。だが、一見を危険に晒すのは…… )
彼は無意識に拳を握りしめ、爪が掌に食い込む。
――そして、覚醒。
殺生石の中心が光る。
赤い。
燃えるような。
九尾の炎。
岩が割れ、土が盛り上がり、爆発的な噴火のごとく噴煙が上がり、猛烈な速度で衝撃波雲が上空に立ち昇る。放射状に衝撃波が拡がり、周囲に展開した各部隊を襲う。
一番近い森の木々がなぎ倒され、土煙が巻き上がる。
ドローンカメラが捉えた映像は、モニターに白いノイズを走らせ、源一郎の瞳に映る。
そして、噴火の中心点から、巨大な赤い毛皮の巨躯が、まるで地獄の門が開いたかのように現れた。
体長は50メートルを超え、九本の尾は業火の鞭のように空を裂く。尾一本一本が独立して動き、炎の残像を残しながら蠢く。
狐の瞳は黄金色に輝き、千年以上の眠りから覚めたばかりの寝ぼけ眼で周囲を睨みつけた。
「……なんだこれは……人間の、愚かな試みか……?」
声は地鳴りのように響き、山の木々が震える。狐の意識はまだ覚醒の狭間にあった。
「フフフ……宮廷を操ったあの時代……美貌と知略で人を弄び、民を苦しめた……再び、支配する時が来たということか……」
だが、違和感が胸を刺す。
「だが……この匂い……鉄と硫黄……そして、ただならぬ霊力の波動……これは、ただの人間の仕業ではない……」
狐はゆっくりと首を振り、鼻を鳴らした。硫黄と硝煙の混じった空気が、鼻を突く。
「……目覚めには少し早いが……だが、構わぬ。まずは、周りを囲む不届き者どもを焼き払うとするか……。我を討とうとする人間ども、分をわきまえぬ愚か者どもが。…まずはこの尾一本で、お前らの肉を裂き、骨を砕き、魂を焼き尽くしてやる。泣き叫べ。絶望にまみれ、這いずり回りながら、我が名を呪え。この世を、血と炎で塗り替えるまで、一匹残らず、喰らい尽くしてやる。」
九本の尾が一斉に広がり、炎の嵐が巻き起こる。
その瞬間、特科部隊の初弾が、闇を切り裂いて飛来した――。
特科部隊の初弾――「Tail-1 精密切断射撃」
(覚醒後 0.8秒 以内に発射・着弾)。
司令本部 FDC(射撃統制センター)。モニターに映る狐の3D熱源モデル。
「Tail-1(第1尾根元)」 に赤い照準リングがロック。
射撃統制官(佐藤1等陸佐)の声が、AFATDS端末に叩き込まれる。
佐藤「全砲門、Tail-1 優先! エクスカリバー48発中、初弾12発を同時発射! 射撃諸元配信――NOW!」
1. 99式155mm自走榴弾砲 × 4輌(第1特科隊)
位置:殺生石北西5km、林間掩体壕
弾種:XM982エクスカリバー Block II(GPS/INS誘導)
初速:827m/s(チャージ7)
射程:29.4km
発射シーケンス(0.3秒間隔)
1. 自動装填機がカシャン!と弾を薬室へ。
2. 油圧反動吸収器が沈み、砲身が仰角12.7°に固定。
3. レーザー測距+気象センサーが風速3.2m/s、北西を自動補正。
4. 火薬点火――
ズドォン!
砲口炎が夜を裂き、マズルフラッシュが林を白く照らす。履帯が土を抉り、車体が30cm後座。
弾道:放物線を描き、マッハ2.4で飛翔。
フィン展開→GPSロック→最終誘導で尾根元へ。
2. M777A2 155mm軽量牽引榴弾砲 × 4門(米軍)
位置:南東5.1km、岩場偽装陣地
弾種:M982A1エクスカリバー
射撃管制:デジタル火器管制で0.1秒同期
発射:砲耳が軋み、油圧ジャッキで車輪を浮かせる。薬莢装填→雷管起爆→
ドン!
砲身が赤熱し、排煙が螺旋状に立ち昇る。
3. HIMARS × 2輌(米軍)
位置:東4.7km、トレーラー偽装
弾種:GMLRS-ER(射程150km) × 初弾6発発射:
ロケットポッドがカシャン!と垂直に立ち、
ブオオオオオン!
尾炎が青白く燃え、マッハ3.0で突進。
着弾――覚醒後 2.1秒
12発のエクスカリバーが0.4秒間隔でTail-1根元に集中。
1. 第1弾:毛皮を貫通、内部で空中爆発。
2. 銅製ライナーが2,000m/sのジェットとなり、尾骨を粉砕。
3. 第2~4弾:連続命中で尾肉を蒸発、血煙が黒霧と混じる。
4. 第5弾:尾根元完全切断。
ドスン!
30mの尾が地に叩きつけられ、炎が爆発的に散る。
九尾「グオオオオッ!? この痛み… 尾が…!」
特科隊員『Tail-1 切断確認! 次弾、Tail-2へ移行!』
――炎の嵐を切り裂く、第二波12発が既に飛来していた。




