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家族の死。

無事に葬儀を終えて…………ひとりぼっちを実感していた私は、イジメを受けて心が(すさ)んでいた。

悪意にさらされて、心が…………感情が疲弊していく。


気付いたら、包丁を手にして立っていた。

……どこに?

草原の中に。

……どこの?

異世界の。


そこで出会った連中と色々な話をした。

…………日本語で話が通じた。

相手は神だと名乗った。

いくつか話というか問答を繰り返した。


そのあと、さらに気がついたら建物の中にいた。

転移魔法だろうか。

なんだかよく分からない場所で、偉そうにご立派な椅子に腰掛けている男女の前に立っていた。

……かわらず、包丁を右手に握りしめたまま。



「この世界を救ってほしい」


「断る」



即断即決。

そりゃあ、そうだろう。

此方人等(こちとら)辛くて死のうと思っていたのだ。

世界がどうなろうと私には関係ない。


私の据わった目に「何かあったの?」と聞いてきた、苦労も知らなそうなお姫様。



「すべてを憎んでる。

そんな目をしているわ」



よくお分かりで。

そう返した私に「話してくださらない?」と優しく話しかけられた。


サササッと目の前におしゃれな庭で見るような丸いガーデンテーブルとイスが用意されて、座るように促される。



「それはあなたの世界の包丁ね。

厨房から召喚してしまったのかしら。ねえ、お腹は空いていない?

この世界の軽食を用意させるわ。

私たちは何もしないと言っても信用できないでしょうから、包丁は持っていてもいいので座ってくださいな」



イスに座るとすぐにテーブル上に、飲み物とクッキーやケーキがセッティングされる。

紅茶だろうか。

いい香りがする飲み物が目の前に()がれる。

包丁は膝の上に乗せている。

……信じていないわけではない。

しかし、手放しで信じられる要素はまだない。



父親らしき人は偉そうな椅子に座ったまま。

姿勢を崩さず、背筋を伸ばしたまま私たちの様子を黙って見ている。

何十人もいる貴族だとおもうはジャマにならないよう遠巻きに私を、ううん、私たちを黙って見ていた。


周囲を見回すと、カートの上に純銀製と思われるティースプーンが数本立っているのが見えた。

その中から一本を抜きとって紅茶に差し入れると、ゆっくり一周させる。

その様子にお姫様が目を丸くした。

……抜き出したティースプーンは変色していない。


昔ヨーロッパの貴族は、毒の混入を避けるために純銀製の食器を使ったらしい。

純銀は毒に触れると変色するからだそうだ。

そして貴族の食卓にはティースプーンのようなものが用意されている。

カクテルでも最後にマドラーで1回回してから提供されるもその時代の名残りだ(諸説あり)。



「大丈夫よ、私のいるテーブルに毒は入れないわ。

だって、どんな形で私が口にするか分からないもの」


「あなたには入れなくても、カップの中やこのツルに塗ってあったら?」


「……それもそうね」



お姫様はそう言うと、手の甲を上に向けて私に差し出す。



「ここに垂らしてくださいな?」



言われた通りにスプーンについた一、二滴の紅茶(?)を甲の上に垂らす。

それを「失礼しますわ」と断ってから舐めて口に含む。

両の目が右や左に(せわ)しなく動く。

数秒してからコクンと喉に通してからニッコリ微笑む。

自ら毒味役をしてくれるお姫様。

そして周囲が慌てて動かないと言うことは異物が含まれていないという証拠。


安心したら、涙があふれ出した。



「う、え……えっぐ、えっ」



止めようと思っても嗚咽が漏れる。



「かまいませんわ。

思いっきりお泣きください」



いつの間にか隣に来ていたお姫様は、黙ったまま背中を優しく撫でてくれる。

声をあげて、胸に溜まっていた思いも感情も。

涙と共に吐き出した。


あおり運転の車に追突されて、私以外の家族全員が殺されたこと。

金の亡者たちに家を襲撃されていること。

クラスメイトたちによるイジメ。

「弱い人の味方」を掲げる弁護士が殺しを含んだ脅し文句を口にしてくること。


七七日(なななぬか)の今日、家族が黄泉に行く。

私も一緒に連れて逝ってほしい、と願い包丁を握りしめた。



自分でも何を言っているか分からないと思いつつ……ううん。

何の(しがらみ)もなく、事情も分からない相手だから。

起こったことも言いたいことも通常では言えない胸の内も苦しみも恨みも憎しみも悲しみも…………絶望も。

すべてを吐き出した。


言ったって分からないと思っていたけど、車は馬車に置き換えたら残酷さが増した。

クラスメイトからのイジメも、この世界には貴族学園という学校があるらしい。

目の前のお姫様だけでなく集まった貴族たちや王様までもが、私の受けた数々のイジメをまるで自分や娘が受けたように泣きながら同情した。

家を襲撃されたことも、貴族なら金の亡者が周囲に多くいるということで理解していた。



そう、私が受けた話の数々を一番同情してくれただけでなく、一緒に泣いて家族の冥福を祈ってくれたのはこの世界の人たちだった。


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