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第7話「マリオンという女」

 次の日の放課後。陽介が帰り支度をしていると、横に優希が来て言った。


「陽介、ごめん。クラスの女子に呼ばれちゃった。先行っててよ」


 陽介はすまなさそうな顔をしている優希の顔を見た。


「何だよ、一緒にECB部の部室に行こうって約束してただろ」


 そこまで言って、こっちを見ている一人の女の子の視線に気づく。


「あの子か? なかなか可愛いじゃないか」


 優希もその女の子を見ると、彼女は恥ずかしそうに教室から出ていった。


「お前も相変わらず凄いよなぁ。入学してからまだ3日しか経ってないのに、もう5人の女の子から告白されてるじゃないか。このペースだと中学の時の記録を更新できるかもな」


「更新しなくていいよ。できるだけ傷つけずに断るのも大変なんだから」


 優希はため息をついた。


「じゃあ先に行ってるから、早くこいよ」


「うん。後でね」



 優希と別れた陽介は下駄箱で靴を履き替えると、本校舎の玄関を出てECB部の部室がある第十五校舎に向かった。


 第十五校舎は、本校舎からグラウンドを挟んだ場所、団地のようにそびえ立っている部室棟の中にある。校舎の数はどう見ても十以下しかないので十五という数には違和感があるが、それは不慮の事故で崩れたり、地下にある研究施設もカウントされているためだった。


 グラウンドでは既にどこかの部が練習を始めていたので、陽介は彼らの邪魔にならないように、グラウンドの端の並木通りへと歩いていく。


「……待って」


 木の陰から赤みがかった髪の女の子が出てきて、陽介の前に立ち塞がった。両耳にかかる部分を後ろで一つに束ねていて、前髪は目にかかるほど長い。


「何だ、マリオンか。おどかすなよ」


 彼女の名前は、風間梨音かざま りおん


 名字の最後の一文字と名前を繋げた『マリオン』が彼女のあだ名で、陽介と優希とマリオンの三人は、中学の頃からよく一緒に遊んでいた仲だった。


「優希を放っておいていいのか? あいつ、今日もまた誰かに告白されてたぞ」


「あの子は優希のタイプじゃないから大丈夫よ」


 マリオンは前髪に半分覆われた目を光らせて言った。


「高校に入ったんだし、お前もいい加減優希に告白したらどうだ? 早くしないと誰かにとられるかもしれないぞ」


「告白のチャンスは一度きりなのよ。そんな簡単にできるわけないじゃない」


 マリオンは、じっと陽介を見た。


「優希に悪い虫がつかないようにちゃんと見張ってくれるって約束、まさか忘れたんじゃないでしょうね」


「確かにしたけど、それは俺の目の届く範囲での話だっただろ」


 中学の時、陽介は盟理学園に入るために、トップクラスの成績だったマリオンに勉強の仕方を教えてほしいと頼み込んだことがあった。


 彼女の粘り強い教えの甲斐あって、何とか陽介は入学試験に合格することができたのだが、マリオンはその成功報酬として、自分の恋路の手助けを陽介に約束させていたのだった。


「なら、大丈夫。陽介が優希と一緒の間見ててくれれば、それ以外の時は私がちゃんとストーキングしてるから。危なそうな子にはちゃんと呪いかけてるし」


 中三の春に優希と良い感じになりかけてた子がいた。しかし、彼女は突然家庭の事情で海外へ引っ越してしまい、優希とはそのまま疎遠になってしまった。


 これがマリオンの呪いかどうかは分からないが、陽介は彼女の狂気にも似た愛情ならありえなくもないと思っていた。


「相変わらず怖えな。バレたら優希に嫌われるぞ」


「怖いとか言わないでよ。バレなければ問題ないでしょ」


 地球上から色恋沙汰のトラブルがなくならないわけだ、と陽介は改めて思った。


「そういえばストーキングで思い出したんだけど……」


 マリオンは急にけわしい顔をして、陽介に詰め寄った。


「優希のバストが昨日より2cmも増えてるじゃない。一体どういうことよ!」


「お前、そんなの目視でよく分かるな」


「当たり前でしょ。何年見続けてると思ってるのよ」


 見続けるだけじゃそんな特殊能力身につかないだろ、と陽介はツッコんだが、彼女にはそんな些細なことはどうでも良かった。


「何で胸が大きくなってるのよ! もしかして昨日私が病欠した時に異能力使ってたんじゃないの!?」


 マリオンは陽介の胸をつかんで、ぐいぐいと揺さぶった。


「お、落ち着け。確かに昨日、異能力プロレス部の新歓試合で使ってたけど、そこまで無理はしてないからあまり影響はないはずだ」


「異能力の使い過ぎにも注意しといてって言ったじゃないぃいい。優希が女の子になっちゃったら、どうしてくれるのよぉおおおお」


「く、苦しいって。優希は俺にとっても大事な親友だ。そんなことには絶対させないから、安心しろって」


「本当!? 約束したわよ、いいわね!!」


「分かった。分かったから手を離してくれ」


 彼女の束縛からようやく解放された陽介は、やれやれといった感じで歩き出しながら言った。


「それじゃ、俺はもう行くからな」


「あ、待ってよ。まだ用件は終わってないんだから」


 マリオンは早足で追いつくと、陽介の横に並ぶ。


「こっちは部室棟じゃない。ねぇ、どこの部に入るの?」


「まだ決めてない。今日はECB部の説明を聞きに行くだけだ」


「ふーん。じゃ私も行く」


「お前、ECB部って何か知ってるのか?」


「そんなの知らないけど、どうせ優希は陽介と同じ部に入るんでしょ。だから、私も同じ部に入るだけよ」


 陽介は何か言おうとしたが、彼女のすました顔を見ると何を言っても無駄だということが分かった。


「まぁいいか、でも実際に入れるかどうかは分からないからな」



 第十五校舎の前で遅れてきた優希と合流すると、三人は二階の廊下の一番奥のドアの前に立っていた。


 『ECB部』とかかれた表札の白い扉からは、かすかにコーヒーのいい香りが漂ってくる。陽介がノックをすると、どうぞと声が返ってきたので彼はドアを開けた。


 部屋の内装は白を基調とした喫茶店に近かった。教室と同じくらいの広さで、中央には高級そうなソファーとテーブルが置かれていた。壁は上半分が白色、下半分が木目のデザインで囲まれていて、天井にはおしゃれな電球とファンが吊されていた。


「やぁ、いらっしゃい。昨日の試合はライブ中継で見てたよ。二人ともよく来てくれたね」


 部屋の奥のカウンターでコーヒーを淹れていた部長の大野は、笑顔で彼らを出迎えた。


「お邪魔します。今日の説明会ですけど、もう一人参加してもいいですか?」


 陽介がそう言うと、マリオンは前に出て名乗った。


「風間梨音です。あだ名で呼ばれ慣れてるので、先輩もマリオンって呼んでください」


「よろしく、マリオン。もちろんOK、と言いたいところだけど……」


 大野はそこで言葉を区切って、彼女を見ながら何かを悩んでいるようだった。


「私は優希や陽介と中学の頃からの友達なんです。お願いします」


「なるほど。じゃあ一つ質問、キミの異能力は何か聞かせてもらってもいいかい?」


 大野の質問を聞いたマリオンの動きが止まった。


「……どうして私の異能力が関係あるんですか?」


「ここECB部、つまりエクストリーム・コーヒー・ブレイク部は、極限状態でもコーヒーを飲める平常心を養う部でもあるんだけど、これは結構難しいんだよ。できれば平常心を失った時でも、自らの異能力で切り抜けることができる人の方がいいんだ。命にかかわるかもしれないからね」


「エクストリーム・コーヒー・ブレイクって、そんなに過酷なんですか?」


「エクストリームな状況に身を置くんだ。何が起こるか分からないからね」


 マリオンは顎に手を当てながら考えた。


 優希と一緒ならどこの部でもいいんだけど、死の危険があるのはちょっと嫌だ。でも、本当に死ぬような状況にはならないだろうし、もしそういう状況になったとしても、それは逆に優希との仲を深めるチャンスかもしれない。極限状態って吊り橋効果とかありそうだし……。


 優希と出会ってから今年で四年目、まだ友達以上の関係になれない事実に、マリオンは歯噛みしていた。さっき陽介に言った言葉とは裏腹に、今年こそは何とかしたいと密かに思っていた彼女にとって多少のリスクは目に入らなくなっていた。


 ただ、自分のあの異能力を明かすのは、どうにも抵抗があった。



「どうしても言わなくちゃダメなんですか……?」


「どうしても、というわけじゃない。言いたくないなら無理に聞き出そうとはしないさ。その代わりに……そうだな」


 大野はカウンターに戻ると、冷蔵庫から牛乳瓶を一本取り出してきた。


「この牛乳を笑わずに飲み干すというのはどう?」


「いいですけど、何でTVのバラエティ番組みたいな条件なんですか?」


 いぶかしむマリオンの様子を、大野は楽しそうに眺めている。


「そう、いいところに気づいたね。まさにTVのバラエティ番組を考えてもらえればいい。そうすればこの条件の意味に気づくはずさ。キミはアイドルで、牛乳を吹き出さずに飲めるかに挑戦するTV番組に出演してるとして……あ、気分が出るように一応撮影させてもらうからね」


 大野はそう言うと、スマホを取り出して録画を始めた。


 マリオンはまだ大野の真意を測りかねていたが、とりあえずやってみることにした。


 ポンッといい音をさせて牛乳瓶の紙キャップを取ると、左手を腰に当てて右手で瓶を持ち、口に付けた状態で大野の顔を見る。


 彼はそれ以上のヒントを与える気はないらしく、黙ってスマホ越しに眺めている。


 それなら一気に飲み干すまで、とマリオンは勢いよく瓶を傾けて牛乳を飲み始めた。ゴクッゴクッという喉を鳴らす音だけが部室の中に響く。


「あ、そうそう。僕の異能力の説明をするのを忘れていたね。『デイリーギフト』と言って毎日内容が変わるんだ。珍しいだろ? 今日の異能力はなんと……」


 大野は陽介の手を取って、何か喋ってみてとうながした。


「何かといきなり言われても困るにゃー」


 自分の思いがけない言葉にあわてふためく陽介に、全員の目が集中した。


「どうだい。今日の異能力は『会話の語尾を「にゃー」にする能力』だ!」


「先輩元に戻してにゃー。うわ、ちょっと早くやめて欲しいにゃー」


「あはははは。陽介かわいい~! 最高!」


 可愛い口調であせる姿に優希と大野が爆笑する横で、マリオンは体を震わせながら必死に笑いをこらえていた。


「大丈夫。キミ一人じゃなければ恥ずかしくないはずさ、ほら」


 大野はそう言うと、優希の手も取った。


「あ~あ~ どう、陽介? 可愛いかにゃー?」


「やめろ、被害者を増やすんじゃないにゃー」


「すまない。お詫びと言っては何だが、僕も自分に異能力を使ってみたにゃー」


 男三人のキモカワイイネコ語の連続攻撃に耐えきれず、ついにマリオンは盛大に牛乳を吹き出してしまった。



「あ……」


 マリオンは牛乳の飛び散った床を見つめていたが、やがて近くにあったペーパータオルに気づくと、それを使ってノロノロと床の掃除を始めた。


「ちょっと、先輩。今のは反則なんじゃないですかにゃー?」


「そうだにゃー。僕もついつられちゃったけど、フェアじゃないと思うにゃー」


 陽介と優希はそろって抗議したが、大野は取り合わずに異能力を解除した。


「TVのバラエティ番組を想定するように、というのは事前に伝えたはずだよ。なら、彼女はただ牛乳を飲むだけじゃなくて、周りに笑わせようとする圧力があることを想定しなければならない」


 大野はスマホで撮影した映像を見せた。


「そして、彼女は吹き出した。どうだい、この芸人顔負けの豪快な吹き出し方と、それに気づいた後の少し恥ずかしそうなリアクション……文句なしに合格だ!!」


「……え、合格!?」


 マリオンはびっくりしたように大野の顔を見る。


「え、笑って吹き出しちゃダメなんじゃないんですか?」


 陽介もわけが分からないといった感じで、その理由を尋ねる。


「それは表向きの目標だ。TV的に何のリアクションもせず、黙って牛乳を飲み干すアイドルが賞賛されると思うかい? つまり表向きの目標とは別に真の目標があって、本当はそっちの方を達成しなくちゃならないのさ。優希くんはそれが何だか分かるかい?」


「確かにTVだと、みんな耐えきれずに吹き出してたかも。さらに言うなら、口からちょっとこぼすより、派手に吹き出す方がウケも良かったような気がするけど、そういうこと?」


「その通り。表向きの目標は笑わずに牛乳を飲み干すことだけど、真の目標はそれとは全く逆で、笑って可愛く豪快に吹き出すことなのさ」


 大野はマリオンの側に歩み寄って、先ほどの映像をスローモーションでリプレイしながら言った。


「マリオンはあの短時間で真の目標に気づいて実行した。見事な洞察力と行動力だ(……)」


「……?」


「やったね、マリオン!」



 優希たちの笑顔とは対照的に、マリオンは浮かない顔をしていた。陽介たちが部室に入ってソファーに腰かけた後、彼女は奥のカウンターにいた大野の所へ行って小声で尋ねた。


「最後に『ということにしておこうか』って小声で言ったのは何故なんですか……ひょっとして、からかってるんですか?」


「ごめんごめん、陽介くんと優希くんにはここに来るのに結構厳しめの条件を出したんだ。それなのに、いくら彼らのお墨付きとは言え、キミだけ無条件なのはフェアーじゃないと思ってね」


「つまり、形式上条件は出したけど、どういう結果になってもクリアになってたってことですか? 噴き出さなければOKだし、噴き出してもさっきみたいにそれらしいことを言って条件達成にして」


「さぁね。でも、今のキミの発言でも見事な洞察力があるのは証明されたからそれでいいじゃない。可愛い後輩候補が一人増えたことと、面白い動画が撮れたことは喜ばしいことだし」


 大野が再度映像をリプレイして見せると、マリオンはため息をつきながら言った。


「……その映像は早く消してください。でも、これで私も説明会に参加してもいいんですよね」


「ああ。副部長が来たら始めるから、それまでもう少し待ってて」


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