第5話「新歓試合」
スタッフからPVが終わるまで入場は待てと言われたので、陽介と優希は場内を映す中継モニターを眺めていた。
入場ゲートの上には巨大なスクリーンがあった。その画面にはいつの間に作ったのか、陽介のPVが流れていた。
「――純愛に生きる最強の男、片桐陽介。
『俺は初恋の人との約束を果たすために、異能力を身につけてこの学園に入ったんです』
異能力名:重怪力光線
解説:アルキメデスの鏡、ニコラ・テスラの荷電粒子砲、SDIのX線レーザーなど、指向性エネルギー兵器の歴史は古くから、常に人類のロマンたり続けた。かつて最強とうたわれた異能者の元で修行した彼はわずか1年で免許を皆伝し、新たな時代におけるロマンの体現者となった。
『陽介はあまりケンカとかしないけど強いんじゃないかなぁ。光より速い攻撃なんてないからね』
『そう、俺は強い。だが、この学園は取るに足らない反社会的生物の集まりだった。ぐわっはっはっは! お前らなんか全員ザコだ!』
PVの中で大悪人のように顔を歪めた陽介が、ダミ声で高らかに笑いながら観客を罵りはじめた。
『お前らは来る日も来る日も、クソみたいなメシを食べてクソをひねり出す。そうやってクソの純度を高めるくらいしか取り柄がない、どうしようもない豚野郎だ。俺が今からケツと性根を叩き直してやるから、ありがたく思え!!』
――」
PVが終わって巨大スクリーンの下に歩み出た陽介にスポットライトが当たると、観客から容赦のないブーイングが浴びせられた。
「何なんだよこれ。俺こんなの喋ってないぞ!」
「どうやら、連金部のブースにいた時の会話は録音されてたみたいだね。違和感なく言葉を切り貼りして編集してたし、やけに大きい隣のブースとの緑色の仕切りも背景を加工するためだったと。これは、してやられちゃったなぁ」
ステージの裏側から優希の軽い声が響いてきた。
「感心してる場合か! 多分このままだと、次はお前の捏造PVも流れるんだぞ」
「今更そんなこと言ってもどうしようもないでしょ」
陽介は、ため息をついて頭上のスクリーンを見守るしかなかった。
そこには彼の予想通り、優希のPVがグラビアアイドルのプロモーションビデオのような形式で進んでいた。
「――盟理学園ミスコン最有力候補の男 宮坂優希へのドキドキインタビュー!
Q:男の子にしては可愛すぎるけど、本当は女の子じゃないの?
『異能力を使いすぎると女の子の体に変わっちゃうんだ。今はだいたい半々くらいかな。体の変化は元には戻せないんけど僕としてはどっちがいいか分からないから、今のところはなりゆきに任せてる感じかな』
Q:それでも男性と女性、どっちを選ぶとしたら?
『一番良いのはどちらの良いとこ取りができる今の状態かも。例えば女性なら女性専用車両に座れたり、レディースデーで映画とかが安く観れたりできるし、男性ならお化粧やヘアメイクに時間をかけなくていいし、生理はこないし、トイレも混まないし……』
Q:じゃあ、恋人はいるの?
『中学の時は男の子女の子どちらからも言い寄られてウンザリしてたから、当分はフリーがいいかな』
Q:好きな相手のタイプは? 性別は?
『う~ん、今はどっちだろ……って当分フリーでいいって言ったでしょ。はい、次の質問』
Q:そんなこと言っても、もし良い人に出会えたなら付き合う気はあるんでしょ?
『そりゃあまぁ、ちょっと付き合うくらいならいいけど……』
Q:ヒュー!
『そこ勝手に盛り上がらない!』
Q:じゃあ、好きな言葉は?
『アリストテレスの言葉で、友情とは二つの肉体に宿る一つの魂である、かな?』
Q:趣味は?
『ペットの世話と、お笑いライブに行くことかなぁ』
Q:優希くんの異能力は?
『ミミクリーっていって、相手の異能力を真似ることができる能力だよ』
Q:試合にかける意気込みをどうぞ
『精一杯頑張るからみんな応援よろしくー! ってこれでいいの?』
『おい、優希は外見以上に中身も変わっているんだ。覚悟がないなら不用意に近づくんじゃない。見た目の可愛さに騙されると、とんでもない目に遭うぞ』
Q:何ですか、あなたは。優希くんが一体どう変わっているって言うんですか?
『優希、どうせ今日も持ってきてるんだろ? 見せてやれよ』
『見る? 可愛いよ』
Q:うわああああ(ピー……)
(画面暗転中)
『大丈夫? 驚きすぎだって、あはは』
(優希の無邪気な笑顔を映したシーンが、スローモーションで次々と流れる)
ただいま会場入り口横では、プロマイドやポスター、ミスコン応援Tシャツなど、宮坂優希くんの限定グッズが販売中です。数には限りがありますので、お早めにお求めください。
『とにかく、みんな応援よろしくねっ!』
――」
PVが終わって出てきた優希にスポットライトが当たると、会場では男女両方から大きな歓声が上がった。
優希の名前をはやし立てる者、花道のところにかぶり付いてスマホで撮影を始める者、入場口に殺到してグッズの争奪戦を繰り広げる者。会場のボルテージは一気に上がった。
「随分俺の時と扱いが違うじゃないか。何で優希のはこんなに気合入ってるんだよ……まぁそこは置いたとしても、断りなく勝手にこんなPVを作って流すなんて、一言文句言ってやらないと気が済まないな」
「まぁ落ち着いてよ、陽介」
「お前ももっと怒れよ。入学初日に大々的にプライベートをばらされたんだぞ」
「んーまぁそうなんだけど、いずれバレることだし、いちいちみんなに説明する手間が省けて良かったかなって」
「本当お前はポジティブシンキングだよな……」
「でも、自分のことのように怒ってくれてうれしかったよ。ありがとう、陽介」
「そんなこと気にするな。それより、そこまで開き直ったなら観客に手でも振ってやったらどうだ」
10m以上はある花道を、優希は観客にアピールしながら、陽介はその様子を見て苦笑しながら歩いた。リングの中に入って場内を見渡していると、リングアナウンサーが対戦者チームの名前をコールした。
「続きましては、赤コーナーよりタッグチャンピオンチーム、カスティゴとディアボリカ様の入場です!」
PVの代わりにド派手な花火がゲートの横から噴出する中、激しいロック調の曲に乗って二人組のレスラーが現れた。
一人は両肩に二人の黒焦げの男を抱えた、長髪で目つきの鋭い大男。もう一人の女性は袖にヒラヒラのついたゴージャスできわどい衣装に身を包み、悪魔の顔を模した口元の開いた覆面を被っていた。
会場が歓声に包まれる中、大男だけが観客席の通路からゆっくりとリングに向かってきた。最初は様子見ということなのか、覆面の女性は巨大スクリーンの下で腕を組んだまま動かない。
リング横の実況席では、実況者がマイクを使って会場中に聞こえるように喋り始めた。
「さぁ、新入生歓迎試合の第三試合ですが……よく見たら、カスティゴが抱えているのは、第二試合で火炙りにした新入生です。陽介くんたちも彼らのようになってしまうのでしょうか」
「炎の処刑人と呼ばれる無敗の大巨人を、二人がどう攻略するのか非常に楽しみですね。なにしろ彼はみんなをザコ呼ばわりするぐらいの威勢のいいタンカを切りましたからね」
その声に聞き覚えのあった陽介は、実況席の男を指さして大声で叫んだ。
「あっあんたは……! あれはドMの先輩に言わされたセリフじゃないですか。あのPVも捏造されたものだってちゃんと訂正してくださいよ!」
「僕が訂正するのは簡単だ。しかし、真実は自らの手で掴みとってこそ本物と言えるだろう。キミがあんなやつじゃないということは、キミ自身の行動で明らかにした方が説得力も増す。そういう意味ではこの戦いはまさにうってつけだと思わないか」
「だめだ、もっともらしい話で煙に巻こうとしてる……」
頭をかかえる陽介を見て、優希が笑いかける。
「まぁまぁ、昔の決闘裁判みたいで面白そうじゃん。それにここに来るような人には、あれが試合を盛り上げるためのパフォーマンスだってことはちゃんと分かってるって」
「……よく分かってるじゃねぇか。どっちが勝つか分からないハラハラした展開が期待できない分、お前らはああでもするしかないっていうのは明白だからな」
陽介たちがその声に振り返ると、カスティゴと呼ばれた大男がリングの上に立っていた。両肩には気を失った黒焦げの新入生を軽々とかかえている。
2メートル以上ある身長で逆三角形の均整のとれた上半身、発火能力を宿す燃えるような真っ赤な瞳からは、何をするか全く読めない狂気のオーラを漂わせている。
相手から視線をそらさないまま、陽介は小さく言った。
「優希は下がってろ。俺が相手する」