第五話 社交界出禁の悪役令嬢、王子との再会は絶望的
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私は、鏡の前で自分の姿をチェックする。
全身や顔のむくみも取れ、肌の状態も完璧に近づいている。
学生だった頃の若さと美しさを取り戻しつつあった。
日に日に自信が高まり、アーサー王子と婚約していた時の私の姿に戻っていた。
「さすが、お美しい!ルイーゼお姉様」
後ろで見ていたアイザック侯爵夫人が、感嘆の声を漏らす。
「自分磨きは、復縁にとって大切な事。それは魅力的になる事だけではなく、自己肯定感を高め、執着心を捨てる事に繋がるのです。対等に話せなければ恋愛は不可能。すがりつくような真似をすれば、即アウトです」
サイファーが、淡々と言う。
「分かっていますわ。いつでも動く覚悟は出来ました。私が王子に会えるのは、いつなのかしら」
私は、自信ありげに言う。
「今のところ不可能です」
サイファーが、はっきりと言う。
「は?どういう事よ」
私は、思わずこけそうになる。
「国王様よりお嬢様が社交界に参加する事を厳しく禁じる書状がまわっているからです。これは実質、お嬢様を貴族として認めないという事。アーサー王子に再会する方法は皆無です」
サイファーが、説明した。
「それじゃあ、アーサー様がエレインと離縁しても、私にチャンスは無いって事?」
私は、ふらふらと椅子に座り込む。
「そうです、別の姫があてがわれるだけ。お嬢様と再び婚約する目はありません」
サイファーが冷たく言う。
「ああ、ランスロット王子とエレインが逢瀬を重ね始めたというのに、肝心の私がアーサー王子に近づけないなんて…」
私は、唇を噛んだ。
「まあ、ランスロット王子とエレインは、まだ友人関係ですから時間はありますわ」
アイザック侯爵夫人が、フォローする。
「あの美男美女が、頻繁に会っているのです。まさしく虎と獅子を同じ闘技場に入れたようなもの。近いうちに一戦交える事になるでしょう」
サイファーが、それを否定する。
「この私は、婚約者でありながら、アーサー様と手を繋いだ事も無いのに!あの牛女は、きっと毎晩のようにアーサー様と!5年で3人も子供を作って!」
私は、涙を流しながら地団駄を踏んだ。
「ああ、おいたわしやルイーゼお姉様」
アイザック侯爵夫人が、涙を拭く。
「子供の恋愛なんて、そんなもんですよ、悲観しないで下さい。復縁したら、何でも好きに出来ます」
サイファーが、溜息をつく。
「という事は、希望はあるの?」
私は、サイファーを見た。
「もちろんでございます。必ず王子とお嬢様を結び付けてご覧に入れます」
サイファーは、自信ありげに言った。
「そして、これを」
彼は、香水の小瓶をルイーゼに渡す。
「これは?何か魔法でもかかってるの?」
ルイーゼが、首をかしげる。
「いいえ、何も。そんな方法で王子を籠絡しても、お嬢様は幸せにならないと思います」
サイファーが、にっこりと笑う。
「これは…私が、子供の頃に初めて買ってもらった安い香水の香り」
小瓶の栓を抜いたルイーゼが、はっとなる。
小さい時に、お母様にねだって買ってもらった安い香水。
今では、こんな安物は使っていない。
それに、これは絶版になっているはずだ。
もう買う事は出来ない。
「何故これがここに。もう手に入らないはず」
私は、驚いて言った。
「お嬢様の為なら、私に不可能はございません。そしてこれは、お嬢様とアーサー王子の思い出の香り。必ず、お役に立つでしょう」
サイファーが、頭を下げる。
「ルイーゼお姉様、次は私が、お役に立ちます。私は、アーサー王子の側近の一人、ゴーヴァン・アグラヴェインの妻になっております。夫に言い含めて協力させましょう。なに、夫の浮気の証拠を押さえておりまして、これを盾に要求すれば、必ず協力してくれるでしょう」
アイザック侯爵夫人の後ろから、私の取り巻きだった娘が一人、笑顔で歩み出る。
彼女は、ゴーヴァン伯爵夫人となっていた。
「準備万端で、ございますね」
サイファーが、不敵に笑った。
数週間後、アーサー王子は側近のゴーヴァンと共に、鹿狩りに出掛けていた。
弓を持ち、山の中を馬で移動していく。
「こちらに鹿が!」
側近のゴーヴァンが、叫ぶ。
アーサー王子は、声のした方に馬を走らせる。
その時、彼の馬の尻に矢が突き刺さる。
「何故だ!?誤射か!?」
王子が叫ぶ。
「ヒヒーン!」
馬が大きく仰け反り、アーサー王子は落馬する。
そこは崖になっており、不運にも彼は、転がり落ちていった。
「上手くいったか」
ゴーヴァンは、崖下を見ながら胸を撫で下ろす。
これで、彼の浮気が妻から口外される事はないだろう。
「なんて、乱暴な計画を。王子に何かあったらどうするの」
そう呟く。
私は、ボロを着て、山の中の小さな小屋の中にいた。
ベッドには、崖を転がり落ちて気絶したアーサー王子が横たわっている。
彼の側に寄り、顔を覗き込んだ。
王子の顔を見ているだけで、私は胸がいっぱいになる。
もう二度と会う事は叶わないと思っていたアーサー王子が、目の前にいるのだ。
恋焦がれた方が、側にいる。
彼への申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちが胸の中で混ざり合い、なんともいえないザワザワした気分だ。
「ここは、どこだ?」
アーサー王子が、目を覚ます。
「お、お前は、ルイーゼ!この魔女め!これも、お前が仕組んだ事か?近寄るでない!」
アーサーが、驚いた顔で叫んだ。
しかし、立ち上がる事は出来ない。
「何を言いますやら、今や追放者の私にそんな力がありましょうか?傷ついたあなたを、一人、荷車でここまで運ぶのも一苦労だったのです」
私は、嘘をつく。
ちくちくと胸が痛む。
「そうか…助けてくれたのか。すまん、言い過ぎた」
アーサー王子が、謝る。
相変わらずの、お人好し。
優しくていい人なのだ。
そんな彼を、あんなに怒らせるなんて、私はなんと愚かだったのだろう。
「君は、フリードヒ辺境伯の元に嫁がされたと聞いたが…」
アーサー王子が言う。
「はい、ですが寂しさから彼の財産を浪費してしまい、離縁されました。それからは、この山の中で隠遁生活を続けております」
私は、目に涙浮かべる。
「そうか、それはさぞ不便に感じているだろう。だが、全ては君の罪だ」
彼が、そう言う。
「その通りでございます。心から王子とエレイン王太子妃に謝罪したいです」
私は、泣きながら訴える。
その言葉に嘘は無かった。
「私は、帰らねば…」
アーサー王子は起き上がろうとするが、全身の痛みで起き上がれない。
本当は、薬で動けなくされているのだが。
「私の足では、ここから人のいるところまで行くのに数日かかります。王子をおいては知らせには行けません。回復するまで私が、お世話いたしますので、どうか休んでいて下さい」
私は、彼の肩に手を置き、制止する。
「ああ、この香りは、二人でよく遊んでいた、あの頃の君の香りだ…」
アーサー王子は、目を細め、思わず両手で私を抱き寄せる。
「必ず、あなたを助けます」
彼の胸の中で私は、そう呟いた。
「ありがとう。君には本当に辛く当たってしまった。やりすぎだったかもしれない」
彼は、遂に、そう言ってくれた。
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