坂のある町並み
僕が訪れたその町は、異国情緒に溢れている。その頃の僕は、往年のフランスのジャズギタリストが弾いた、その町と同じ名前の曲をよく聞いていた(もちろん無関係らしいが)。でもこの町はフランスと言うよりかは、オランダやイギリス風といった感じだった。そしてそれは思ったよりも町中にそれを感じられた。
僕は海が好きだけど、この町にも港があった。そして何より、坂道が多い。そんな地理的な条件がこの町のエキゾチカに寄与している。高台から海の方を見下ろせば豊かな建物たちが見える。そこに吹く風は地中海にでもいるような気にさせた。僕は地中海に訪れたことはないけど、乾いて暖かい風がそんな予感をさせた。
僕はその夜、長い坂道の上にあるホテルに泊まった。驚いたのは夜景だった。僕は正直、都会の夜景らしい夜景にはもう心は動かされない。ひどく冷たく感じられるから。でもこの町の光は、駅、観覧車、教会、古民家、港……みな愛を持って町に土着している、そんな暖かい光だった。そんな様相は異国的であったか?僕はそう思った、ふと恐ろしい程に。星空をそっくり地上に移したような景色だった。この歪な地形が不思議な奥深さを際立たせた。
もしかしたらあの町は一面のキャンドルに彩られていたのかと考える。旅行中、僕はどこか遠くに行けたという気持ちはしなかった。それでも坂のある町並みには爽やかな風を感じた。結局僕を魅せてくれるのは自然的な静かな眺めである。ながめるとは、昔でいえば"ながむ"。昔の人は、見渡すこと、思いにふけること、歌をよむこと。よく言ったものだ。