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社畜令嬢はマイペース公爵に拾われ昼寝を満喫する

作者: 空花 星潔

 まだ月も出ている時間に起き出し、屋敷の掃除をする事から私の一日は始まる。


 私の名前はセシリア。

 ラフォルギー伯爵と平民の母の間に産まれた、いわゆる庶子。

 

 私を毛嫌いする奥様の命令で、毎朝掃除をしている。

 この家に置いてもらうための条件で、メイドのお仕事をしないといけないの。

 だからお姉様やお兄様みたいに綺麗な服を着て、家族一緒にご飯を食べたりしている時間は無い。

 

 大きな家の中にはたくさんの部屋があって、その一つ一つを掃除するには凄まじい時間がかかる。

 全部を一人で掃除するには一日以上かかるのに、メイド達が起きてくるまでに掃除ができていない部屋が有ると怒られる。

 

 だけど磨き残しがあっても怒られるから、毎日一生懸命掃除をしていた。

 今日もフラフラになるまで頑張ったけど、朝までに半分も掃除は終わらなかった。

 

 だから罰として朝ごはんは無し。

 もう朝ごはんを食べないのが日常になってるから、辛いとは思わなかった。

 

 おなかいっぱいに水を飲んで、私は執務室へ向かう。

 ラフォルギー家の仕事をするためだ。

 本当はお父様やお兄様がするべき仕事だけど、誰にでもできる仕事だからと言って私にやらせている。

 

「税収を上げろと言うけど……これ以上搾取したら領民が死んでしまうわ」

 

 元々、病気がちな母を支えながら平民として生きてきた。

 だから平民代表として、無茶な要求は極力通さないようにしている。

 怒られない程度に要求を聞きながら、不幸になる人が出ないように計算して書類に記入していく。

 

 誰でも出来る仕事だと言うけど、肉体労働の後に頭を使うのはとっても大変だ。

 それだと言うのに、執務室の扉が無遠慮に開かれる。


 入って来たのは姉のキャロル。

 私の数ヶ月前に産まれた、年子の綺麗なお姉様。


 綺麗なブロンドの髪と真っ赤な目。

 宝石みたいに輝く綺麗な瞳が、真っ白な肌に映えている。

 いつも赤色のドレスを着て、どんな時でも人々の注目の的なんだって、自慢していた。


 それに比べて私は灰色に汚れた薄紫の髪と、くすんだ緑の目。

 痩せすぎて骸骨みたいな顔からギョロっと目だけが飛び出していて気味が悪い。

 肌も傷だらけでボロボロ。

 身長が全然伸びないのを良いことに、この家に引き取られた8歳の時からずっと同じ服を着ている。

 

「セシリア〜、今度の舞踏会に着ていくドレス、リボンが気に入らないから外して新しいのに変えておいて? リボンにレースも入れろって言ったのにあの仕立て屋、勝手にデザインを変えたのよ!」

「わ、分かりました」

「それからぁ、お昼に婚約者のフランクが来るから、部屋に庭の薔薇を飾っておいて」

「はい」

 

 キャロルお姉様は自分の事を優しいと、いつも言っている。

 他の家族みたいに無茶な仕事を押し付けたりしないからって。

 

 だけど、寝る間も惜しんで仕事をしている私にとって些細な要求も全部大変な仕事だ。

 それにドレスの手直しや薔薇を摘む事だって簡単な仕事じゃない。

 

 ご飯も食べずに頑張ってるのに、どうして私ばっかりこんな事しなくちゃいけないの?

 

 お母さんが生きていた頃は、貧しくても幸せだったのに。

 

 これ以上考えると泣きたくなるから、私は執務室から出て庭へ向かった。

 気分転換と、薔薇を摘むために。

 

 庭の薔薇は庭師が丁寧に心を込めて育てているものだ。

 お姉様からの頼みだと言えば何本か持っていかせてもらえるだろうけど、とっても大事にしている事を知っているから、本当は摘みたくない。

 

 まごまごしていると、玄関に馬車が停まったのが見えた。

 お昼過ぎに来ると言っていたのに、こんなにも早く来てしまうなんて!

 

 どうしよう。

 準備ができていなかったら、きっとお姉様に怒られる。

 今から急いでバラを摘んで部屋に飾っても、きっと間に合わないだろう。

 それにフランク様の前に出る事になってしまう。

 こんな妹が居るなんて知られたら恥ずかしいから出てくるなと、いつも厳しく言われているのに。

 

「どうしよう……」

 

 怒られる。

 絶対に殴られる。食事が抜かれるかもしれない、今夜は眠らずに部屋の掃除をするように言われるかもしれない!

 

 心臓がバクバク言っている。

 

 しかし、馬車から降りてきたのはフランク様ではなかった。

 何度か見た事の有るフランク様は赤い髪に金の目をした男性。

 だけど、降りてきたの深緑の綺麗な髪を一つにまとめた男の人だ。

 褐色の肌が美しい。

 異国は褐色の人が多いと、勉強のために読んだ本に書いてあった。

 

 男の人はキョロキョロと周囲を見渡して、私と目が合うと近付いてきた。

 

 見付かったらダメと言われているのに、私は逃げたり隠れたりしようとは思えなくて、その場に立ちつくした。

 

「……」

 

 男の人は私を見ると一瞬、悲しそうな顔をした。

 嫌な顔をするんじゃなくて、悲しそうな顔。

 私を見てこんな顔をした人は初めてだ。

 

「こんにちは。僕はシルヴァン ド・ケイゼル。公爵だ。人を探しているのだけど……」

 

 男の人、ケイゼル様が私と目戦を合わせるために膝を曲げる。

 夏の空みたいに真っ青な目。

 吸い込まれそうになっていると、彼が口を開いた。

 

「セシリア・ラフォルギーという方は居るかな?」

「あ……えと、それは……」

 

 私を探している?

 でもどうして?

 

 私はこの家に来てから一度も外に出た事が無いし、人との交流は全く無いはず。

 特に、貴族との交流なんて無いのにどうして?

 

「仕事の書類の中に、どうしても本人に書いてもらわないといけない物が有ったんだけど……」

 

 ケイゼル様が小脇に抱えたファイルから、書類を取り出す。

 その書類には見おぼえが有った。

 本人の署名が必要だと言ったのに、代筆しろと言われた書類だ。

 

「魔力鑑定をしたらセシリア嬢に代筆させた事が分かったから、その確認をしに来たんだ」

「ご、ごめんなさい!」

「えっ、どうしたの急に」

「その、わ、私、お父様の代わりに……」

 

 ケイゼル様は驚いた顔で私を見ている。

 

 大切な書類に、私みたいなのが勝手に名前を書いたのだ。

 どんなお咎めを受けても文句は言えない。

 

「……詳しく話が聞きたい。ラフォルギー伯はどこに居るのか、教えてくれるかな」

「は、はい……」

 

 ケイゼル様は怒った顔をしている。

 どんな罰を受けるのか、怖くて足がすくむけど、私はなんとか足を動かしてお父様の部屋へと向かった。

 

 ――お父様はいつも私に仕事を任せて部屋で本を読んだり、友達を呼んで賭け事をしたり、好き放題遊んでいる。

 

 いつもは勝手に入ったら怒られるけど、他でもない公爵様からのお願いだ。

 扉をノックする。

 

「お父様、セシリアです、お客様を――」

 

 連れて来ました。と言い切る前に扉に何かが叩き付けられた。

 

「うるさい! 邪魔をするなといつも言っているだろう!」

 

 怒鳴りつけるお父様の声と、囃し立てるお友達の声。

 困ってケイゼル様を見上げると、今まで見たどんな顔よりも怒った顔をしていた。

 

「あ、あの……ごめんなさい、私……」

 

 怒られる。

 そう思って先に謝った。

 

 謝った時と謝らなかった時だったら、謝った時の方が殴られる可能性が下がるから。

 

 だけどケイゼル様は怒るどころか驚いた顔をした。

 

「君は悪くないよ、驚かせてごめんね」

 

 私と目線を合わせて、優しい顔でケイゼル様は言った。

 目を合わせるために屈んでくれる人は、ケイゼル様が初めてだ。

 

 ケイゼル様が口を開きかけた時、お父様の部屋から笑い声が聞こえてきた。

 同時に落胆の声を上げている人も居る。

 賭けの勝敗がついたらしい。

 

「……セシリアさん、今から僕はこの部屋に乗り込む。それで、君に聞きたいんだけど……」

「な、なんでしょう?」

 

 ケイゼル様の顔がまた険しくなっている。

 お父様やそのお友達の喚く声が不快みたいだ。

 

「僕の屋敷に来ないかい?」

「えっ?」

 

 ケイゼル様がゆっくりと手を上げて、私の頭に手を乗せた。

 上から降ってくる手は怖いけど、下から来たから怖くない。

 

 優しくて暖かい手に安心する。

 

「……」

 

 だけど、答えられない。

 勝手に返事をしたら、お父様たちに怒られるかもしれない。

 

 私が困っていると、ケイゼル様はそっと手を離した。

 

「大丈夫だよ。僕が君を保護するから」

 

 それだけ言ってケイゼル様は姿勢をただし、お父様の部屋の扉を開いた。

 

 途端、ピタリと声が止む。

 扉に背を向けていたお父様だけが少し遅れて反応した。

 

「セシリア! 勝手に入ってくるなと言っ――ケ、ケイゼル公爵様!?」

 

 私を怒鳴りつけながら振り返ったお父様はケイゼル様の姿に気付き、驚きの声を上げた。

 

「お久しぶりですラフォルギー伯。本日は書類に不正があったため、お伺いしました」

「ふ、不正? 馬鹿な、そそ、そんなわけ」

 

 お父様は顔いっぱいに汗をかき、目を泳がせる。

 そしてその目が私を見付けるとギロリと睨み付けた。

 

「本人署名の欄に違和感を感じまして、魔力鑑定の結果、セシリア・ラフォルギーという方の魔力と一致しましてね。代筆の疑いがかかっております」

「そ、それはセシリアが勝手に!」

「ほう?」

「む、娘は私の業務をよく手伝いたがるんです。それで……」

 

 必死に言い訳を探すお父様。

 周りのお友達は二人の会話を見守っていたり、ヒソヒソと言い合ったりしている。

 

「こんな身なりの子供に業務を手伝わせていたと?」

 

 ケイゼル様が私を手で示す。

 汚いと思われていたのだと思うと恥ずかしくなって、キュッと手を握りしめた。

 

「ち、違いますコレは娘では!」

「先程セシリアと名乗っておりましたが?」

「それは……その、えっと、使用人の……」

「ラフォルギー伯は使用人にまともな衣服も与えないと?」

「うぐ……」

 

 言い訳に言い訳を重ね、お父様の言葉が苦しくなっていく。

 

「なぁ、アイツが仕事をしてる所なんて見た事有ったか?」

「仕事をさせるために平民との子供を引き取ったって自慢してたよな」

 

 ヒソヒソと周りのお友達が騒ぎ始める。

 

「なんにせよ……あなたは一度調べる必要が有りそうだ」

「そ、その……えっと」

 

 目をギョロギョロと泳がせ、びっしりと汗をかくお父様。

 

「……それに、賭け事のお仲間についても」

 

 ケイゼル様はお父様のお友達を一人一人順番に見る。

 

「顔は覚えました。賭け事についても、法に反していないか調べた後然るべき処置を行います」

 

 一瞬でざわめきが起きる。

 その場に崩れ落ちる人、呆然としている人、お父様を責めたてる人。

 

 この姿だけで、違法な賭け事をしていたと自白したようなものだ。

 

「最後に、セシリア嬢は私が預かります」

「なっ!?」

「重要な参考人ですし……何よりも、あなた方の元に彼女を置いていく訳にはいかない」

「それで良いですよね?」

 

 ケイゼル様が私を見た。

 

「私は……」

 

 お父様を見る。

 お父様は必死に首を振っていて、私に行くなと言っているようだった。

 

「わ、わたし……この家に残――」

「セシリア!」

「お、お姉様」

 

 残ります。そう言おうとした私の声に被せるように、キャロルお姉様の声が響いた。

 

「今まで何してたのよ! ドレスも部屋の準備も何にも……あら? どなた?」

 

 ケイゼル様に気付かずにつかつかと私の方へ歩み寄ったお姉様は、近くまで来てやっとケイゼル様に気付いたらしい。

 

「……初めまして。シルヴァン ド・ケイゼルと申します」

「あ……えっと、キャロル ド・ラフォルギーです……?」

 

 呆れたように名を名乗るケイゼル様に、お姉様はキョトンとした顔で名乗りを返した。

 

「ラフォルギー伯。キャロル嬢もあなたの娘ですか?」

「……はい」

 

 これ以上嘘をついても仕方ないと観念したのか、お父様は力無く頷いた。

 

「……姉妹間の差別がここまで顕著だと……見ていられませんね。思わず流してしまいましたが、不貞を働いたような声も聞こえている」

「っ……」

 

 項垂れるお父様と、事態を呑み込めないお姉様。

 そして……どうしたら良いのか分からない私。

 

「もう一度聞きます。セシリアさん、あなたはどうしたいですか?」

「私……この家から出たいです! ケイゼル様と一緒に!」

「分かりました。では、本人の意思も確認できましたので、本日はこれで」

 

 ケイゼル様が私に手を差し出す。

 私は少しためらって、手を握った。

 

 ケイゼル様が私に合わせてゆっくりと歩き始める。

 

「ま、待ちなさい! 説明してよ! どういう事?」

 

 背後からお姉様の声が聞こえる。

 

「どうして妹を連れて行くの?」

 

 お姉様の声を無視して歩いていたケイゼル様はピタりと足を止め、振り返った。

 

 そしてとても呆れたような顔でお姉様を見ている。

 

「妹というのは、雑用を押し付けるために居るわけでは無いのですよ」

 

 その声はとても冷たくて、お姉様は小さな悲鳴を上げた。

 

「……では、帰りましょう。我が家へ」

「は、はい」

 

 ケイゼル様が再び歩き始めて、私はお姉様の方を振り返った。

 お姉様は泣きながらお父様の部屋に飛び込んで行った。

 

 

 ――――――――

 

 

 そして馬車の中。

 とっても綺麗な馬車は、私なんかが座ったら汚してしまいそうで乗りたくなかった。

 

 だけどケイゼル様は優しく「汚れは洗えば落ちますから」と言いながら私を座らせた。

 

 ケイゼル様は隣に座っている。

 

「あ、あの……ありがとうごさいます!」

「いえ。当然の事をしたまでです」

 

 ケイゼル様は優しく笑った。

 

「ふぁ……眠たくなってしまいました。セシリアさん、眠ってしまいましょう」

「で、でも、まだ朝です」

「ふふふ……気にしなくて良いのです。ひと仕事終えた後のお昼寝が至福なんですから」

 

 ふわふわと眠たげな声。

 朝とも呼べないような時間から起きて……いや、ラフォルギー家に引き取られてからずっと遅くまで働いて早くに起きる生活をしていたから、ケイゼル様の声につられて私も眠たくなってきた。

 

「どうぞ」

 

 ケイゼル様がぽんぽんと、膝を叩く。

 生前お母さんがお昼寝の時によくしていた仕草。

 膝枕をしてくれる合図だ。

 

 私はケイゼル様の顔と膝を交互に見た。

 

「膝枕をしてあげます。暖かくてよく眠れるんですよ」

 

 ケイゼル様は穏やかに笑っている。

 

「でも……服が」

「汚れても洗えば良いのです。帰ったらお風呂に入って、ゆっくり眠りましょう。その為にも今は眠る事です」

「眠ってばかりになってしまいます」

「うふふ、幸せな事ではないですか」

 

 優しい声。暖かくて、眠たくなってしまう。

 本当は抗うべきだと分かっているのに、気付けば私はケイゼル様の膝の上で眠っていた。

 

 ――ケイゼル様の家に引き取られた私が、彼と婚約するのはもう少し先の話。

 

 今は、程よく揺れる馬車の中で、久しぶりの穏やかな睡眠を満喫するのだった。

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― 新着の感想 ―
過酷な環境にいても、いつかは助けてくれる人が現れる、そんな希望を読んでいて感じました(*´ω`*) セリフの一部を敢えて地の文に入れるテクニックなども良かったです!
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