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一目惚れは正義!  作者: 蒼りんご
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 高校三年生は時間との戦いだ。模試に追いまくられて先生方に煽られて感傷に浸る時間を与えてくれない。それは、ある意味救われることでもあった。

 明日の模試に備えて可南子が数学の問題を解いている時だった。携帯がお気に入りのメロディを奏でる。咲からの電話だ。勉強嫌いな咲は進学先を専門学校に決めていて受験は関係無かった。


「振られたっ!」

 回線を繋いだ途端、咲の不服そうな声が飛び込んできた。

「え?」

 咲が携帯にかけてきたのはつい一週間前程で、内容はホテルと彼氏の文句だった。

「なんで私が振られなきゃいけないのよ。百万年早いわよ」

 怒りは収まらないらしい。

「あいつ、二股どころか三股も四股もしてたのよ」

 携帯を繋いだ相手も確認せず、咲は一人で喋りまくる。

「それって酷いね」

 確か、ルックスだけはぴか一だと言っていたっけと可南子は思い出した。

「なんか、すっごいむしゃくしゃするっ!」

 言い放つ咲の声も怒りを現していた。

「今まで付き合った子がみんな霞む位可愛いとか言っといて、思いっきり体目当てだったんじゃん。ムカつく!」

 咲の叫びの後に小さくバンと壁を叩くような音が聞こえた。枕でも壁に向かって投げたんだろうか、と可南子は思った。振られたのはこれが初めてじゃない、というか、たいがいは咲が振られて終わる。文句を言いながらも咲から別れを切り出すことはできないみたいだった。振られたら切なくなるじゃん、と咲は言っていたけれど、咲はその切ない気持ちをたくさん味わっている。あまり思い入れはなかったのか、今まではあっさりしていたけれど、今回は違うらしい。

「何か言ってよ、可南子っ!」

 とばっちりのようなお叱りがきた。何も言えなかったのは咲が喋り続けるからなのに。

「早く分かって良かったじゃん」

 そんな言葉しかかけられなかった。深入りする前だったのは不幸中の幸いなんじゃないかと思う。

「そうなんだけどさ、あ、もうっ!」

 文章になっていない。よっぽど悔しかったらしい。

「気晴らしに次の週末にゲームセンターでも行く? バッティングセンターとか。早く忘れちゃった方がいいよ」

 酷いやつらしいのは先週の咲の電話でも想像できた。

「あー。でも……可南子は忙しいでしょ」

 咲の声のトーンが下がる。気を使ってくれているらしい。

「気分転換になるからたまには遊びに行くのもいいよ」

「ホント?」

「うん」

「じゃあ、百本本塁打でも打ってやらあ」

 咲の声が明るくなった。

「おっ、打てなかったらチョコパフェ奢り?」

「そんな御無体な。せめてみたらし団子!」

「OK! 忘れないでよ」

「忘れるに決まってるじゃん」

「何それー」

 笑った。

 咲と話していると楽しくて嫌なことや切ないことが忘れられる。いつもより短めに通話を切って可南子は机に向かった。心がウキウキしてきてやるぞーという気になっていた。


 週末、咲と駅で待ち合わせしてゲームセンターに向かった。その時点でチョコパフェもみたらし団子もないことになっていた。

「任せて」

 咲が腕捲くりをする。ケースの中ではリラッくまの貯金箱が静粛と並んでいた。

 3回コースの5百円を投入しアームを操作する。咲の表情は真剣だった。久しぶりに会った咲はまた一段と可愛くなったと可南子は思った。長い髪を肩で二つに結わいている。ミニスカートにムートンのブーツも愛らしい。男が寄ってくるわけだ。

「あんっ」

 色っぽい声を出して咲が顔を歪める。アームはあとほんの少しというところを掠っていった。

「あと二回あるし。次はいけるんじゃないの?」

 ホント、あとわずかだった。

「うん」

 咲が頷くと、またケースに視線を向けた。咲がボタンを操作する。アームは理想の線を描き箱をすくい上げた。

「やったぁ」

 可愛い声をあげてガッツポーズ。商品が取れたことより、咲は可愛いなあと可南子がため息をついていると。

「彼女上手いじゃん」

 突然、背後から声をかけられた。

(うわっ。でた)

 ゲームセンターに入ってから十分と経っていない。咲といるとナンパされるなんていつものことだけど、これは最速記録なんじゃないの、と思った。

「まあね」

 ふふんと咲が得意げな顔をする。ナンパなんて慣れたものだ。

 声をかけてきたのは二人連れの男で同じくらいの歳かなと可南子は思った。

「一回余ってるでしょ。やらせてよ」

 ずーずーしく一人の男が言ってきた。ぽちゃっとした感じの可愛い系の子で、後ろにいたのはすらっとした子で地味な感じだけれどよく見ると顔立ちが整っている子だった。

「いいよ」

 咲は取った商品を抱え、ずーずーしいやつに場所を譲っていた。そいつは遠慮もなく咲が譲った場所につき、ボタンに手をかけると真剣な顔つきになった。キーと音をたててアームが動く、止まったアームは降りて商品に伸びていく。

「嘘……」

 可南子は思わず声が出た。

 まぐれか奇跡か、一発で引っ掛けた。

「どうせ取れないと思ってたんだろ?」

 ずーずーしいやつが可南子に向かって嫌味な声をかけてきた。

「ほれ、プレゼント」

 取り出し口から出てきた商品を咲へ差し出す。

「わあ」

 咲は素直に喜んでいた。いいなあ、と思う。その素直な性格を少し分けてもらいたい、と真剣に思った。

「一回やらせてくれたから奢るよ。お茶しない?」

 ずーずーしいやつが咲に向かって言い、可南子にも視線も向けてくる。

「ホント? いいよね」

 咲が可南子に向かって言う。

「いいけど……」

 咲を慰めるつもりで来たのだから、咲がいいなら反対する理由はない。

「チョコパフェ奢ってもらお?」

 咲がにこっと笑う。咲の笑顔には逆らえなかった。

「俺は瑛太でこいつは隆」

 ずーずーしいやつはまず自己紹介をしてきた。


 見た目重視という咲のことだから本命は後ろにいた地味な子だと可南子は思っていた。なのに、カフェに入ると、咲はちょっぴり太めの可愛い方と盛り上がっていた。

 歳は可南子の予想通り同じ高校三年生だった。瑛太は大学入試は推薦を狙っていて、ほぼ確実にいけるらしい。隆が模試で成績が悪くて落ち込んでいたから気晴らしに遊びに来たという。最初はずーずーしいやつだと思ったけれどそんなことはなくて、カフェの扉を開けて持っていてくれたり、窓際の席に座らせてくれたりと気を配ってくれる人なんだと思った。ゲームセンターの話から始まって今流行っているものとか映画の話とか可南子や隆が話に入る隙がないほど、瑛太と咲は盛り上がって、ゲームセンターの攻略を教えてもらうだなんだかで二対二に別れようということなった。

「じゃあね、可南子、またね」

 咲はそんな明るい言葉を残し、瑛太とカフェを出て行った。ちゃんと伝票を持っていったあたり瑛太は信用できる人なのかなと可南子は思った。

「ごめん。迷惑だったんじゃないかな」

 それが隆の第一声だった。

「そんなことないけど」

 咲は喜んだみたいだから、今日の目的は達成したことになる。

「ちょっと強引だけど瑛太は悪いやつじゃないんだ」

「うん」

 ちょっとじゃなくてずいぶんだと思うけれど、そこはオマケした。咲と一緒にいてナンパされること数知れず、けれど、置いていかれたのは初めてだった。咲は瑛太が気に入ったらしい。

「勉強進んでる?」

「うーん。あんまり、かな。数学苦手で」

 文系なんだから国語と英語と社会でとも思ったけれど、数学を選んだ方が有利なところもある。

「何が苦手?」

「ベクトルと数列がね、もうさっぱり」

 基本なら分かるけれど、応用が入ってくるとお手上げだ。

「ベクトルかあ」

 隆は天井を見上げ、次に、

「図書館に行く?」

 そう誘ってきた。



「ごめん。ごめん」

 謝る声も弾んでいた。咲は振られた痛手から完全に回復したらしい。

 お風呂から上がって部屋に戻ったら咲からの着信履歴があって、可南子の方から電話した。

「でもさ、私も可南子に気を使ったんだよ」

「どういうこと?」

 心当たりはない。

「だってさ。あの隆くんって、地味であったかそうで可南子の理想にぴったりじゃん」

「あ……」

 そういえばと思った。人柄も穏やかそうで、図書館で親切丁寧に数列とベクトルの説明をしてくれたのだった。

「隆くんって栄高校のトップクラスなんだって。模試の成績が下がったっていっても、全国百番から落ちたってだけの話なんだって」

「えー!」

 どこの高校かなんて聞かなかった。栄高校といえばここいらへんではダントツでトップだ。ということは、あのずーずーしいやつも栄高校ってことで、そう聞くと賢そうに見えるから不思議だと思う。

「ラインのアドレス交換とかした?」

「してない」

 そんなこと考えもしなかった。

「じゃあ、瑛太に聞いてあげようか?」

「あ……」

 可南子は少し考えて、

「ううん。やっぱりいい。お互い受験で遊んだりする暇ないし」

 当たり障りのない返事をした。確かに良い人だと思うし数学もお陰で分かった。

「それに」

 可南子は言葉を繋いだ。咲に話していないことがあった。知っていたら気なんて使わなかっただろう。

「好きな人がいるから」

 それはもう諦めた人だけど忘れた人じゃない。

「えー初耳っ!」

 咲が叫ぶ。

「嫌われてて望みなんてないんだけど、まだ好きだから」

「何ー。可南子を嫌うなんて、私が成敗してやるっ」

「だめだよー。彼が悪いわけじゃないんだから」

 理想とはかけ離れている人だけど、その存在は心の奥底に突き刺さっている。

「告白したの?」

「できないよ。だって、嫌われてるから」

 一度じゃない。二度も三度も酷いことを言った。

「はっきり言われたの?」

「そういうわけじゃないけど」

 先日は怒りがはっきり顔に表れていた。

「それなら告白した方がいいよ。はっきり言われないと吹っ切るにも吹っ切れないから。私さ、後悔してるんだよね。太志に告白しなかったこと。なんか、誰と付き合っても本気になれないつーか。心をどっかに置いてきちゃったみたい」

「太志のことまだ好きなの?」

 それは中学の時咲が好きだった人だ。突然やめると言った理由を咲は教えてくれなかった。

「好きかも」

「じゃあ、なんでやめるなんて言ったの。咲が告白したらきっとうまくいったよ?」

 咲を振るなんて考えられない。

「だって。私が話しかけると太志がからかわれるんだもん。美女と野獣だとか、お前には勿体無いとか。太志は笑ってたけど、私が話しかけなきゃそんなこと言われないんだもん」

「そんなこと――」

 可南子は言葉が詰まった。太志もだけれど咲もおちゃらけて返事をしていたからそんなに気にしているなんて思わなかった。

「ねえ、じゃあ。高校を卒業するまでにお互い告白することにしようよ。咲が告白するなら私も告白する」

 一人なら勇気はでないけど、それが咲のためにもなるのならと思えばがんばれる気がした。

「分かった」

 咲の返事が耳の中で響いた。

「約束だよ」

 咲には幸せになって欲しいと思う。大切な友達だから。



 日を追うごとに寒さが増していった。師走になると模試と補習に追われた。推薦組みは先に合格を決め、受験への実感が現実になってくる。願書を揃え提出し、試験の日を待つ。

 一哉には避けられているみたいで、挨拶どころか顔さえまともに見ていなかった。咲とは相変わらず時々電話のやり取りとしていた。ピカ一男で懲りたのか、付き合っている人はいないらしく内容は世間話や学校の話ばかりだった。

 第一志望校の試験日は綺麗な青空だった。合格発表は家でネットで見た。便利な世の中になったものだと思う。その夜、家では、特大の寿司を家族で囲んだ。

 駆け足で日は過ぎていき、咲との約束の期限が来た。


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