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異変

初夏の陽光が柔らかく降り注ぐ朝、ひのきヶ丘中学へと向かう道を、一台の豪華なリムジンが滑るように走っていた。


黒塗りの車体は周囲の風景を鏡のように映し、静かなエンジン音が優雅さを際立たせている。車内では、古井座一見が窓辺に頰杖をつき、外の景色をぼんやりと眺めていた。彼女の黒髪はいつものようにポニーテールにまとめられ、上品な制服がそのクールな雰囲気を強調している。


一見の心は、最近の出来事で少しざわついていた。


秘宝の剣「七彩光滅之聖劍」の使用法をマスターしたばかりだ。訓練施設でのあの出来事――剣の力を制御し、雷光の焔を放った瞬間の衝撃は、まだ鮮明に残っている。


あの剣は、古井座家の守護霊獣たちから託されたもの。妖怪退治の役目を拒否していたはずが、父の源一郎の説得と九尾の狐捕獲作戦の影響で、受け入れざるを得なくなっていた。


だが、今は学校生活に集中する時だ。謎のリタイアをした部長に代わり、吹奏楽部の副部長として、部員たちを導く役割が待っている。


リムジンが学校の正門前に滑り込むように停車した。運転手がドアを開け、一見は優雅に降り立つ。周囲の生徒たちがちらりと視線を向けるが、彼女は気にも留めず、門をくぐる。


すぐ近くでは、公共の下水道の工事が行われていた。中学校の下水管を増設するための作業らしく、作業員たちがヘルメットを被り、重機を動かしている。地面を掘り返し、パイプを埋め込む音が響き、土の匂いが鼻をくすぐる。


一見は一瞬、その工事現場に目を留めたが、すぐに視線を前に戻し、校舎へと歩き出した。今日も、授業と部活の忙しい一日が始まる。


授業は淡々と進み、放課後のチャイムが鳴り響いた。教室の喧騒が一気に高まる中、一見の隣の席に座る弥勒央美が、にこにこしながら声を掛けてきた。央美はクラスメイトで、薙刀部に所属する明るい少女だ。栗色のボブヘアを軽く揺らし、目を輝かせて一見の肩を軽く突く。



央美「ねえ、一見ちゃん! 今日の数学のテスト、どうだった? 私、絶対に間違えちゃったよ~。あの証明問題、難しすぎない? あれ、部活前に一緒に復習しよっか?」



一見はクールに視線を上げ、教科書を鞄にしまいながら、淡々と答える。



一見「央美さん、テストの出来はまあまあですわ。でも、復習なら結構ですの。吹奏楽部の練習が待っていますから。」



央美は少し拗ねた顔をし、頰を膨らませる。中学生らしい無邪気さで、一見の腕に絡みつく。



央美「えー、冷たいよ、一見ちゃん! いつも部活ばっかり。たまには薙刀部に来てよ。君のセンス、絶対に薙刀に向いてるって! ほら、放課後一緒にアイス食べに行こ? 私の奢り!」



一見はため息をつきつつ、僅かに微笑む。央美の明るさが、時折心を和ませる。



一見「アイスは魅力的ですが、今日はパスですわ。次に誘ってくださいませ。」



央美は笑って手を振る。



央美「わかった! 次は絶対だからね!」



一見は教科書を鞄にしまい、吹奏楽部の部室へ向かう。今日の練習内容を部員全員に告げた後に、各パートごとに教室へ移動する。部屋の中は日差しが差し込み、机を寄せてスペースを確保した。置いていたサックスを持つと、各自が譜面台を置き始める。



部員A「一見、今日のメニューはスケールから?」



パートリーダーの三年の少女が尋ねる。一見は頷き、クールに切り返す。



一見「はい、まずはウォーミングアップから。皆さんの音色が揃うまで、丁寧にいきましょう。」



部員たちは頷き、各自のサックスを構える。


一見も自分のアルトサックスを手に取り、マウスピースをくわえる。息を吸い込み、指を鍵盤に置いて吹き始めるはずだった。だが――音が出ない。息を吹き込んでも、ただ空気が抜けるようなシューという音だけ。


彼女の眉がわずかに寄る。変だ。サックスを分解し、リードやコルクをチェックする。問題ない。次に、管の中を覗き込むと――そこに、何かが詰まっているのが見えた。


一見はポケットからスマホを取り出し、ライトを点灯させて管の中を照らした。…中に詰まっていたのは――三つの小さな異形の存在。元禄斎、竿兄、玉弟。古井座家の守護霊獣たちだ。彼らはサックスの管の中にぎゅうぎゅうに詰まっていたのだ。


一見の顔が引きつる。


竿兄が、威厳を装った声で語りかける。低く響くその声は、一見の頭の中に直接届くようだ。



竿兄「継承者よ、我らの事は気にせずに演奏している真似だけをするがよい。その間、我らのありがたい話を聞くのだ。九尾の狐捕獲作戦について、詳細を伝えるために参ったぞ。わしらの叡智を、存分に受け取れ。」



玉弟が興奮気味に続ける。



玉弟「そうだよ! 作戦の鍵は剣の力さ! 君ならできるよ!」


元禄斎「ふむ、わしの姿を見て、威厳を感じるじゃろう」


一見「…………………」



一見は彼らの言葉に答えず、無言でサックスをケースに戻す。顔をしかめたまま、部員たちに視線を向ける。皆は一見の異変に気づき、怪訝な顔をしている。



一見「皆さん、サックスの調子が悪いので、部室に戻ってきますわ。練習は続けてくださいませ。」



クールにそう告げ、一見は教室を出た。






…数分後、一見は新しいサックスを持って教室に戻ってきた。柊コンツェルン寄贈の予備品で、輝くような新品だ。部員たちが驚く中、一見は平然と説明する。



一見「サックスが故障していたので、使えませんわ。先生に頼んで修理に出さないといけませんね。新しいのに変えてまいりました。練習を再開しましょう。」



部員たちは頷き、練習を続ける。一見のサックスの音色が部屋に響き、皆のハーモニーを導く。彼女の心は少しスッキリしていた。











市営の下水処理場。


汚泥の溜まる巨大なプールのような施設の中から、必死の形相で這い上がってくる三つの小さな影。汚泥まみれの元禄斎、竿兄、玉弟だ。彼らは息を切らし、泥を払いながらブーイングを上げる。



元禄斎「くそぅ…あの小娘、わしらを便器に叩き込むとは! 威厳が台無しじゃ!」


竿兄「継承者よ、こんな仕打ちは許さんぞ! 作戦の話を聞けと言ったのに!」


玉弟「うわーん、臭いよー! 汚いよー! ブー!」



三兄弟は互いに文句を言い合いながら、這い上がる。古井座家の守護者として、こんな屈辱は初めてだ。


彼らの「ありがたい話」は、一見の神経を逆撫でするバカな行動により今日も届かなかった…。



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