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泣いて落ち着いた私はその日、お姫様の部屋に泊めてもらうことになった。
お姫様の名前はエスメラルダ。
エメラルドのスペイン語読みだ。
過去にスペイン人が召喚されたそうだ。
そのときに翠色の宝石をみてそう言ったことで、『翠色の目をもつ女性』に多い名前になったらしい。
「私は三鷹瑠美。
瑠美が名前ね」
7月生まれの私の誕生石はルビー。
そこからつけられた。
誕生石が私を守ってくれるという願いを込めて。
「ルミ……ルビィなのね。
いい名前ですわ」
この世界では、ルビーはルビィというそうだ。
私をルビィと呼ぶと宣言したエスメラルダが、「そうだわ!」と目を輝かせながら私の両手を包むように握りしめる。
「ねえ、私たち姉妹になりませんか?」
突然の提案に私は何を言われたか分からず。
しかし、その言葉を喜べば元の世界に帰ることができないと思った。
あんな人たちがいる世界でも、家族と暮らした思い出が詰まった家が私の帰りを待っている。
親戚が電話だけで直接来ないのは、マスコミや近所の人に「金の無心にきた」と誤解を受けないため。
心配していないわけではないことは、家族の葬儀で知っている。
学校では私の担任はクズだけど、姉の担任だった立川先生をはじめとした何人かの先生は私を心配してくれている。
近所の人たちも、私のことを気にかけてくれている。
だから、家がクラスメイトの身内や無関係な人や見知らぬ親戚に襲撃されたときには、警察へ何十件もの通報がきたと言っていた。
マスコミだって、わざわざ自宅まで記事を投函しに来てくれるのは、私を心配してのこと。
もし記事を見せたいだけなら、郵送で送ればいい。
配達証明をつければ、私が受け取ったかわかるのだから。
だから「私を家に帰して」と返した。
「はい、もちろんです」
「帰れ……る、の?」
自分で言ったのに驚いていた。
よくある小説やマンガやアニメでもゲームでも。
召喚された主人公は元の世界に帰れない。
帰るにしても「世界を救ったら」「魔王を倒したら」という条件がつくのがほとんどだ。
「はい。
……私は貴女と友だちになりたいと思いました。
でも、家族を亡くされて泣かれていた貴女を見ていたら、友ではなく家族になって寄り添いたいと……失礼ですがそう思ったのですわ」
私はそんなに同情されるようなかわいそうな女に見えたのだろうか。
そう尋ねたけど、それはスッパリはっきりと否定された。
「同情ではありません。
どんな困難にあっても立ち向かう強さを持っていらっしゃられる、その精神力の強さに魅了されました」
そして、私が召喚された事情を話してくれた。
この世界は今までも召喚という形で異世界から勇者を招いている。
「世界を救う方法はさまざまです。
この世界に革命を起こした勇者様もいらっしゃられます」
その革命も、集まった訴えから領主の不正に気付いて「武器を手に圧政に立ち向かえ!」というものから、衣食住に関するもの。
教育に関する制度を整えたのが私の前に召喚された勇者だった。
「勇者様が望まれた場合、元の世界に戻ることは可能です。
その場合はこの世界の記憶を消していただく代わりに、召喚された瞬間とほぼ同じ時間、同じ場所に戻ります」
記憶を消すのは、こちらで過ごした時間を対価にするため。
数秒の誤差で元の世界に戻った本人は、一瞬意識が落ちたかちょっとボーッとしただけにしか感じないそうだ。
「ですが私と姉妹になれば記憶を対価にする必要はなくなりますし、ふたつの世界をいつでも行き来できます。
ただ……こちらで過ごした時間と同じだけ、元の世界でも時間が経過しますが」
1日が24時間。
此方と彼方では同じ時間が流れている。
そして、世界を行き来するためのネックレスをくれた。
「このペンダントトップは鎖から外してブローチとしても使えます。
こちらの鎖は手首に巻いてブレスレットになります」
鎖は身につける場所によって長さが変わるらしい。
そして……
「へ?
この鎖が世界を行き来する道具なの?」
「ええ、そのとおりです。
この鎖がつくる円が、異世界をつなぐ門なのです」
手首に巻いた一連の鎖は円になっているため、わざわざ外す必要はない。
そして鎖に触れた状態で「行きたいor帰りたい」と願うだけで行き来できるほか、その転移先も任意の場所に出来るそうだ。
「いつでもこの世界へ……きてください。
遊びに来るのでもいいですし、嫌なことがあったときの避難場所でもいいです」
翌朝起きたら、エスメラルダの部屋の隣に私の部屋が用意されていた。
広い部屋の半分に畳を敷いた純和風に設えられたその部屋は障子で仕切られている。
「今までも何度か、日本の職人でも来ていたの?」
思わず口からこぼれたその質問の答えはイエス。
完全な洋式だったエスメラルダの部屋と違い、和洋折衷の部屋だ。
障子で仕切られた中は、広さにすると20畳以上はある。
和箪笥や押し入れもあって、その中には布団一式や座布団も揃っていた。
部屋の半分はフローリング。
そこには天蓋付きの大きなサイズのベッドが用意されていて、どちらでも使えるようになっている。
ベッドのマットが畳になっているのもあるらしい。
部屋には水回りも完備されていて、誰にも会わずにここで住めるようになっていた。
「廊下側に出る扉もありますが……
こちらの扉から私の部屋に直接入って来られるようになっています」
エスメラルダは王女だ。
そして聖女でもある。
その力を使ってこの世界を守るため……一生涯、結婚はしないそうだ。
「王家は兄が継ぎます。
私は神に選ばれた聖女ですから、純潔を散らすことはありません」
よくある創作世界では聖女は勇者と結婚するけど、この世界では『聖女イコール神』という高貴な立場。
「生き神様ってやつ?」
「そのようなものでしょうね。
私に何かあれば世界が滅びますから」
過去に、聖女に不埒なマネをした男たちがいた。
当時の聖女は一般人だったらしい。
王子に無体を働かれ身籠った聖女は、聖女としての能力を失った。
世界は荒天し、海は荒れ狂い、大地は裂け、山は噴火し、世界の8割が滅んだ。
真っ先に王子の国が滅んだそうだ。
王子たち加害者とその親兄弟たちは、生き地獄の中を生かされ、神と聖女を貶めた罪の重さをその目に焼き付けた。
『民なき王』
『民なき貴族』
そんな存在は愚の骨頂でしかない。
「たった数ヶ月でそれよ。
世界が鎮まったのは、聖女が子を産んだから」
その子どもがエスメラルダの祖先。
国が荒れても、聖女が身を寄せていた神殿とその敷地内には一切の影響はなかった。
崩壊を免れた世界の中で、やはり神の怒りの影響を受けなかった国で聖女親子は保護された。
その聖女の子孫から、聖女となる女性が……
「男性もいるわよ」
男性は賢者や聖人、男女共に聖職者と呼ばれるそうだ。
「子どもの頃は『神に選ばれた子』という意味で神子とも呼ばれるわね」
神子から聖職者になることもあれば、成長途中で能力を失う場合もある。
一子しか生まれなかった場合、聖職者を続けさせるより王族の血が失われるのを嫌う。
それがエスメラルダの父だった。
「お祖父様が病で亡くなって。
兄弟もいなかったから聖職者をおりたのよ」
これまでは途切れることはなかったらしいけど……今後はどうなるのだろう。
そう思ったら、そのときは親戚筋から聖職者が誕生するらしい。
「仕方がないわね。
聖女の血を途切らせることは出来ないもの」
私には兄がいるから、聖女のままでいられるわー、と微笑むエスメラルダ。
次の聖職者は、甥か姪になる……まだ生まれていないけど。
「辛くないの?」
「全然。王族として生きる、お兄様やお義姉様の苦労を見てきたもの。
私は聖女として、この世界の日々が平和であるように祈るだけ」
軽く話すエスメラルダ。
この世界はまだ修復中らしい。
ふと私はある提案を口にする。
それが成功すれば、私もエスメラルダたちも平和に過ごせるだろう。
提案を聞いたエスメラルダは目を輝かせた。
彼女が中心になって、その計画を実行に移すことになった。