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とある三兄弟の話  作者: 雲雀 聖瑠
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兄であり弟であった男の話

金も家も親もない俺の一番の宝物は、みんなの笑顔。


勝気で頼りになる太陽のような兄の笑顔も

純真無垢な月のような弟の笑顔も

共に暮らす星のような仲間たちの笑顔も


それを守るためならなんだって出来た。


そうさ、たとえその先が地獄だって―――――。


「はあ……はあ…………」


痛い苦しい辛い……。

足の感覚がもうない。全身の感覚も怪しいもんだ。

何でこうなったんだっけ?


そうだ。元々この孤児院はある程度の年齢になったら子供を金持ちに売り飛ばす人身売買の斡旋場だった。

それに気づいたのはいつだったか。多分ここにきて一月もたたない間には察しはついてた。

それでもこの国で誰かの庇護なしには生きられない。

買い手がつかないように先生たちに目を付けられないように息を殺すようにしていたつもりだったが所詮は子供の浅知恵だった。

兄さんは今日は予定があるから戻らない。

つまり弟を守る兄は俺しかいない。


実弟のスプリングと院長に呼び出されて告げられたのは俺たちの買い手が決まったという事。

不良となっている兄さんと違って賢く大人しい俺たちは高値が付いたと興奮しながら語っていた。

兄弟一緒だぞ、感謝しろとか偉そうに言いながら俺の身体を不衛生な指が撫でる。

そうだ。そもそも俺が人身売買について知ったのはこいつが商品をつまみ食いしているのを見かけたからだ。

ませてるとも取れる程早熟な俺の脳はその行為の意味を誰に教わることなく理解してしまった。


その対象がとうとう俺たちに向いた。それだけだ。


スプリングを後ろ手に庇いながら少しずつ後ずさる。

7歳のスプリングはこいつの言ったことの半分も理解できていない。


「行け。スプリング」


「フォル兄……?」


「行け!」


スプリングをドアの方に突き飛ばして、院長の膝に蹴りを入れる。

だが、荒事になれているこの男にはダメージは入らず、腹に一撃入れられただけで俺の細い身体は簡単に膝をついた。

兄さんだったらこんなことにはならないのに。

兄さんはきっと気づいてない。こんなことになるならもっと早く相談しておけばよかった。

売られるのはもう少し先だろうと高をくくって、俺たちのために盗みを働く兄さんの負担になりたくないと言い訳をして。

話してどうなる。どのみち行く場所を失って路地裏に転がる死体になるだけだと勝手に悲観して。

結局俺は何も守れない。


院長は逃げだろうとするスプリングを簡単に捕まえて蹴り飛ばした。小さなその身体は軽々吹き飛んで壁に激突する。


「ヤメロ……触んな……!」


「口が悪いなフォール君。いや、そっちが本性かな? 溝鼠にはふさわしいがな」


嘲笑しながら院長はスプリングを俺の目の前まで引きずってきた。


「選ばせてあげようか。フォール君」


ああ名前呼ばれるのすら悪寒がする。

情欲に溺れた濁った瞳。んなに溜まってるなら金払って女でも抱いてろペド野郎が。


「君が大人しく相手をしてくるならスプリング君には手を出さない」


髪を掴まれて視線を合わせられる。

痛いな。商品に傷がついたら困るのはてめえだろ。もっと丁重に扱えってんだ。

大きな手が顎を掴む。


「何を意味するのか賢い君ならわかるだろう?」


バレない様にポケットの中を探る。習慣とは大事なものだ。あとはタイミング。


「スプリング。目閉じてなさい」


「フォル……フォル兄……」


兄とは弟を守るものだ。


「いい子だ」


こいつは約束を守らない。

たとえ守られたとしても売られた先の末路は同じ。

だから俺のすべきことはたった一つだ。


ハジメテは痛みしかない。

それでも意識を飛ばさないように歯を食いしばった。

大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫。

俺は兄だから。



だから……。


だから……。



上手くやれるヨ、兄さん。

だってほらよく言ってるでしょ?

この町では力が全てだって。


「ガハッ」


この行為の何度目かのよくを出したタイミングで、ポケットのボールペンを俺は男の喉に突き刺した。

抵抗を許すな。力では負ける。目だ。目を狙え。よし潰せた。あとはただ椅子で殴りつけろ。

動くたびに振り下ろして、もう全身の感覚がなくなってもまだ振り下ろして。

床が真っ赤に染まって、路地裏のよくあるものと同じものに寝るまで振り下ろして。


兄さんがいない今、俺が兄さんなんだから俺が守らないと。

あぁ、でも兄さん軽蔑するかな。女みたいに犯されて、人を殺した俺なんかもう弟じゃないって。

それともガンバったねって褒めてくれるカナ?


あぁ、ノイズが酷いな。


「―――兄……!」


酷くショックを受けた顔で自分を見つめるスプリングがいた。

ダメだよ。スプリング。

俺、もう汚いから。綺麗なお前は触っちゃダメだよ。

そうだ、俺もう汚いのか。なら、弟の傍にいるべき兄は俺じゃないな。

兄さんはまだ人を殺してはいない。暴力を振るっても一線だけはまだ超えていない。ならまだ引き返せる。

俺が沈めばまだ光の下へ。


「スプリング……」


絞り出すように発した言葉はちゃんと音として届いたかも不確かだった。


「兄さんには秘密ですよ」


それが兄としての最後の言葉だった。

痛みで限界を訴える身体を引きずって、肉塊になった院長を袋に詰めて路地裏に捨ててきた。

誰かにみられたかもしれないが、この町では追求するような善人はいない。


一線を越えたらさらに沈むことに抵抗などない。

大事な宝物がこちら側に来ないのなら。


翌朝、目が覚めたスプリングは昨日会ったこと全てを忘れていた。

よほど怖かったのだろう。だから身体が忘れることを選んだ。

それは俺にとっては好都合だった。そしてこれから先スプリングがそれを思い出す可能性のある要因すべてを排除する必要がある。

兄が帰ってくる前に俺は孤児院を出た。


後はフリーで客を取りながら情報を集め、弱みを握り、確実に地位を上げていった。

途中で何度も死にかけたが、アポ・ルカネの重鎮に収まった今ではいい思い出だ。


弱みを盾にして孤児院の人身売買をやめさせた。

組の利益を上げて、収益の一部を院の配給へ回した。

その為に多くの犯罪を重ねてきた。

あの日赤く染まった俺の両手は真っ黒になってしまった。


あれから兄との仲は険悪に、弟の仲は疎遠になり険悪にまでなった。

何の皮肉か、あまり院にいないせいで開きかけていた兄と弟の仲は縮まったらしい。

それでいい。日陰を生きるのは俺だけでいい。

優先順位を間違えるな。

一番上に弟がいて、同列に兄がいて、その下に孤児院の仲間たち。

犯罪で得た金であるが、相当の金額が集まった。

この国ではだめだ。海の向こうの雪国はいい国だと聞いた。全員が国を出て居場所を見つけられるまで生活できるだけの金が要る。

それは途方もない金額だ。少なくとも今ある金額の桁が3つは上がらないといけない。

守るべきもののためにそれ以外を排除し続ける日々。

弟は完全に俺を軽蔑している。

家族じゃないといわれ思いのほか傷ついている自分に驚いた。

それでいいじゃないか。

俺のようにならないならそれで。

2人にどれだけ嫌われたって2人が笑ってくれるなら。

その中に俺がいなくたって別に……。


いいんだ。

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