ヴァンパイアとフランケンシュタイン~四つ葉のクローバー編~
新年明けましておめでとうございます。
川端です。
今年一作目は三人称視点の物語です。
ヴァンパイアとフランケンシュタイン。この二人が主人公の物語を描ければなと思います。
では、『ヴァンパイアとフランケンシュタイン』どうぞ( ゜д゜)ノ
「さぁさぁ、起きてくれ。フラン」
薄暗い部屋に朝の早い。彼──ヴァンパイア(以降:ヴァン)の声が溶け込む。それに対し、朝の弱い狂女──フランケンシュタイン(以降:フラン)はくぐもった声をあげた。
「……う…………ぅ」
「はい、起きたね」
そんな反応に最早戸惑うことがない辺り長年のなれであろうか。そう思えるほどに彼らは自然だった。
こうして二種の異種族の彼らの生活がまた今日も始まった。
ヴァン等ヴァンパイアは朝になると灰になると思ってる人が多いかもしれないがそれは違う。たしかに朝は弱いが灰になるなんてことはなかった。本来のヴァンパイアとしての力が弱まってしまう。ただそれだけのことである。
でなければ──
「いやぁ、今日も良い天気だねぇ──フラン」
こう言って一介のヴァンパイアであるヴァンが背伸びをしつつあくびをし、太陽おはよう、今日も暑いですね。と、言いながら日射しの降り射す日中を歩くことは出来ないだろう。
「う、……うん。いい……てんき」
そう言う彼女は露出度の高い、白いブラウスを着ている。腕や首もとのつぎはぎの部分が曝け出されているがそんなことはお構いなしだ。そもそも誰にどう見られようと彼女は気にしない。思考がなかった。
「こんな日は、仕事をしないで君とゆっくり過ごすのが一番だねぇ」
うん、うん、とうなづきながら更につぶやく彼は、どこかのお国風貴族衣装を着ていた。他から見ると似合っていると言えるが彼自身はとくに何も思ってなかった。人界に来てからはまだ数年だが、なにせ六千年以上も同じような服を外出時には着ているのだ。なにも思わなくなって当然だろう。
「きょう、は……どこ……いく?」
「そうだねぇ──あぁ、久々に丘の上に行ってみようか」
久々と言うが特に彼には思い当たる丘が一つもなかった。ここ数百年、丘と言う場所に行った記憶が無いのだから無理もない。
歩きながら腕をくみ、顎を触ってはいるが何かを思い浮かべているようすが見受けられなかった。もしかしたら、全く別のことを考えている可能性もある。
「………………お…か?」
「……そう、丘だよ。丘はねぇ──小高くなった土地や小山を指すんだ、そう例えばこの先にカスミヶ丘って所があるんだけど良い景色だったのを覚えてるよ」
彼女の疑問を流すことなくきちんと返す彼の言葉は止まることがなかった。まるであらかじめからその答えが来ることを予想していたかのような。そんな風に受け取れるほど彼の回答はスムーズだ。
「…………そ、こ……いく……?」
理解したのか、それとも分からないのか。彼女は足を止めることはない。同時に彼を見て確認を取る。
そんな様子を横目で見て、彼は転ばないかどうかひやひやしていたことを知るものは誰も居ないだろう。
「行くとしようかね……フラン──前は見たまえ。転ぶと危ないよ」
「…………ふ、ふ……だじゃれも……ま、ぜた?」
フランの一言に顔を強張らせた彼は少し困ったような表情を浮かべた。もちろん、駄洒落など言うタイプでない彼はそう言われると対処ができない。しかし、相手が彼女だっただけあってその表情が困惑を意味していたことがばれることはなかった。
「僕は…………混ぜた覚えが無かったなぁ」
そう言う彼の表情はまだ固い。
対して彼女はのんびりと白いブラウスを風になびかせながら前をぼーっと見ていた。どうやら、また眠気が襲ってきた様子だ。
「……フラン、危ないからおんぶしてあげよう、おいで」
その様子を見かねた彼は即座に動き、彼女の前で片膝をつく。こう見えて彼は彼女のことをとても大事にしている。恋心を抱いてるわけではない。ただ、同じ異種族として彼女を守ってあげようと思っているだけ。
「あ、……りが、と?」
「……どういたしまして」
のろりと彼の背中に乗った彼女は力尽きるかのようにして目を閉じた。彼女の寝顔を見た彼はまだ少しだけ固かった顔を緩ませ微笑んだ。その表情が笑っていたのだと気づけたものは誰も居ないだろう。それくらい、彼の表情は読みにくいのだから。
「よっ──と」
見た目からして想像もできないほど重い彼女を軽々と持ち上げるのはやはり人間ではない証か。
「…………む、ぅ……」
「んー?もうそんな、熟睡するだけ寝たのかい?」
微かに当たる寝息をくすぐったいと思いながら歩くのを再開させた彼は、休むことなくカスミヶ丘へ向かう。その背中は娘を愛おしく愛する父のような背中だった。
あれから数分が経った頃。彼らの姿はカスミヶ丘の頂上にあった。人気が少なく長い道のり─五キロ程度─だったスロープに飽きた彼が少しばかり走ったからだ。人を超越しているヴァンパイアが軽くではあるとは言え走ったとなれば数分で着くのは頷ける。
「ん、──しばらく体を動かさないと鈍るものだね」
片手で器用に彼女を支えると顎に手を添え首を鳴らす。彼が言うように少々運動不足のようだ。体がそれを示していた。
「…………つ、い……た?」
「やぁ、おはようフラン。今着いたところだよ」
首の音で眠りから覚めたのか、彼女は彼の顔に頭を擦りつけながらも、のそりと顔を上げる。目がまだ開ききってないのは寝ぼけている証か。なおも「う……ぅ、……」と声を出す彼女を他所に彼は景色を見いった。遥か昔、何処かで見た景色に似ていたのだ。が、それを思い出しているわけではない。単純に綺麗だと思っていたのだ。
「ヴァン、くん…………お、おりる……」
彼が目を閉じ風を感じていると背中で彼女が暴れだす。どうやら退屈になったらしい。
「……そうかい。あまり遠くへ行くんじゃないよー?」
「う、うん……!」
短いが、元気な声を返した彼女はその場にしゃがみこむとなにかを探し始めた。その様子は真剣そのもので彼女にしては珍しい。
「さて、僕は何をしていようかね──あぁ、本を読もうか」
その様子を見て彼女が特に遠くへ行かないなと思いその場に寝そべると、胸元に忍ばせてある文庫に彼は手を伸ばす。
「…………ふむ」
読み古した本だが何度も読むのが彼の流儀だ。かれこれ百年は読んでいるのではないだろうか。当然、本の背表紙は擦れてもう何が書いてあるかわからなくなっている。
「…………う……ぅ…………」
唸っている彼女は決して立ち上がろうとはしない。真剣そのものだ。
「…………なにを探しているんだい?」
彼の視線は本へ注がれたままだが、せわしく動き回る彼女を一応、気にしているらしい。
「…………よつば、の……く、くろーばー……」
「あぁ、なるほどな」、彼は読書を楽しむ傍らそう思った。いつだか、彼も友人と一緒に探したことがあった。あの時はたまたま三〇分程で見つかったが、一人で探した時には二時間もかかったものだと、思考を巡らせていた。
「…………僕も手伝おう」
古びた本を労りながもパタンっと閉じると跳ね起きる。着地と同時にしゃがみこむと足元を凝視した。
四つ葉のクローバーは幸運の証として多く知れ渡っている。たしかに、凡日常系ゲームでは幸運のアイテムとして四つ葉のクローバーが用いられていることが多い。しかし、葉の数が多ければ運気が上がると言うわけではないらしい。同様に、滅多にないが五つ葉、六葉のクローバーがありそれは悪運の証として言われている。数字的には死を連想させる四よりは良いと思うのだが何故だろうか。
そう思考を巡らせながらも彼は手を、足を止めることはなかった。四つ葉のクローバーは忙しなく探し回らなければ見つからないと知っているからだ。
「…………」
「……、…………、………………、…………」
お互い、真剣になり過ぎて静寂が舞い降りる。あるのは風の音、それにより揺れる草木の音だ。
「……み、つから…………な、い……」
「…………そうだねぇ、なかなか見つからないねぇ~」
「か、な…………しい」
目を閉じ左右に揺れる彼女の頭を彼はわしわしと撫でる。ぎこちないがそれでもたしかに撫でていた。
「…………しかたないさ、さぁそっちにも行ってみよう」
そう言うと彼はすぐに立ち上がり上着の裾についた葉っぱを払い落とす。と、手を彼女に向けて差し出し、彼女が手を重ねると引き上げた。自分同様彼女の服についている葉っぱを払い落として回る。
彼女自身は全く気にしないが一緒に歩く彼としては気になるらしい。
「お、おん…………」
「おいで」
少し先に歩きだした彼の背中を追うようにして歩きだした彼女だが、脚が痺れているのかその足取りは鈍かった。終いには、彼におんぶを求めるほどに。全てを聞くよりも先に承諾した彼がしゃがみ込み待っていると三〇秒程してから彼女がのそりと乗った。
「よっこらせっと」
おじさん臭い台詞を溢しながら立ち上がった彼は彼女を支えると歩くのを再開した。
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「…………運が悪いな」
雨がひどくなる様子を木影から眺めていた彼は苦悶を滲ませた顔をしていた。その頬には冷や汗が一つ。伝っている。
「……そう、なの…………?」
「あぁ、とても運が悪い」
彼がそこまで言う理由は彼女にあった。それは、彼女がフランケンシュタインであると言うこと。電気を好物とする狂女は通常の生物よりも電流を流しやすく、避雷針も兼ねている。おかげで雷が落ちることが多々あるのだが、何度暴走し、彼の血が流れたことであろうか。数えようにも両手では足りない。
「今日はさすがに持ってきてなかったな……」
胸ポケットを何度も触ったりしている彼が探しているのは血だ。それも若い女の血。別に普段から彼は血を飲む習慣は無い。だが、彼女が暴走した時だけそれを飲んで対抗していた。血を飲むのは本来の力を使うためだ。そうでなくてはいくら彼とは言え即死する。
「…………ぁ、……!!」
空が光り、閃光が走った。雷だ。
「ち、…………フラン。これを着てて」
上着を脱ぐと彼は彼女に頭から羽織らせるようにして被せる。避雷針としての効果を弱めるためだろうが濡れている上着がそのような効果を示すかはわからない。だが、無いよりはましだと彼は考えたのだ。
「…………あぁ、うー……どこ、いく……の?」
「近くにもっと立派な建物がないか見に行くだけだよ」
上着を脱いだと言うのに、まだ貴族感が漂うワイシャツは雨で濡れ、彼の体のラインを浮かばせていた。高身長であるにも関わらず無駄のない彼の体は細い。それでいてヴァンパイアだ。彼は男であるにも関わらず美しかった。
「…………あの小屋が良いかな。人も居なさそうだし」
視線の先には木で出来た小屋が一つ。見るからに人が住むために作られたものではないと分かるが雨宿りには申し分がないとみた。
「うん、うん、……あそこに行こうか」
登りきった木の頂上から後ろに倒れるようにして身を宙に投げる。しばしの降下を久しく体感してから地面に着く直前で身を翻し、静かに着地をした。地面が雨で濡れているにも関わらず良く滑らないものだと彼女は思った。自分には出来そうにない芸当だとも。
「ここから少しした所に良い小屋を見つけたよ。そこへ行こうか」
彼女を背中に乗るよう促し、自分の上着を傘の代わりに掲げるよう指示した彼は本日三度目になるが彼女を背負い、今度は雨の中を音もなく歩き始めた。
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「……ね…………ヴァンく、ん……お、もい?」
「んー?どうしたの急に」
彼が見た小屋まであと少しと言うところで彼女は急になんの前ばれもなく質問を彼へ投げた。
別に自分の重さを気にしているわけでもない。ただ、何処と無く申し訳ないと思うところがあったのだろう。
「ん、…………な、ん……と、なく…………?」
「そっか…………全然大丈夫だよ」
彼女の回答になにかしら困った様子を見せた彼は作り笑顔を浮かべた。多分予想すらしてなかったのだろう。
「そ……うなん、だ…………よかっ、た」
ホッとため息を溢した彼女は一瞬、気が弛み掲げた上着から頭の先を覗かした。それが不幸を呼ぶ。
ゴロゴロゴロゴォォオーーー!!
「な、あ──、フラン!!」
たまたま一本の稲妻が彼女を目掛けて降ってきた。音が聞こえた頃には彼と彼女は雷に打たれ宙を舞う。白いブラウスは焼け、何処と無く貴族感が漂う彼のワイシャツは左肩部分が消し飛んだ。
「■■■■■■■■■■ッ!」
「ちっ…………血がないってときに!!」
雷に打たれた痕が秒で治り始める彼は怪我を気にすること無く立ち上がると地面を蹴った。目的は視界を遮ることだろう。
しかし──
「■■■■■■ッ!!!!!」
耳に痛みが走るほどの声を放つ狂女は右手を振り下ろすだけでそれを吹き飛ばす。作戦は失敗だ。
──これは…………どこかで人の血を飲むしかないか……!!?
脳裏に過った思考に苦笑を浮かべた彼は腰を深く落とし右手を構えた。
ヴァンパイアの爪はその辺の下手な刃物より切れ味が良い。
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狂女の激しい猛攻を彼は全て爪で防いだ。変な話だが、いくらヴァンパイアの彼とは言えその身で今の狂女の攻撃を受ければ皮膚は裂け骨が粉砕してしまう。
それの対策として爪を起用したのだ。
「……う、うぅ…………あぁぁぁぁああああ!!」
ついに咆哮が聞き取れるレベルまで落ち着いたか。そう思った彼は一旦距離を置くために周囲に遮蔽物がないか、感覚を研ぎしませ、狂女の猛攻を掻い潜りながら探しだした。そうでなければ自分が死ぬ、と察したからだ。
「……落ち着きかけが一番厄介なんだよな…………!!」
木の間をすり抜けるようにして走り回る彼のスピードは凄まじく速い。普通の人間ならもう目で追えないだろう。しかし、音速の彼を追いかける狂女もまた凄かった。彼とは違い視界に入った木々を殴り飛ばし、薙ぎ倒しているがそれでも威力の衰えない斧の振りは怪力故か。
「…………林の木が無くなる前に倒さなきゃいけないねぇ……これ」
頬を伝う冷や汗の数に対し言葉が冷静なのは呆れているからだろう。呆れに呆れているのだ。
もう、開き直れそうだと彼は思った。が、実力的には敵いそうにない狂女をどう止めれば良いのか悩んでいた。
スピードなら負けないだろう。
嗅覚なら負けないだろう。
夜目なら負けないだろう。
思考のスピードなら負けないだろう。
再生力なら負けないだろう。
しかし、どれも彼女に勝つには無くても困らないものだ。血を飲めばこれにプラスしていろいろ栄光が付く。攻撃力も足される。
「…………今日に限って持ち忘れるとは──」
このまま行くと大きな通りへ出てしまうことを避けるべきか。立ち止まった彼は振り向きこちらへ弾かれ飛んでくる木を手の甲で弾いた。
「──いやはや歳かねぇ……」
そう呟く彼の正体は白い肌に銀髪…………が似合う紅い瞳を持つ──
細身のヴァンパイアだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
かれこれ一時間半近く逃げ回った彼は既に回りに木が一つもなくなっていて遮蔽物の一つとしてない林─とはもう呼べない─所に狂女と対峙していた。
「う、うぅ…………ぁ……」
「……あと少しってとこかねぇ…………」
彼女が暴走した原因である電気エネルギーを抜けさせるためだけに逃げ回っていた彼はそろそろか。っと首を鳴らした。
まだ動けるのだろうが彼の顔には疲労の色がちらりと見えている。
「……うぉおおおおっ!!!」
顔を歪め左手を添え、苦しむようにして唸った彼女は斧を引きずりながらも走り出す。
「…………って、なわけないか」
ため息まじりの落胆は淡い期待に対しての後悔か。それとも安堵か。彼の顔は微妙な表情だ。
振り下ろされた斧を彼は人差し指と親指で摘まむだけで受け止めた。もう差ほど力の差はない。何度も言うが狂女もそろそろ電力切れの時間だ。
なにもブーストを受けていない彼は力が落ちることはないが彼女は徐々に下がる一方。
「…………落ち着け!──フラン!!」
受け止めていた斧を自分から反らすようにして地面にめり込ませると狂女に迫り、耳元で彼は叫ぶ。
「…………うぅ」
自分の名前を呼ばれ動きが止まった狂女は斧を握っている手から力がスッと抜けたように見えた。しかし──
「な、なんじゃこりゃ!?」
たまたま近くを通ったのだろうか。一人の女が悪いタイミング声を荒げる。
「──ッ、■■■■■■!!!」
「ぐはぁ!?」
おかげで戻りかけていた狂女が再度凶暴化し、瞬時に握った斧の腹で彼を殴り飛ばす。少し気を抜いていた彼は攻撃を一身で食らい、三〇メートルほど離れていた岩まで吹き飛んだ。
彼が動く様子はない、気を失ったのか。
額からは血が垂れ、打撃を至近距離で受けた右半身は複雑に折れている。もしかしたら、死んだのかもしれない。
「うわ!!?や、やばっ!?異種族の争い……!!」
彼が岩に当たった音で事に気づいた闖入者は怯えその場に座り込んだ。それを見た狂女は闖入者に目掛けて地面を砕く。
唯一不幸なことがあるとすれば、この人間が異種族に会ったときの掟を知らなかったことかもしれない。
異種族に会った時は静かにその場を去るべきであることを。
唯一幸いなことがあるとすれば、この人間が異種族に関して全ての案件を扱っている政府機関へ連絡をしなかったことだろう。
異種族が暴れていた場合はそこへ電話一本入れれば政府の一員がその異種族を抹消しに来る。
この場合、狂女は抹消対象に該当しているだろう。
迫り来る狂女に、闖入者は腰を抜かし立つことができない。両目からは涙が垂れ流しになり、ダメージの入った短パンと地面に大きな染みを作っている。もはや闖入者が死ぬことを避けるのは難しいと言える。最も──
「いやぁぁぁあぉ!?」
この闖入者の叫び声に反応した異種族が一人。
居なければの話だが。
「──ッ、ふんっ!」
狂女と闖入者の間に入った黒い影が、何処から持ってきたのかわからない木を横に力強く振る。
突然のことに反応できなかった狂女は思いの外遠くへ飛んでいった。おかげで彼は後ろにいる闖入者に話しかける暇が生まれた。
「……ねぇ、君…………何歳だい?」
「じ、一六……です」
「おぉ、……良かった…………じゃあ──」
闖入者がなんのための年齢確認なのか?という疑問を浮かべていると、一瞬で姿を消した彼は闖入者の背後に回ると首筋に牙を立てた。
彼が血を吸う時の条件は初が一八未満だけ。一度血を吸われた人間はウイルスに感染してないか定期検診を受けないといけなくなるのだが、仮にかかっても生き残れる、免疫力が強く、若い異性の人間──つまり一八歳までの人間に限定している。その代わり一秒でも一八を越えれば吸わない。
それと、初経験を終えてる人間もだめだ。血が不味いから。それらの選別はヴァンパイアの鼻の良さで見極められる。いや、嗅ぎ分けられるのだ。
「……あぁっ!!?」
闖入者の恐怖に染まった悲鳴がその場に響き渡る。多分、自分が生涯においてヴァンパイアに血を吸われるとは思ってもいなかったのだろう。もしかしたら全身の血を吸われると思ったのかもしれない。
初々しい闖入者の鮮血が彼の口から溢れ白い肌の首筋を伝う。口に一杯の血を吸うと彼は吸血をやめ、立ち上がる。口から垂れてくる血を手の甲で拭った。その瞬間、闖入者の首筋に残された二つの牙の痕を起点に不思議な模様が表れ、消えていった。
「…………ふっく……っ!!」
闖入者の口から声にならない悲鳴が漏れる。不思議な模様は焼けるように熱い熱を込めておりそれが全身を駆け巡るのだ。
この模様は彼──ヴァンの所有物になったと言う無慈悲な刻印。それと、止血をする特殊な効果が含まれているものだ。
こうして、彼は人界に降りてから二人目の家畜を手に入れた。最も、彼にそんな意識はない。むしろ丁寧に扱う……が。
「……ゴク、ゴク……。ご馳走さま、良い血だね、君」
口の中に残った血、全てを唾とともに飲み込むと彼はアンタレスのように紅く煌めく朱眼を覗かせていた。普段から赤いがこれは特別な赤さだ。血を飲んだ時のみ─いや、ヴァンパイアとしての力を使うときに見える色。その瞬間、ダメージを負っていた全身から蒸気が上り始めると彼の怪我、全てが治った。凄まじい再生力に彼自身驚いた様子が見てとれる。
「…………」
初めてのことで色々整理がつかなかったのだろう。血を吸われた家畜は気を失って彼の膝にもたれかかっている。
「まぁ…………無理もないか……っ!!」
いつもならば丁寧に離すとこだが生憎、狂女がまだ居る。狂気に満ちた彼女が。
一歩で一〇メートル以上彼が跳んだため、急に支えを失った家畜はばたりと倒れこんだ。
「う、うぅ…………あぁぁぁぁぁあああ!!!」
「…………元気だねぇ、フラン…………久々に大量のエネルギーを摂取したからかい?」
振り下ろされる斧をどこからか取り出した剣に──してはとても短い独特の刀身を持つ短剣で受け止め、彼は優しい声で狂女に話しかけた。
その声に微かな反応を見せる狂女だが、先程のような反応はなく、会話は無理そうだ。なにか、刺激を与えることができるものがあれば彼が攻撃をする必要はないのだが…………。
「…………そうか、アレなら─」
斧を弾いた彼は辺りの芝を睨んだ。右を見て、左を見て。咄嗟に見られる範囲と言えばこれくらいだろう。
再び繰り出される斧の打撃と斬撃を全て短剣で受け止めながら徐々に場所を移している彼は相変わらず視線を芝へ注ぐ。
そこに目当てのものが無いことが分かればすぐ別の芝へ。それを十程繰り返した頃だろうか。彼に異変が起きた。それは─
「…………ぐぅ……!やはり、一口分では足りなかったか……!!!」
能力を全開させているせいもあるのか三十分を越えたところでスピードが落ちているのを彼は実感した。たった一口分では血が足りなかったのだ。狂女を力ではなく鎮まらせるには二口分必要だった。
召喚した短剣の実体が半透明になりかけた所で完全に能力が無くなった。残るはいつ消えるかわからないこの短剣一つ。彼が優しくなければ彼は勝っていただろう。血を吸った彼が溝を殴れば狂女であれ倒すことは容易い。それほどにヴァンパイアとして彼は強い。しかし、それをしないのは彼の優しさか。それとも─
「…………不要なことを考えたのかねぇ、僕は」
手の内から剣が消えたのを感覚で捉えていた彼はなんの躊躇いもなく腕を交差させる。そこに斧が振り下ろされると言うのにだ。
交錯する斧の刃と彼の細い二本の腕。切断されるのは時間の問題に思えた。しかし、彼の腕が飛ぶことはなかった。変わりに斧が宙を舞い彼が狂女に抱きつく。
「いい加減目を覚ませ─フラン!!!!」
「うふぁ…………!!!?」
知的な彼は限界まで剣を召喚することをやめ、残された全ての力を、瞬間的にヴァンパイアの力を使うことに回したのだ。
その会あってか狂女は斧を手放し彼に押し倒された。だが、彼もまた体力は限界を迎えていた。しかし─
「…………あぁ、フラン、そこを見てごらん……………………四つ葉のクローバーだ」
「…………あぁ、み、つけた……よつばの……くろーばーっ!!」
たまたま視線の先にあったたった一つの四つ葉のクローバー。それのお陰で彼女は正気を取り戻した。
「やっと見つけた……、はぁ、死ぬかと思ったよ…………僕は」
ようやく四つ葉のクローバーを見つけた彼は深いため息とともに目を瞑った。多分、彼はこう思ったのだろう。
「たまに起こるこう言う出来事も、彼女と僕の人生において忘れることない出来事だろう」…………とね。
『ヴァンパイアとフランケンシュタイン四つ葉のクローバー編』、本編いかがでしたか?
こちらの作品はこれから連載予定の『ヴァンパイアとフランケンシュタイン』、『奴隷、河島裕香は吸われたい』二作より前のストーリーとして描いています。
正確には、二年前の出来事、です。
それでは、皆様良い新年を!
また別の作品にて見かけてもらえたらなと思います。
ではまた、次回の作品にて。