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2.貴方の子じゃないわ




「見え透いた嘘は吐かなくていい。僕とそっくりだ。僕たちの子なのだろう?リタ、何故僕に黙っていたの?僕は……君を忘れた事なんて一瞬たりとも無かった。別れても…君を、ずっと想い続けてたんだ」


「は、離して、スネイヴ。私たちはもう終わった筈よ。ねえ…」


拒絶しなければいけない。そう心では分かっている。今のリタには護るべきものが沢山ある。それは、スネイヴと一緒に居たら決して護れないものだ。



『貴女の大切なご家族も、ご家族のお仕事も、全てわたくしの手の中。貴女次第よ?』



冷たく射抜く様な視線を向けられたのは、今でも思い出せる。あの女はやると言ったらやる。リィヴェの命も躊躇なく奪い取られる。



「貴方の子じゃないわ。今の夫との子よ。離して。不貞を疑われたくないの」



自分でも驚くくらいの低い声が出る。『今更』なのだ。今のリタの幸せはリィヴェと共に生きる、それだけだ。傷ついたように瞳を曇らせるスネイヴの胸に手をついて、その身を離す。



「サヨナラ……」



それだけ言ってリタは家の中に逃げるように入り、ドアを閉めたのだった。




◆◆◆




「ハンカチを贈るなら、カルマン商会のハンカチがおすすめです!何たって質も良くてデザインも良し!お値段もお手頃ですよ!」



街の中で所在なさげに贈り物を選んでる様子の青年に、商売人根性で声をかけたのがリタとスネイヴの始まりだった。ノトワール王国では、花の月の花まつりの日に恋人や親しい人にハンカチを贈るという習わしがある。


今はどの商店も店先に贈り物用のハンカチが並べられており、多種多様で目移りしてしまう。ハンカチなど贈ったことのない男性にしてみれば、どれが女性に喜ばれるのかと途方に暮れることだろう。


「そ、その、妹に贈りたいんだ。最近喧嘩をしてしまって。誰とも被らない素敵なハンカチを贈ってくれたら許すと言われて…」



「まあ!妹さん思いですね。それでしたら是非カルマン商会へいらしてください。唯一無二のハンカチをご用意いたしますわ!」



有無も言わさず店内に引っ張り込み、応接コーナーのソファに案内する。そこへハンカチのデザイン画を何枚か提示した。


「カルマン商会では、ハンカチのオーダーメイドも行っていますの。基本的な柄やデザインはおおまかには決まっていますが、刺繍や色合いはお客様に決めて頂き、唯一無二のハンカチが作れますの」



「オーダーメイド……」


「例えば、この白地のハンカチに好きなお花の刺繍を施したり、お名前を入れることもできます。面白い物だと、ご本人の似顔絵を刺繍される方もいらっしゃいました」


冗談交じりに言うリタに、青年はやや緊張がほぐれたようで柔らかく微笑んだ。



「妹は……犬が好きなんだ。飼っている犬の刺繍を入れられるかな?」


「勿論ですわ!犬種や特徴を伺えれば、例えばこのように……」


すらすらとデザインを描いていくリタを青年は眩しそうに見つめていた。二人で和気あいあいと決めたハンカチのデザインは素敵なものに決まり、注文書にサインを貰う時点で、青年の名前がスネイヴだと知った。



「必ず、妹様に気に入っていただける唯一無二のハンカチを誠心誠意、ご用意させていただきます」


「ああ、楽しみにしているよ」




出来上がったハンカチを受け取りに来たスネイヴに次の注文を受けた。もう一人、ハンカチを贈りたい人が出来たと、そうはにかんで言う彼に何故かリタは心がチクリと痛んだのだった。


「リタさんだったら、どのようなハンカチが嬉しいかな」


「私ですか?……参考にならないかもしれませんが、ドーナツが好きですね。ドーナツ柄のハンカチなんて中々売っていないので惹かれるものはあります」



咄嗟に答えた妙な回答に、声を上げて笑うスネイヴに胸がトクンと音を立てる。無難な既製品のハンカチと、まさかのドーナツ柄のオーダーメイドのハンカチを注文していったスネイヴを不思議に思いながら、また会えるのだと密かに嬉しく思ったのは秘密である。



花まつりの日が近付き、出来上がったハンカチを受け取りにスネイヴが店へ訪れた。


「ご注文されたお品です。どうぞご確認ください」


「ありがとう。ふふ、本当にドーナツだ。ギフト用に包んでもらえるかな」


「承りました」


満足そうな顔のスネイヴに心が痛んだ。このハンカチを誰に渡すのだろう。きっと、スネイヴの恋焦がれる美しい女性だろう。自分とは比べ物にならないような……



心を込めて綺麗にラッピングして袋へ入れる。スネイヴの恋が実りますように。そう願いを込めて。



「ありがとう。では、これは君に贈るよ」


「え…っ!?」


「お礼は花まつりに一緒に行ける権利なんて…ダメかな?」



突然のプレゼントと花まつりのお誘いにリタは目を丸くした。花まつりに誘う…それは家族で無ければ、恋人や想う相手に告白するのと同意義だと…スネイヴは知っているのだろうか。


知らなくてもいい。リタの答えは一つしかないのだから。



「はい……、喜んで」


少し泣きそうになりながら答えるリタに、スネイヴは微笑み返した。それからリタの宝物はドーナツ柄のハンカチになった。



花まつりの日に、スネイヴはリタに自分の想いを告げてくれた。


「リタさんが好きだ。君のキラキラした笑顔に…一目見た時から惹かれていた。僕と、付き合って欲しい」



「は、はい……、よ、宜しくお願いいたします……」



初めての口付けもした。街を手を繋いでデートもした。次第に仲も深まり、付き合って一年目の記念日に、初めて身体を繋げた。


「愛してる、リタ。僕と結婚してくれる?」


「うん、ずっと一緒に居たい」



あの時は、共に在れる未来を疑ったことも無かった。お互いに愛を囁き、抱きしめ合い、未来を誓い合った。


リタの中で一番幸せな時期だった。



「貴女が息子を誑かした下民かしら?」



彼の母親が現れるまでは──




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