二雫
血の家
「------残念ですが...」
二雫
「お祖父さまが--------」
医者の言葉に、尚佐の横たわっている
ベッドの脇にいた綾音が、床に崩れ落ちる
「いきなりだったな....」
「御代も今年で90だ。
こうなるのも、当然と言えば当然かもしれない」
「(--------、)」
ベッドの周りにいる正之、そして明人に
征四郎が目を向ける
「------少し、家族の者だけにして頂けない。」
「・・・・」
「ガチャ」
長女である尤光の言葉に、尚佐の脇にいた男は
そのまま部屋を出て行く
「綾音、あなたも、外へ出なさい--------」
「・・・・」
「ガチャ」
尤光の言葉を聞くと、綾音は
項垂れたまま部屋を出て行く
「しかし、そうなると-------」
善波 正之、尤光の弟である明人が口を開く
「"御大"が亡くなったとなれば、
次の"御代"は、一体誰が
跡目を継ぐ事になるんだ-------?」
「・・・・!」
「.....っ」
ベッドの周りにいた叶生野家の一族の表情が変わる
"御代"
多数の企業を傘下に治めるこの叶生野財閥では、
あまりに巨大化した一族を纏めるため
その一族を統括する役目として
"御代"と呼ばれる叶生野一族を統括するための
代表者を置く事が通例となっている
「御大が亡くなったって事は、次の御代は、
善波兄さんになるんじゃないのか?」
「それは無い-------」
正之の言葉を、明人が拒絶する
「この叶生野の家の御代は、
何も、長子承続で決まる訳では無い」
「-------だが、何も取り決めが無いなら、
善波兄さんが御代になるのが当然だろう?」
正之の言葉を無視しているのか、
明人は更に言葉を続ける
「------それに、善波兄さんはすでに
自分から、御代の継承権を放棄する事を
宣言している-------」
「ガハハッ! まあ、色々考え方はあるからなっ」
「------事の序列、そして
尚佐お祖父様の意志から考えれば、
次の御代は、この、私がなるのが
相応しいのではないでしょうか-------」
「あら、」
尤光の言葉に、叶生野家から
羽賀野家に嫁いだ雅、が口を開く
「....何も、尤光姉さんばかりが
叶生野の家の者でなくってよ?」
「どう言う意味-------?」
「尚佐お祖父さまが、次の御代を
お定めになっておられないのなら、
次の御代は、尚佐お祖父さまの
正当な血である、この、私-------
そして、羽賀野家にもあるんじゃないかしら?」
「____冗談はやめて」
雅に向かって尤光が薄くあざ笑いを浮かべる
「.....そもそも、家から出たあなたに
"御代"である資格がある筈も
無いでしょう?」
「....何故?」
「決まってるじゃない。
あなたは、"部外者"なのだから-------
部外者のあなたが、御代の跡目を継ぐとなれば
そんな滑稽な話は
無いんじゃないかしら」
「あら.... 相応しい、相応しくないなどと
申し上げるなら、当然、御代の跡目は
長男である善波兄さんが継ぐ事になるのでは?」
「------そんな訳ないでしょ」
「それが、道理と言うものでは?」
「お、おい、」
「あら、気にする必要はなくてよ?
今、この出戻り女に
御代が誰か教えてる所だから-------!」
「別に、姉さん.... あなたから
物を教わる筋合いは一つも無いわ-------」
「ずい分、品の無い事を
言う様になったわね-------
これも叶生野から離れたせいかしら....!」
「それとこれとは--------」
「ちょ、ちょっと」
「(-------浅ましい奴らだ)」
「あなたが、御代の跡目を望むなら
それなりの理由が必要でしょう!?」
「あら------、誰が跡目が定まっていない以上、
御代になる権利は私たちの誰にでも
あるんじゃなくって?」
「(・・・・・)」
口汚く罵り合っている叶生野家の一族を、
征四郎は表情を崩さず遠目から見ている....
「....少し、宜しいですかな」
「近藤------、」
「皆様の間では、御代、尚佐さまが
跡目をお決めにならなかった事で
少しばかり、騒動になっている様ですが-------」
尚佐のベッドの脇に立っていた素然とした、黒い
上裾が伸びたスーツを着た男が
叶生野家の人間に向かって口を開く
「だから、何-------?」
尤光が、白い髭を蓄えた
燕尾服を着た男に目を向ける
「尚佐さまは、すでに生前、次の"御代"を
お定めになられておりました.....」
「・・・・!」
「な、何だ、そうなのか?」
「ガサ」
執事の近藤が、懐から封筒に入った
一枚の書簡を取り出す
「な、何だ? それは?」
「遺言書か何かか?」
「....そうで御座います」
「そ、そこに、次の御代が書かれてるの!?」
「-------お離しを、」
「--------!」
自分に詰め寄って来た尤光の手を
近藤が振りほどく
「尚佐様は、すでに自分の死期が近い事を悟り、
この書簡の中に次の御代の事を
告げておいでになられました------」
「だ、誰なの?」
「ゆ、尤光姉さんなのか?」
「----------」
「ガサ」
封筒から取り出した書簡を、近藤が広げる
「次の御代は--------」
「・・・・」
「・・・・」
部屋の中の視線が一斉に近藤の手に握られている
書簡に集まる
「.....
"征佐"様でございます」
「せ、征佐?」