一雫(ひとしずく)
「血の家」
一雫
「(クククク...知能の浅い奴らだ-------)」
鴇与家の三男、征四郎は、
薄暗い館の通路の壁と壁の間に
張り廻らされたピアノ線を見て
それが叶生野家の別の家族、
一族の誰かがが仕掛けた罠だと言う事に気付く....
「(これで、また一歩リード、って事か....)」
目の前のピアノ線を軽く指で
弾きあげる--------
「ククククク.... 浅はかな奴らだ....」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
某県、某所------
「(これが、叶生野家の連中か.....)」
"カタッ"
手に持っていた珈琲のカップを
目の前の玲朴なテーブルの上に置くと、
征四郎は部屋の中に集まった全員に目を向ける
「本当に....お祖父さまが、
もう少しでお亡くなりになるなんて------」
"叶生野 尤光"
巨大多国籍企業、
叶生野財閥の長、
叶生野 尚佐の長女で
日本国内の保険業、自動車業
千を越える企業群を傘下に治めている
「------まったく、急な話だな」
「(・・・・・)」
尤光の隣に立っているスーツを着た
背格好のよく通った男が目に入ってくる
"叶生野 正之"
叶生野家の次男で、アジアはおろか
世界の各地に跨る
企業群を傘下にしている、叶生野家の中で
日本、そしてアジアを中心に
製造業などを一手に取り仕切っている男だ
「あら、お二人は、普段からお忙しいから
この事はお知りでは無かったようで....?」
「突然の話だからな...」
"羽賀野 雅"
正之に向かって話し掛けている
質素だが、何故か見栄えのするドレスを着た女。
「(あいつは、叶生野家じゃ
なかったはずだが--------)」
「お医者の先生のお話では、
あと何日持つかどうかって-------」
「そうなると、これから先--------」
すでに、この叶生野家では叶生野グループの代表
叶生野 尚佐の死期が近い事を聞きつけ
尚佐に関わる一族の者達が叶生野家の邸宅がある
巨大な敷地に建てられた屋敷内へと
集まってきていた.....
「ガハハッ!? まさかっ 親父も
急に具合が悪くなるなんてな!」
「(----------、)」
髪の毛と髭の区別がつかない程
乱雑に顔の周りに毛を生やした巨体の男が、
征四郎の少し先のテーブルに集まっている
叶生野に関係した一族の人間に向かって
大声で話し掛けている
「ただっ! 親父が逝っちまうとなるとっ
誰がっ 叶生野家を
治める事になるんだっ!?」
「それは、兄さんには関係ない話だ」
"叶生野 善波"
そして
"叶生野 明人"
「すでに兄さんは、とっくの昔に
"御代"からは
見切りをつけられている--------」
「ガハハッ そうだな!?」
「兄さんは、この、叶生野家の
一族の長として相応しくない-------」
「・・・・」
まるで感情を発しない様な
冷たい瞳を浮かべている明人の表情を、
征四郎は少し離れた先のテーブルから伺う
「それにしたって、俺も一応は
この叶生野家の長男だ!
この場に俺がいたって
悪いことは無いだろうっ!?
....なァっ!? 征四郎くんっ!?」
善波が、離れた場所にいる
征四郎に向かって大声を上げる
「------ええ。」
「見ろ! 征四郎くんもああ言ってるぞ!?」
「------ふっ」
「(--------!)」
善波の言葉に、その傍にいた雅が
口の端を微かに上げ吐息を漏らす--------
「彼は、この叶生野家の一族では無く
傍流の方でしょう-------?
彼の話はを聞く必要は、無いんじゃなくって?」
雅の様子をまるで気にする素振りも見せず
善波が部屋の中に聞こえる様に、大声を上げる
「そうは言っても、征四郎くんは
今やこの叶生野家の一人一人を
凌ぐほど海外で多数の
金融業や他の事業を
取り仕切ってるじゃないか!?
尚佐の祖父さんが死ぬんだったら
征四郎君も血を分けた叶生野の一人だ!
ここにいる理由は
十分にあるんじゃないかっ!?」
「-------征四郎さん」
「・・・何か」
善波の隣にいた、叶生野家の長女 尤光が
物憂げな表情で征四郎の元へと
近づいてくる
「あなたは、確かに鴇与家の代表とは言っても、
所詮私たち叶生野家の者とは
その"血"が、違う-------」
「.....だから?」
「あなたに、この叶生野家に対して
何か口を出せる筈は
ないでしょう--------?」
尤光 正之 明人、雅と違い、征四郎の母は
この四人と同じ
"叶生野"姓の出自ではあるが、
実父がこの叶生野グループの代表である
目の前にいる四人とは違い、今
尤光の前で座っているこの征四郎は
叶生野の本流から外れた傍流の一族の
一人にしか過ぎない
「------その通りかもしれない」
作り笑顔とは思えない様な遜った笑顔を
征四郎が尤光に向ける--------
「.....分かっているなら
よろしい-------、」
「・・・・」
物憂げな表情を見せていた尤光の顔つきが
一瞬変わった事に、征四郎は思わず波立つ
「ガチャンッ」
「....お、お祖父さまがっ!」
突然、瀟洒な扉が開き、そこから一人の
和服を着た少女が部屋の中へと入ってくる
「ど、どうしたの綾音!?」
「お、お医者様が、とにかく、
みんなに集まってくれって-------」
「・・・・!」