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空の変遷

午後五時前。

澄み渡った青空が白い光に包まれてゆく。僕はベランダにいた。

西は眩しい。瓦屋根、建物の屋上、全てが水面鏡のように輝いた。遠くを囲んでいる大きな雲の壁。それは地平に近ければ近いほどに不思議と深く染っている。この天球の頂点に等しい深き紺碧。ちらほら顔を出すのは日に照らされた汚れひとつない白。天国を垣間見るような心地だ。壁は太陽の方にゆくにつれて輪郭を失っている。ヒゲクジラの魚影のようなのが、太陽を中心とした光の引力に引き伸ばされている。ポツポツと浮かぶちぎれ雲は空にも影を伸ばした。なんとも広い空だった。


旧暦ではもう夏だ。遠くの山並みはもうくっきりとは見えない。ふと、あの蒙昧とした蒸し暑さを懐かしく思った。暗がりを湛えた木々に囲まれながら、静かに昼を過ごした図書館での記憶はどうしても夏らしい気がした。確かあの日は通り雨が降った。硝子窓のついた三角屋根に、雨粒が強くうちつけていた。草木も揺れて、外は嵐のようだった。一方、僕の周りは静かであった。ページをめくる音さえ響くような……


果てしなき、我が煩いや、春時雨、


そんな、遠い日に詠んだ自分の詩を思い出していた。風が舞っている。僕の茶色に光る髪の毛も、向かいの洗濯ハンガーもみな一様に揺れた。西から広がるプリズムが見て取れた。久しぶりに晴れても、まだ少し肌寒い。しかし辺りはもう春の様相ではなかった。

遠くに浮かぶ豊かな雲を眺めた。あんなにも暖かな白はきっと天空にしかないと思った。そしてあんなにも立体に富んだ迫力は、古代の絵画にも同じであった。僕はひとつの建物もなかった時代を想った。きっと日差しはさらに力強く、空はさらに広く畏ろしく僕らに介在していたであろう。また風が吹く。僕は弛まぬ時を生きていた。冷たさ……街には五時の鐘が響いた。


部屋に戻って振り返ると、やはりさっきの雲はもうなかった。

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