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私にようやく日常生活が戻ってきた。
加害者やその一族がひとり、またひとりといなくなって、示談不成立となっていた。
行方不明になった理由も、未成年就労や脅迫などの事件が暴かれたことによる逃亡と見做されている。
民事や刑事で起こされた裁判はすべて敗訴となり、加害者一族は莫大な慰謝料を支払った。
いまは会社の倒産などで膨れ上がった負債、悪評で苦しんでいる。
私の家族の事件も「加害者が逃亡した」ことを理由に支払いを拒否しようとした。
そんな中、親族のひとり(中学生の少女)が声をあげた。
「私、恥ずかしい!」と。
「おじさんがやったことは人として許されないことなのに!
なんで『あの程度で死んだ方が悪い』って言ってるの!?
なんで『自分たちが被害者。どうせ家族が死んで保険金がおりたから金を持っている。その金をこちらへの慰謝料として奪い取ろう』なんて言えるの!?」
その声に反論した加害者の一族だったが、高校生の少年が続いた。
「じゃあ、僕らがイジメを苦に自殺しても、加害者から『死んだ方が悪い』って慰謝料を請求されたら支払うんだよね!?」
小学生の子らが続く。
「僕たちがイジメられるのも、おじさんの罪を認めないお父さんやおじいちゃんたちのせいじゃないの?」
「イジメっていうか……誰も近付いて来ないんだ。
だって、僕らが何かしても、『相手が勝手にケガをしたことが悪いんだから、そっちが慰謝料を払え』って責められるんだよ。
誰だって近寄りたくないし、話したくもないよね」
子どもたちは『親の鏡』だ。
親の言動をマネる。
「あの子と遊んではダメよ」
そう言われた子が、ほかの子を「あの子と遊んだらダメなんだって」と引き止める。
こうして孤立が始まる。
あの子たちはまわりが見えていた。
『誰が悪くて、何が悪いのか』を。
子どもたちの声が加害者一族の心をかえていく。
何が原因で、子どもたちが孤立しているのか?
子どもたちを苦しめている正体がなにかを。
真に反省が必要な人たちは、気付いたら逃亡したのか行方不明になっていた。
ひとり、またひとりと行方を晦ましていく。
彼らに加担していた、有識者という肩書きを背負っていた弁護士たちも、信用をなくして表舞台から……身内の前からも逃げ去った。
そうして、常識のある人たちだけが残った。
「大変、申し訳ありませんでした」
公開で謝罪会見が行われた。
私に支払われた慰謝料の金額は公表されず。
一生働かずに生きられるだけの額が支払われた、とだけ。
そこには私のPTSDに対する慰謝料も含まれている。
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「三鷹。よく頑張ったな、おめでとう」
「ありがとう、立川センセ」
今日は高校の卒業式。
ずっと見守ってくれた立川先生は、来年度から別の高校に赴任する。
「三鷹はこれからどうするんだ?」
進学も就職も選ばなかった私はこれから『自宅警備員』だ。
保険金と慰謝料があるため引きこもってもいいけど、私は行動できる範囲を広げて自分の人生を楽しもうと思う。
「んー? 在宅で出来る仕事を探すよ。
とりあえずはwebライターかな」
少しずつ外に出られる回数を増やして、風景を写真に撮って記事にする。
ブログから始めたそれは、私が元気に暮らしているんだと、心配してくれていた人や応援してくれる人たちへのアピールになっている。
車を見ると時々苦しくなるけど、トラック以外は慣れてきた。
少しずつだけど前に進めていると実感している。
「そのうち、遠くの風景写真でもあげてくれ」
「うん……まずは墓参りに行けるようになるのが目標」
「そうか。じゃあ、元気でやれよ」
立川先生は私のブログで元気かどうかを気にかけてくれる。
異動も私を心配して1年遅らせてくれた。
そのせいで、校長になることが出来なくなったけど「三鷹ひとり見捨てて校長になどなれるか!」と言ってくれた。
マスコミ各社が私のことを伏せた状態で立川先生のことを取り上げたことで、評価が上がっているようだ。
教育委員会にも抗議が殺到しているらしい。
ここから先は立川先生が自分で決めることだ。
行方不明者が多く出たことで、学年に数人。
中にはゼロという学校もあったそうだ。
そのため、各都道府県の教育委員会は学年に一桁という学校の生徒はオンライン授業となった。
私もオンライン授業の対象となったことで、外に出ることもなく出席できた。
体育の授業は座学だけでなく、部屋で体操をしたり、家や住宅の階段の上り下りもオンラインでやっていた。
そのため、過食症だった私も少しずつ健康的な体型に戻りつつある。
ちなみに私の学校は、私の学年で残ったのは6人。
私のクラスは私だけで、1組が2人、3組が1人、7組が2人。
全体で九クラスあったけど、残りの五クラスは一人もいなかった。
兄弟姉妹、家族でいなくなったところもある。
……一家全員が同じ日に、もしくは別々に。
その人たちは二度と戻ってこない。
自ら望んだのだから。
それは、この世界で培った日々すべてを投げ出してもいいくらい、魅力があるものなのか。
拒否した私には、よく分からない。
だって私は元の世界で生きることを選択したのだから。