祠
爽やかな秋の風が、ひのきヶ丘中学の校庭を優しく通り抜けていった。木々の葉ずれの音が心地よく響き、遠くから聞こえてくるサッカー部の練習の掛け声が、活気あふれる学校の日常を象徴している。テニスコートからは、軽快な打球音がリズミカルに飛び交い、そんな喧騒から少し離れた校舎の吹奏楽部室では、夕焼けに染まる空の下、ひのきヶ丘中学吹奏楽部の面々が、満里奈の復帰を祝うささやかなパーティーを開いていた。
テーブルには部員たちが持ち寄った手作りのクッキーやマフィン、色とりどりのジュースが並び、部活とは思えないほど和やかな雰囲気に包まれている。笑い声が絶えず、部屋全体が温かな空気に満ちていた。
皆の中心で、満里奈は少し照れくさそうに微笑んでいた。交通事故で大怪我を負ったはずなのに、ほんの数日でスピード退院。あっという間にこの場所に帰ってきたのだ。彼女の顔は、まだ痛々しい傷跡が残っているはずなのに、傷一つ無い。まさに超人。不死身の満里奈と、部員たちの間で密かに騒がれていた。
そんな満里奈だったが、彼女は皆の温かい言葉に、瞳を潤ませ、心の奥底から感謝の念が込み上げてくるのを感じていた。事故の記憶がフラッシュバックするたび、胸がざわつくが、今はただ、この仲間たちの存在が嬉しくてたまらない。
「満里奈、おかえりなさい!」
トランペットパートの面々が、彼女を囲んで口々に歓迎の言葉を述べる。皆の声が重なり合い、満里奈の心を優しく包み込む。
「まさか、こんなに早く戻ってこれるなんて思ってなかったよ。本当に嬉しい! あの事故のニュース聞いた時、心臓止まるかと思ったんだから!」
「無理はしちゃだめだよ。困ったことがあったら、いつでも私たちを頼ってね。トランペットパートは、あなたがいないと本当に寂しかったんだから。」
そんな温かい言葉が満里奈を包み込み、彼女の頬に一筋の涙が伝う。事故の痛みや孤独を思い出すと、胸が締め付けられるが、この瞬間、それらはすべて溶けていくようだった。
満里奈「皆、本当にありがとう! 私、絶対にまたみんなと一緒に演奏できるように、頑張ります!」
彼女が深々と頭を下げると、部員たちはより一層大きな拍手と歓声を送った。その拍手は、彼女の復帰を心から喜んでいる、皆の気持ちそのものだった。部屋中に響く音が、満里奈の胸を熱くする。
そんな光景を、吹奏楽部副部長の古井座一見は、少し離れた場所から静かに見守っていた。普段はクールで感情を表に出さない彼女だが、その口元には柔らかな微笑みが浮かんでいる。彼女の心の中は、誰よりも満里奈の復帰を喜んでいた。
入学式の日に、満里奈に勧誘のチラシを渡した時のこと…。目を輝かせながら部室に来たあの日のこと…。ライカのカメラを持ち出して手当たり次第に撮影を初めて、背面ケースを間違って開いた時のムンクの叫び顔になった時のこと…。
いつの間にか、満里奈は部のムードメーカーになっていた。
満里奈の不在が部全体のバランスを崩していたことを、一見は痛いほど感じていたのだ。彼女のトランペットの音が、部を一つにまとめる鍵だったから。
一見「柊先輩、満里奈さんが戻ってきて、本当に良かったですわ。部全体の音色が、ようやく安定してまいりました。」
一見が隣に立つ部長、柊光に静かに語りかける。銀髪を優雅に流し、切れ長の瞳が知性とカリスマを湛える柊光は、世界二大財閥の一つ、柊コンツェルンの御曹司だ。彼は穏やかに頷きながら、満里奈を見つめ、彼女の成長を静かに喜んでいる様子だった。
柊光「ああ、本当に。彼女のいない間、トランペットパートの音がどこか寂しく、不安定で心配していたんだ。彼女のトランペットの音には、人を惹きつける不思議な魅力があるからね。まるで、光のように皆を照らすようだ。」
柊光はそう言って、優しく微笑んだ。その言葉に、一見は内心で深く同意する。柊先輩の洞察力は、いつも部を高みへ導く。
一見「練習、再開いたしますわね。」
一見の言葉に、柊光が頷く。
柊光「そうしよう。では、諸君! そろそろ練習を再開しようか! 満里奈君も、無理のない範囲で参加してくれ。」
柊光の号令に、部員たちが一斉に動き出す。お菓子やジュースを片付け、各自の楽器を持って、所定の位置につく。一見は、指揮台に立ち、静かにタクトを構えた。彼女の視線が部員たちを優しく見渡し、皆の集中を促す。
一見「それでは、新曲の『光のワルツ』を、頭から通してみましょう。満里奈さん、無理はなさらないでくださいませ。もし少しでも体調が悪くなったら、遠慮なくおっしゃってくださいわ。」
一見は満里奈に優しく声をかけると、タクトを振り下ろした。リハーサルルームに、静寂が訪れる。
一斉に、楽器の音が重なり合う。パーカッションの軽快なリズムに乗り、クラリネットの軽やかな旋律が流れ出す。
そして、満里奈が、予備(柊コンツェルンからの寄贈品。ヤマハYTR-8335S。40万円近くするモデル。温度管理等の行き届いた楽器保管庫にはドラムセットやコントラバス、専門店真っ青の品揃えで最高級各種楽器の予備がずらりと揃えられている。必要であれば海外からの空輸も可能で、柊家私設宅配部隊による学校への直送もOK。ちなみに、各パートには柊家私設講師部隊が一人づつ付き、専門的な指導を行っていた)のトランペットを構え、力強く、そしてどこか切ない旋律を奏でた。
その音は、まだ少し震えていたが、それでも、彼女の復帰を喜ぶかのように、力強く、美しく響いていた。事故の記憶がよぎるたび、息が詰まりそうになるが、満里奈はそれを振り払い、仲間たちの音に支えられながら吹き続ける。彼女のトランペットの音色に、他の楽器の音も呼応するように、より一層輝きを増していく。部屋全体が、ワルツの幻想的な世界に包まれる。
一見「……今日はここまでですわ。皆さん、お疲れ様でした。」
練習を終え、一見がそう告げると、部員たちは安堵のため息をつき、互いに顔を見合わせて微笑む。
「一見さん、今日の指揮も最高でした! 満里奈さんが加わったおかげで、音が全然違いましたね! まるで魔法みたい!」
「一見さんの指揮は、本当に私たちを良い音色へ導いてくださいます! あのタクトの動き、いつも勉強になります。」
部員たちが口々に一見を褒め称えるが、彼女は冷静にそれを受け流す。内心では、皆の成長を嬉しく思うが、クールな表情を崩さない。
一見「ありがとうございますわ。でも、まだまだ改善の余地はありますの。特に、トランペットパートは、満里奈さんが復帰したばかりで、まだ本調子ではないでしょう。明日までに、各自、自分のパートをもう一度見直しておいてくださいませ。皆さんの努力が、きっと素晴らしいハーモニーを生み出しますわ。」
一見はそう言って、部員たちを優しく諭した。彼女の言葉に、皆は頷き、明日への意欲を新たにする。
部室で着替えを終え、学校の正門を出ると、黒塗りのリムジンが停まっていた。その車体は、鏡のように夕焼けを反射させ、見る者を圧倒する威圧感を放っている。運転手がドアを開け、一見が静かに乗り込む。車窓から見える夕焼けは、もうすっかり色を失い、深い藍色に変わっていた。彼女はシートに身を預け、今日の充実した一日を振り返る。
運転手「お嬢様、学業お疲れ様でございました。」
一見「ありがとうございますわ。では、お願いいたしますの。」
一見は静かにそう言った。車が発進する。一見は目を閉じ、今日一日の出来事を反芻する。満里奈の復帰。柊先輩の優しい言葉。そして、部員たちの輝くような笑顔。充実した一日に、彼女の心は満たされていた。だが、ふと、帰宅途中の庭園の記憶がよぎる。あの祠の異様な気配が、なぜか頭から離れない。
車は、ひのきヶ丘の高級住宅街(柊家や他の財閥、名家と呼ばれる人達や傘下企業の重役や社長等の富裕層が住む)を抜け、広大な敷地を持つ古井座家の屋敷に到着した。門をくぐると、手入れの行き届いた庭園が広がり、その奥には、格式高い日本家屋が建っている。庭の灯りが柔らかく照らし、夜の静けさを際立たせる。
リムジンは敷地内の舗装された道を静かに進む。
一見がふと視線を向けると、季節の花々が咲き誇る庭園の片隅に、一軒家ほどの大きさを持つ、古びた祠がひっそりと佇んでいた。
祠は、古井座家に代々伝わる、由緒正しきものだと聞かされていた。しかし、一見は今まで、その祠に近づいたことはなかった。それは、一見の母親が、幼い頃から一見に祠に近づかないよう、厳しく言い聞かせていたからだった。母親の声が、耳に残る。「あそこは、触れてはいけないのよ。一見。」その理由は、決して明かされなかった。
だが、よく見ると、その祠の扉が、一部壊れかけているのが見えた。まるで、中から何かが、無理矢理こじ開けようとしたかのように、扉の隙間からは、不気味なほどの闇がのぞいていた。その闇の奥には、わずかに光が漏れており、それは、まるで、一見を待ち望んでいたかのように、神秘的な光を放っていた。一見の胸に、好奇心とわずかな不安が混じり合う。
夜。
屋敷内をドーベルマンを連れたSPのコンビが歩いていく。その鋭い視線は敷地内の隅々に向けられ、何か不審な存在がないか、プロフェッショナルな視点で監視の目を向けていた。ドーベルマンの足音が静かに響き、夜の闇を警戒する。すると、ドーベルマンが何かに反応した。吠えることなく、暗闇に向かって鼻をフンフンとさせ、耳をピンと立てる。
SPが警戒態勢に入った。銃に手をかける素振りを見せ、互いに視線を交わす。…だが、それはすぐに解除された。私服の一見が携帯のライトで足元を照らしながら歩いてくる。彼女の足取りは優雅だが、目的意識に満ちている。
SP「お嬢様…。どうされましたか? こんな夜更けに、一人で歩かれるとは。(あぶねー…銃を向けたところ見られたらヤバかった…)」
一見「過ごしやすい夜になりましたから、月を見ながら散歩するのもおつだと存じますわ。皆さんも、ご苦労様ですの。」
SP「そうでしたか。しかし、敷地内といえども、あまり長時間の散策は虫に刺される恐れがあります。そうなれば、私達がご当主からお叱りを受けてしまいますので、お早めにお部屋にお戻りください、一見お嬢様。」
一見「ウフフ…。お父様は過保護すぎますわ。この年で虫さされくらいで…。まぁ、なるべく早く部屋には戻りますの。皆様もお仕事、頑張ってくださいませ。」
SP「ありがとうございます。では…お気をつけて。」
SP達の背中を見送り、一見は目指す方向に向けて歩き出した。携帯のライトが足元を照らし、庭園の小道を進む。風が彼女の髪を優しく揺らし、夜の空気が肌に心地よい。だが、心の中では、あの祠の扉の異変が気になって仕方がない。母親の警告が頭をよぎるが、好奇心が勝る。
そして、あの祠の前に来た。壊れかけた扉を見てから、どうしても気になったので来たのだ。一見は、不審に思いながらも、その祠に近づいていく。彼女の心臓が、ドクンドクンと、不規則なリズムを刻み始めた。その鼓動は、恐怖からくるものではなく、何か、未知なるものに対する、期待と興奮が入り混じったものだった。ライトの光が祠を照らすと、埃っぽい空気が漂い、長い間放置された気配が濃厚に感じられる。
そして、その鼓動に呼応するように、祠の奥から、何かがゆっくりと、こちらに意識を向けてくる気配がした。一見は息を潜め、壊れかけた扉をそっと押し開ける。軋む音が夜の静寂を破り、中に足を踏み入れる。祠の中は長年手入れされておらず、ホコリが厚く積もり、蜘蛛の巣が天井から垂れ下がっていた。空気は淀み、埃の匂いが鼻を突く。足元に落ち葉や枯れた花びらが散らばり、月光が隙間から差し込んで薄暗く照らす。
中央に、御神体を収める豪華な木彫りの箱がおさめられており、その彫刻は古風で精巧だ。龍や鳳凰が絡み合うような文様が、埃にまみれながらも威厳を保っている。一見はその中に強烈な気配を感じる。まるで、生き物のような、脈打つような霊的な波動が、箱から溢れ出してくる。彼女の肌が粟立ち、背筋に冷たいものが走る。母親の言葉が再びよぎるが、今は引き返す気などない。
一見「これは…一体、何ですの…?」
一見が独り言のように呟くと、突然、箱の蓋が微かに震え、隙間から紫がかった光が漏れ出す。空気が重くなり、祠全体が低く唸るような音を立てる。そして、そこに、突然異形の生物が姿を表した。
一見「…これは…干からびた梅干しですの?」
元禄斎「誰が干からびた梅干しじゃ! わしゃ“元禄斎”。300年以上ものながきにわたり、この国の歴史を見てきた偉大なる霊獣じゃぞ、古井座の小娘よ…」
それは…目◯おやじによく似た姿形の“元禄斎”と名乗る霊獣だった。大きさも目◯おやじくらいで、頭部は干からびており、胴体部分の赤黒くしわがよっている。浮遊するように箱の上に現れ、大きな丸い頭部が一見をじっと見据える。
元禄斎「ふむ…ようやく来たな、継承者の娘よ。わしは古井座家の守護霊獣じゃて…この立派な姿を見てみよ! 威厳に満ちておるじゃろう?」
その声は、意外に古風で威厳を装ったものだったが、一見の目には、やはりただの干からびた梅干しのようにしか見えない。彼女は思わず眉をひそめ、内心で苦笑する。誇り高く胸を張るその姿が、どこか滑稽で、緊張が少し解ける。
一見「まあ…このようなお姿で、守護霊獣ですの? 干からびた梅干しのような…いえ、失礼いたしましたわ。あなたが、祠の主ですのね?」
元禄斎は少しむっとした様子で目を細めるが、すぐに自慢げに続ける。
元禄斎「わしの偉大さをよく理解しておらんようじゃから、説明してやろう。ありがたく聞くが良い。わしは、かつて大妖怪と呼ばれた霊獣の◯ンタマの一つでのう、大妖怪じゃった頃は古今東西の妖怪や悪霊に詳しく、あの九尾の狐からも一目置かれる程の実力をもっていたのじゃ。今から300年以上前に寿命が来てこの姿になったが、同じ時期にわしの他に竿兄と玉弟も生まれたのじゃ。伝説的な存在なのじゃぞ。だが、残念じゃが今はもうかつての力は無い。そこでじゃ、平安の世から続く古井座家の女は代々優秀な霊能力を持っていての、この世に害を与える妖怪や悪霊を退治してきた。そのお役目は今も変わらん。だが、お前の母は儂らの姿を見たとたん、悲鳴を上げて逃げていきおった…あの馬鹿者めが。お役目を放棄しおったのじゃ。それに比べて、お前は度胸がある。わしの姿を見ても物怖じせずにおるわい。大したものじゃ。」
一見「お母様がここに来ていたのですのね。…しかし、干からびた梅干しを見て怖がる婦女子はいないと思いますわ…」
元禄斎「じゃから、干からびた梅干しはやめいっ!」
一見「あら、これは失礼いたしましたわ。ウフフ…。ところで、先程、お母様の前に元禄斎様が姿を見せたとお話された際、“儂ら”とおっしゃいましたわ。お話の中にありました“竿兄”様と“玉弟”様も御一緒だったのですか?」
元禄斎「そうじゃ。」
一見「その時のそれぞれの位置関係は、いかがでしたの?」
元禄斎「位置関係? …なぜそんなことを…まあよかろう。お前の母がまだ13歳の頃にここに来たのじゃが、お前の母から見てわしが一番左、竿兄が真ん中、玉弟が右じゃ。」
一見「…その時、竿兄様は直立不動の態勢でしたの?」
元禄斎「そうじゃ。威厳ある立派な勃ち姿じゃったわい。」
一見「…それは逃げられて当然ですわ。ただの“わいせつ物陳列”なのですから。◯んぽこ三兄弟。ウフフ…」
それを聞いた元禄斎は目をパチクリさせて一見を凝視した。
元禄斎「…わいせつ物陳列…とはなんじゃ?」
一見「博識を自慢げに自称なさる割には、こんな簡単なことをご存知ないのですか?」
元禄斎「なっ…!! ぶっ…無礼であるぞ、古井座の小娘よ!! 儂らは元禄の頃より、一度も祠から外に出たことが無いのじゃ! 知らんで当然じゃろが!?」
一見「なるほどですわ。300年以上前の百科事典のようなものでございますのね。とんだ骨董品…あら、これは失礼いたしましたわ。ウフフ…」
元禄斎は悔しそうに地団駄を踏む。
元禄斎「ええい! まだじゃ、まだわしは終わらんのじゃ!!」
一見「まあまあ、元禄斎様、どうかお鎮まりになっておくれませ。このような古来の名家、古井座の屋敷にて、わがままをおっしゃりになるなど、元大妖怪の名が泣きますわ。まずは、他の御兄弟の方々のお姿を拝見いたしまして、私も心の準備が追いつきませぬのよ。」
一見は優雅に手を差し伸べ、穏やかな声で元禄斎をなだめる。彼女の言葉は、古井座家に代々受け継がれる上品な響きを帯び、まるで茶室での会話のように洗練されている。
内心では、この異形の霊獣の滑稽さに、くすりと笑いが込み上げてくるが、それを表に出さず、クールな微笑みを浮かべる。
この状況、かつての戦いで謎の槍で肩を貫かれ、長きに渡り寺の地下に封印されていた大妖怪と少年の物語に少し似てない?
そう感じたが、深く考えないようにした。
祠の埃っぽい空気が、彼女のドレスを優しく撫でる中、元禄斎はようやく地団駄を止め、ふんっと鼻を鳴らした。
元禄斎「ふ、ふん…わかったぞ、小娘。おぬしの言う通りじゃ。だが、わしの威厳を侮るなよ。古井座の血を継ぐ者として、わしらの力を借りる時が来たのじゃ。」
元禄斎の言葉に、一見は静かに頷く。すると、木彫りの箱が再び震え、紫がかった光がより強く漏れ出す。空気が一瞬、重く淀み、祠の隅々から低い唸り声が響く。箱の蓋がゆっくりと開き、中から二つの新たな影が浮かび上がる。それは、元禄斎の兄弟――竿兄と玉弟だった。
竿兄は、元禄斎の言葉通り、直立不動の威厳ある姿で現れる。長く細い竿のような形状が、まるで古の槍のように堂々と浮遊し、表面は古銅色に輝いている。大きさは元禄斎よりやや大きく、静かな威圧感を放つ。一方、玉弟は右側に位置し、丸く玉のようなフォルムで、赤黒いしわが寄った可愛らしい――いや、むしろ不気味な――姿だ。目◯おやじの兄弟分のように、ぽよんと浮かびながら、好奇心旺盛な視線を一見に向ける。三体揃うと、祠全体が霊的な波動で満たされ、埃が舞い上がり、月光が彼らを幻想的に照らす。
竿兄「…ふむ。継承者の娘か。よう来たな。」
竿兄の声は低く、重厚で、古井座家の由緒を思わせる荘厳さがある。玉弟は少し陽気らしく、ぴょんと跳ねるように動く。
玉弟「へへ、兄貴たち待たせたな! この娘さん、なかなか度胸ありそうだぜ。母さんみたいに逃げないよな?」
一見は三体の霊獣を順に見つめ、内心でその奇妙な兄弟関係に驚きを隠せない。母親の過去のエピソードが、ますます現実味を帯びてくる。だが、名家の令嬢として、動揺を表さず、優雅に頭を下げる。
一見「竿兄様、玉弟様とお見受けいたしますわ。古井座一見にございますの。以後、お見知りおきを…」
元禄斎は満足げに頷き、兄弟たちと共に一見を取り囲むように浮遊する。三体の気配が重なり合い、祠の空気がさらに濃密になる。元禄斎が先陣を切り、威厳たっぷりに語り始める。
元禄斎「よし、説明じゃ。古井座家は、平安の世より続く霊能力の血脈じゃ。代々、この秘宝を用いて、この世の妖怪や悪霊を退治してきたのじゃ。秘宝とは、この箱に封じられた“七彩光滅之聖劍”――虹の七色で悪を滅ぼす神剣じゃ。わしらがその守護者じゃて。おぬしのような優秀な霊能力の持ち主が現れた今、役目を果たす時じゃ。闇の住人どもが動き出しておる。この町に、魑魅魍魎が潜んでおるぞ。一見よ、秘宝を手に取り、わしらと共に悪霊退治せよ!」
竿兄「うむ。わしの力で、邪悪を貫く一撃を加える。継承者としての義務じゃ。」
一見「今、何か、非常に大きなことをおっしゃいましたのでは!?」
竿兄「いや、気にするな…」(;´∀`)
玉弟「俺は補助だぜ! あの九尾の狐だって、俺ら(元の本体)の実力を認めてたんだからな。一緒にやろうぜ、姉ちゃん!」
三体揃っての申し付けに、一見の瞳がわずかに輝く。古井座家の秘密が、ついに明かされた瞬間だ。彼女の心に、血脈の重みがのしかかる。母親の放棄した役目、自分が引き継ぐべき運命――好奇心と責任感が交錯し、彼女は静かに息を吸う。
一見「…承知いたしましたわ。古井座の名にかけて、秘宝をお預かり申し上げ、皆様と共に妖怪・悪霊退治に参りますの。」
一見は優雅に頷き、了承の言葉を述べる。祠の光が彼女を包み、霊能力が微かに反応する。
…だが、次の瞬間、彼女の表情がわずかに変わる。
一見「…ですが、お断りいたしますわ。」