プロローグ
プロローグ
マシン後部に強い衝撃を感じた。その直後、コース上の景色が目まぐるしく横方向へぶっ飛んだ。――前を行く何台かのマシンの尻や赤白に塗られた縁石。遠くに見えるタイアバリアとか、ちょっとしたアクシデントのときは足を取られて泣かされる忌々しいグラベル(砂地)も――すべてが視界から乱暴に剥ぎ取られるようにして、生々しい断片となって脳内を掻き乱す。
追突を食らったのだ。どうやらその煽りでマシンがスピンしだしたらしい。
(何してくれてるんだよ!)
怒りが激情となって迸る。
(今回はいけそうなんだ――こんなところでリタイアしてたまるかよっ!)
闘争心が前面に躍り出る。
言葉じゃなく、一瞬の閃きみたいな思考だ。
(絶対、切り抜けてみせる!!)
揺るぎない自信。
全部がほぼ同時に頭に上った。
コンマ数秒後――
飛び退る光景にようやく目が対応し、俺の陥っていた危機的状況が見えた。
挙動を乱した俺のマシンはコース上で、事もあろうに、そのど真ん中で回転していた。
こんなとき、もしフルスピードで突っ込まれたら、マシンはおシャカだ。無惨なくらいくしゃくしゃになる。物理的には、力を分散し、衝撃を吸収するのにその『くしゃくしゃ』が役立ってくれるんだが、クラッシュの程度や方向によっては、乗ってる俺だって当然…………まあ、そういうことだ。
生きるか死ぬか。
その崖っぷちに俺はいた。
アドレナリンが体中を駆け巡り、脳と体が、生死を分ける一瞬を逃すまいとスタンバイを始めた。
スタートして一周目、事故は第二コーナーで起きた。
コーナーを出るとき、俺の立ち上がりが若干悪かったのは否めない。六番手を走るには、俺のマシンはエンジンパワーの面で遜色があった。
もたついてる奴がいたら抜く。だからあの時点で、チャンスと見て俺を抜きにかかった後続のドライバーの判断自体は決して悪くない。隙あらば抜くのが俺たちの習性であり、それが仕事なのだ。
ただし、あれは――スピンの原因になった最初の追突のことだ――相手にそこそこの腕があれば、避けられた事故だ。
俺は後続のマシンが抜きに来るのを意識して、イン側に一台分レーンを開けていた。審議にかかれば、間違いなく相手側にペナルティがいく状況だ。
とはいえ、この際、事故原因なんてどうだっていい。どっちが悪かろうと事故を起こしたら負けだ。特に今回のような事故では、何を言っても後のまつりでしかない。
一番の問題は、事故が見通しの悪いコーナーの出口で起きたってことだった。
ちょうどそこは「さあ、ここを抜けたら、思いきり踏み込んで加速するぞ!」って位置に当たる。おまけに、マシンがキュルキュル音を立てて滑りだしたのは、ほとんどの連中が通るライン上だった。それじゃまるで、腹をすかせたオオカミの群れの前にウサギを放つようなものだ。当然、後続の車に突っ込まれる。事故が起きた時点の順位は六位だったんで、俺を喰らうオオカミは総勢九頭もいた。
このとき俺がどのくらい絶望的な状況に置かれていたかを数字で示してみたい。
――仮にそのオオカミたちが、即、事故車に気づいてフルブレーキで対応したとしよう。プロだから反応速度がコンマ二秒前後としても、最強のブレーキングシステムを搭載していてなお、静止するまでに五十メートル以上の距離が必要になる。これを制動距離といって、車を止めようと思った瞬間、どれだけの速度で走っていたかによって差が出るものなのだ。一方、俺のマシンは十分に加速しないまま滑り始めたから、コーナーの出口から五十メートルも行かない場所で立ち往生している。
つまり、ピットから連絡が届く前にコーナーを抜けてきた奴らは、余程うまく切り抜けない限り、コース上の俺のマシンに激突するってことだ。
まあ腕のいいドライバーなら、早い段階で回避ルートを嗅ぎ分け、事故車の脇を掠め通る選択肢を選ぶだろう。しかしそういう判断は、一流のドライバーならではの直感によるところが大きいから、そんな超絶技巧を後続の全員に期待できるはずもなく、要するに、誰かが俺のマシンに突っ込んでくるのは必至だった。
じゃ、絶望的窮地にいる俺としては、一体、どうしたらいいのか?
――なんとかして自力で、コース外に出る。あるいは、前進して逃げる。
二つにひとつだ。ところが、この状況下では、テクニック的にどうこうじゃなくマシン的に無理があるという意味で、どっちも難しい。
マシンがいったん回りだすと、ステアリングでは対処できない。またアクセルワークでなんとかしようにも、こんな場合はABSがドライバーの意思を無視しやがる。といって、何もかもを機械的にやってくれるのかというと、そうでもなくて、――最新のトラクションコントロールシステムを装備した現代の高級車なら、たとえば雪道とか、余程でない限りスピンはしないんだが――レースの世界では、ドライバーのテクニックを生かすべく、この機能の一部がレギュレーションで搭載禁止になっているのだ。実際、トラクションコントロールシステムと5Gの通信容量を生かせば、より精確に、より高速でコーナーを抜けられるだろう。さらに最新のAIでも搭載していようものなら、ドライバーなんかただの邪魔者でしかない。
次にタイヤの問題もある。マシンの構造上、縦方向を向いていないとダウンフォース(車体が地面に吸い付くように働く下向きの力)が十分に働かないんで、スピン中のグリップ力が極端に弱くなる。それに、レースタイヤは進行方向には強力なグリップ力を誇るが、その分、物理的に横方向のグリップ力を犠牲にしている。タイヤだって計算され尽くしたハイテク製品なのだ。だからダウンフォースなしの状態では、太っとい割に滑り易くできている。
……というわけだ。状況を整理すると、俺は自分のマシンを制御できない。後続の奴らは判断が間に合わない。
どう考えても絶望的だろう?
ただし、偶然、マシンが進行方向を向いてくれたら――滑りながら進行方向へのスピードがそこそこ保たれていて、三六〇度回転した瞬間にダウンフォースが余計に得られたとしたら――条件が重なる分、可能性は低いが、それならなんとかなる。直感がそう教えていた。
マシンが進行方向を向いたとき、絶妙なタイミングでアクセルを踏み込めば、スピンが止まりコースに復帰できる、または、コース外に退避できる可能性があった。まあ、あるいは、ってくらいの低い確率ではあるんだが。
とにかく皮一枚ほどながら、俺にも自力で復活するチャンスは残されていたのだ。
神様が俺のために用意してくれてる瞬間があると信じて、俺はただひたすら、目まぐるしく流れる場面に目を瞠った。
俺のマシンは反時計回りに回っていた。
五百四十度回転したとき、すなわち進行方向から見てマシンが逆向きになったとき、猛烈な勢いで接近してくる後続のマシンが視野に飛び込んできた。俺を食らうオオカミたちだ。そいつらが真正面に見えた。
痺れる瞬間だ。本能的に、接近してくるマシンに全神経が向かう。
あと百八〇度、半回転してくれたらなんとかなる!
歯を食いしばって、俺は祈った。
俺のマシンはさらに回り続け、順方向に対してそろそろ二七〇度という体勢になった。――それは、俺のマシンがコース上でちょうど真横を向いてる角度だ。
だいじょぶだ。スピンはまだ止まっていない。
あと少し。どうせ回るなら、あと九十度、六十度でもいい! 早く、早く回ってくれ!
接近してきてるマシンはもう極限まで近づいている。
運が味方してくれるのを待つなんて俺らしくないんだが、あるかないかのチャンスが訪れるのをコックピットでじっと待つしかなかった。
ところが、結局のところ、不幸中の不幸、最悪中の最悪の事態に見舞われちまった。
喰らった衝突はほぼ真横からだった。
もしもあと九〇度回転するまで何も起きなかったら……。試してみられなくて、ちょっと残念だ。レース続行は無理でも、生死の絡むような、あんな大事故にはならなかったはずだ。
条件さえ合えば、立て直す自信はあった。年齢は十七だが、カート時代を含めれば修行経験は十年ある。
だがよく言われるように、現実を語るとき「もし」を想定してみたところで、何の役にも立たない。現実に二度目はないのだ。強烈なクラッシュを喰らったら、悪くすれば、選手生命が終わる。次はもうない。
最後の瞬間だ――
おぞましいくらいの現実感を伴って、複数のマシンが襲いかかってきた。悪夢のようだったが、紛れもない現実だった。普通、夢ならここまでは見せないからだ。
真実は、唯一、悲惨な現実のなかだけにある。
突っ込んできた相手もしっかり俺を捉えていただろう。他人事ながら相当運の悪い奴だと思う。死者が出るような事故に関わると、大抵、ドライバーの心に根深い傷が残る。そういうドライバーは往々にして、大事なところでアグレッシブになれないというジンクスもあって、せっかくの才能が活かせなくなるケースが少なくない。
一生勝てないのなら、むしろあっさり死んだほうが幸せだと考える奴だっている世界だ。どちらかと言うと、俺もそっち側の人間かなという気もしていたんだが、そんな惨めな人生さえ経験することのないまま……
……終っちまった。
実のところ、どう終ったかは俺自身にもわからなかった。
最後の最後、映画みたいに衝撃的な映像を見せられたあと、マシンごと宙を舞ったんだと思う。瞬速で移り変わる光景に混じって、空の青と地面のグレーが交互に見えた気がする。
痛みはまるでなかった。
何かを思う暇もなく――プッツン。
そのまま画面がブラックアウトした。
終焉はあまりにあっさりと訪れる。
ガキの頃からの夢だとか、積み重ねてきたキャリアとか……だけじゃないな、あと何年かしたら俺のものになりそうだった何もかもを、俺はあの一瞬で失った。