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3.息子と別れて頂けますね?




「スネイヴは、ロードン伯爵家の嫡男だと御存知?」



店にいきなり現れた女はリタに詰め寄った。そして汚らしい物を見るように顔を歪めた。



「貴女みたいな庶民が近付いていい相手では無いの。わたくしはあの子の母として、害虫は駆除しなければならない立場でね、特に薄汚いゴミムシ同然の貴女…なんて」


背筋がゾクリと震え立つ。スネイヴは自分の身分を貴族とは言わなかった。育ちの良さは隠しきれてなかったが、リタは敢えて追及できずにいたのだ。



「伯爵家の力を使えば…そうね、こんな小さな商会はあっという間に潰せるわ。それに…貴女も、ご両親も、ご兄弟も、痕跡も遺さず消すのなんて容易いのよ?」


「そ、そんな……」


「賢明な決断、期待してるわ」




そう言ってこれ以上同じ空気も吸いたくないと、足早に店を去っていく彼女に、リタは何も言えなかった。



それから直ぐに、カルマン商会の顧客が全て取引中止を言い渡してきた。訳も分からず狼狽える両親に、リタは血の気が引いてガタガタと震える手を必死に胸に抱いた。


──私の所為だ…、これは、きっと見せしめだわ……


スネイヴを諦めないと、別れないと、本当に全て奪われる。リタが決意するまでにそう時間はかからなかった。


再度店を訪れたスネイヴの母は、憔悴した様子のリタを満足気に見つめて目を細めた。


「ご理解いただけたかしら?貴女の大切なご家族も、ご家族のお仕事も、全てわたくしの手の中。貴女次第よ?……息子と別れて頂けますね?」



「……はい」




そう答えるしか無かった。スネイヴの母を見送った後、リタは零れ落ちる涙が止まらなくなり、声を上げて泣いた。


自分が貴族じゃないから。

力が無いから。


スネイヴの隣には居られない。随分前から、心の奥底では気付いていた。彼とは生きる世界が違うのだと。


涙が枯れるまで泣きはらし、そして心にきつく封をした。



──サヨナラ、スネイヴ……



こうしてリタの生涯でたった一度の恋は終わったはずだった。




◆◆◆



「マーマっ!?どうしたの?お元気ないの?」



心配そうに覗き込む娘の声にリタははっとして我に返った。再会したスネイヴに別れを告げたものの、封じ込めていた記憶が止め処なく蘇っては消えるのだ。


娘に心配かけまいと必死に笑顔を作ったリタは、おやつのドーナツを半分に割り、片方を娘に渡した。


「大丈夫よ。はい、ママと半分こ。美味しいね、ドーナツ」


「うん!ママのドーナツ、リィヴェだいすき!」



ドーナツに興味が移った娘にほっとしながら、リタはこれからについて思い悩んだ。


スネイヴに居場所が露見したのだ。スネイヴの母にも知られる可能性もある。今度こそ、カルマン商会を潰され、愛娘にも害が及ぶかもしれない。


この地を離れる準備をした方が良い。せっかく手に入れた平穏な日々が崩れる足音が聞こえるようで、ぎゅっと手を握り締めた。



◆◆◆



もうすぐ花の月がくる。花まつりの日が終わったら、リィヴェと共に違う国へ移り住む準備を始めていた。父に連絡し、別荘の管理は他の従業員を派遣してもらい、カルマン商会の伝手で別の国で仕事を探して貰った。


海を越えた遠い国だ。


きっともう二度と偶然スネイヴに遭遇することなど無いだろう。今度はカルマン商会の支店の従業員の寮で住み込みで働けることとなった。


環境を変えるのはリィヴェには申し訳ないが、命には代えられない。最後の思い出にと花まつりのドレスに、テントウムシの刺繍を施していく。


「わあ!むしさんかわいいね!リィヴェ、これきるの、たのしみ!!」



はしゃぐ娘に心の中ではごめんねと何度も謝る。本当だったらずっとこの平和な田舎町で過ごしていきたかっただろうに。新しい処には娘の好きな虫はいるのだろうか。自然はあるのだろうか。



「ふふ、リィヴェなら良く似合うわよ。ママのお姫様だもの」



不安を押し殺してリタは必死に笑顔を作るのだった。




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