末っ子の話②
季節はすっかり冬。
この町で雪が降ったことはないけれど、やっぱり寒いものは寒い。
僕は孤児院で同年代の子たちとお使いに来ていた。
クリスマスといっても贅沢に祝えるのは金持ち連中だけ。
僕らに出来るのは少しだけ部屋を飾ること。
食事は相変わらず冷たくて固くて少ない。サンタさんがプレゼントをくれるわけじゃない。
それでも僕らは部屋を彩るだけでなんだかちょっと贅沢している気分になれるのだ。
「えーっとお使いはこれで全部だよね」
「うん。さあ早く帰ろう」
僕らの住んでいる孤児院の近くは比較的治安がいい。
とはいってもストリートチルドレンやホームレスはいるし、少し道を逸れれば犯罪の巣窟。
孤児院の先生も人手が足りない時はこうしてお使いを頼める程度には僕ら子供が出歩き出来る。
まあそれ以外じゃ絶対に外には出ないけど。
部屋を飾るための古い紙を近所から分けてもらった帰り。
仲間の一人がガラの悪い男にぶつかって倒れた。
「何処見て歩いてんだガキ!」
「ご、ごめんなさい」
こういう時は素直に謝って立ち去るのが無難だ。
仲間の子が謝って立ち上がろうとしたところを男は蹴りを入れた。
「ごめんですむと思ってんのかア゛ぁ!!? 薄汚ねえドブネズミが」
孤児は蔑まれる。力もないから屈するしかない。
こういう大人は嫌いだ。こういう大人に媚びを売るしかない子供も嫌いだ。
それでも僕は仲間をかばうように前へ出る。
「ごめんなさい。許してください」
頭を下げて謝る。みっともない姿だが、ここで噛みついても怪我をするだけだ。
何より年端もいかない子供に大の大人が土下座をさせるという構図が周りの人を味方につけやすくなる。
本当に味方になるかは別問題だとしても。
「その辺にしといたらどうじゃ?」
「あ゛? ブホッ」
華麗な回し蹴りが決まり、男が倒れる。
老人のような口調だったが、そいつは若い女だった。冬だというのに薄着でまるで道化師のような格好だ。
「てめえ何しやがる!?」
「失せろ。童に手を上げる下種が」
「んだとこのアマぁ」
「聞こえんかったか?」
女は男の耳元で何かをささやいた。とたん、男は顔面蒼白になって転がるように逃げていった。
「あの……ありがとうございます」
お礼を言うと女は優しい笑みを浮かべる。
「うむうむ、ちゃーんとお礼が言えるいい子じゃの~。そんないい子には、ホォレ」
パンと手をたたくと僕らの頭に花冠が降ってきた。
「レディ・サンタからのクリスマスプレゼントじゃよ」
「わぁ! オバサン凄いね! 手品師なの?」
オバサンは失礼だろと仲間の不躾な発言に少し焦る。
だが、女は特に気にした様子もなく、ワシはピエロじゃよ~と上機嫌に歌いながらいくつかの手品を見せてくれた。
初めてあった人にここまで優しくされたのは初めてかもしれない。
今でこそ近所の人たちはこうして使わなくなったものを分けてくれるが、大抵の人たちは孤児が近づく事すら嫌がるのだ。
「ふむ、そろそろワシは行かねばな」
「えーもう行っちゃうの?」
「もっと見たーい」
「そうしたいのは山々じゃが、遅刻すると鬼に食べられてまうのじゃ」
「鬼に?」
「そうじゃ、真っ黒でこうおっかなーい顔をした」
「誰が鬼だって?」
お道化ていた女の背後に黒いコートを着た人物が女の頭を鷲掴みにした。
「ギャー! 食われるー!!」
「阿保やってないで帰るぞ。ん? そこの少年……」
黒い人は僕の顔をじっとのぞき込んできた。
褐色の肌と黒い瞳に黒い髪。着ている服も黒で全身真っ黒だな。
「面影があるな。兄はいるか?」
「はい。います」
「そういえば兄弟がいるといっておったの~」
兄を知っているのか。
「成程な。お前の兄には世話になった。改めて礼はすると伝えておいてくれ」
見たところ旅のサーカス団って感じだ。女の人もピエロって言ってたし。
だとしたらきっと兄とはサマ兄の事だと思った。サーカス団がマフィアと交流があるとは考えられないし、何より人から感謝されるという発想がフォールに対して浮かばなかった。
「はい! 伝えておきます!」
「いい兄弟をもったな」
そう返事をすると二人は僕らの孤児院とは反対側へ去っていった。
自慢の兄が褒められたことで上機嫌になり、僕らはルンルンとした気分で孤児院に戻った。
そして直後にその気分は急降下する。
「あぁ……だから…………」
「そう…………わかったわ」
玄関でフォールと院長先生が話していたのだ。
「な、何しに来たんだ!」
あの一件以来、来なかったのに。
フォールは僕らに気づくと院長先生と2,3言話して出ていこうとした。
「何しに来たって聞いてんだ!」
「……お前には関係ないことだ。俺に構ってる暇があるなら戸締りでも気にしてろ」
なんだよ。なんだってんだよ。
むしゃくしゃして先生にあたるように何を話していたのか聞いたが、先生は仕事があるといって答えてくれなかった。
しばらくしてサマ兄が返ってきた。
いろんなお店から廃棄予定の料理をたくさんもらってきてくれてその日は人生で一番贅沢なクリスマスになった。
「サマ兄、一緒に寝てほしいな」
「ごめんな。今夜はちょっと出かけるんだ」
「クリスマスなのに?」
「あぁ、早めに金に換えちまいたいしな」
その言葉からサマ兄は結構いいものを手に入れたのだと察した。
本当だったら手に入れた直後に隣町の換金所まで言っていただろうに、今日はクリスマスだからこちらを優先してくれたのだ。
換金所は、基本的にこの町の大抵の店含めて違法営業なので夜からの営業となっている。
「みんなといい子で寝てるんだぞ。明日ケーキ買ってきてやるからな」
「本当!?」
ケーキだなんて高級品、この町では見たことすらない。
サマ兄の言葉に僕はうれしくなる。
「だからいい子にしてるんだぞ」
「うん。わかったよ、サマ兄」
日の暮れた町を走っていく兄の姿を僕は門から見えなくなるまで見送った。
そして明日サマ兄と一緒に食べるケーキを思いながら上機嫌に眠りについた。
そう、あまりに楽しみで忘れていた。
門のカギをかけ忘れていたことを。