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第3話「ECB部へようこそ」

 陽介と優希は松田に教えられた場所へと向かった。


 グラウンドの横にあるブース群の中にその部はあった。ブースの中では、ウェイターの服を着た男がコーヒーカップとソーサーを片づけていた。


 その服にはきちんと折り目がついていたが、ノータイでシャツのボタンは首元から一つ外されていた。彼は来客に気づくと、ウェーブのかかった茶髪を揺らしてにっこりと微笑んだ。


「やぁ、いらっしゃい。美味しいコーヒーがあるんだけど、良かったらウチのブースで休んでいかないかい?」


「あの、のぼりには何も書いてないんですけど、ここがECB部で合ってますか?」


 陽介の問いを聞いて、その男は二人を改めてじっくりと見ながら言った。


「そう、ここがECB部だよ。詳しいことは飲みながら話そうか。二人ともコーヒーでいい? そう、じゃあそこに座ってて」


 二人がブースの椅子に座ると、優希は奥から漂ってくるコーヒーのかぐわしい香りに、大きく息を吸い込んだ。


「わぁ、いい香り! 喫茶店で出てくる本格派っぽい!」


「ウチの部の特製ブレンドなんだ。喫茶店レベルでもお金は取らないから遠慮なくどうぞ」


 そう言うと、その男はブースの奥に設置してあるテントの中に入っていった。



 ほどなくすると、テントの中からウェイトレス姿の女性が現れて、二人の前にコーヒーカップを置いた。


「どうぞ」


「ありがとうございます。いただきます」


「うわっ! それほど苦くなくておいし~い。インスタントとは全然違うよ」


 二人がその味に感嘆していると、その女性はテーブルをまわり込んで陽介の正面に座った。


「ようこそECB部へ。私は副部長で二年の石川奈々子。さっきのウェイターは部長の大野。もうすぐ来るから、私もここで待たせてもらう」


 石川は落ち着いた声でそう言うと、陽介の顔を正面からじっと見つめた。


 陽介もその視線を受けて、コーヒーを飲みながら彼女を観察した。


 日に当たると少し青く光る黒髪が、まっすぐ肩まで伸びている。ほっそりとして整った顔立ちや物静かな振る舞いと合わせると、清楚な日本人美女という言葉がしっくりくる。


 それなのに、胸は日本人離れした大きさを誇っていた。胸が強調されるウェイトレスの衣装を着ているせいか余計大きいように見える。


 陽介が彼女の胸から目をそらしてカップを口につけると、優希が小声で話しかけてきた。


「ブースに来てもまだ見当がつかないんだけど、ECB部って何の略か分かった?」


「いや全然。さっきスマホでググってみたらEuropian Central Bank、欧州中央銀行とか出たけど、絶対違うだろうな」


「コーヒーと全然関係ないもんね。そう考えると、真ん中のCはコーヒーのCっぽいね」


「『連休前の金曜日部』とかあるくらいだからここも変な部だとは思うけど、やっぱり想像つかないなぁ……そろそろギブアップして、石川先輩に聞いてみようか」


 陽介は石川の方へ視線を戻した。


 彼女は自分のエプロンからコーヒー豆の入った袋を取り出しているところだった。封を丁寧に破ると、自分の口にコーヒー豆を次々と放り込み始める。


 ゴリッ、ガリッ、ボリッ……


 硬いものを奥歯でかみ砕く音が、辺りに響き渡る。


「ね、ねぇ陽介。コーヒー豆だよね、あれ」


「ああ……」


「コーヒー豆ってあんなふうに食べれたんだ。てっきりもっと硬くて苦いものかと思ってたよ」


「アホか、麦チョコ食ってるんじゃないんだぞ。あんな風に平然としてられるもんか」


「だよね……」


 石川は怪訝そうな二人の視線に気づいた。自分が食べているものを彼らも欲しいと思ったのか、手の平にコーヒー豆を数粒乗せて差し出す。


「良かったら、どうぞ」


 陽介は一粒つまみ取って、硬さと香りを確かめた。間違いなく焙煎したコーヒー豆だ。


「まだコーヒー残ってるんで、当面は食べなくても間に合ってるかなって思いまして……」


「……そう」


 石川の目から、つうっと涙がこぼれた。


 陽介はあせった。自分の好意を無下にされたのは、きっと彼女にとって涙を流すほどのショックだったのだろう。


「わぁっ! すいません、やっぱり食べさせてください!」


 陽介は石川が差し出したコーヒー豆を口の中に押し込んだまま、彼女の反応をうかがった。


 石川は目を赤くしてひっくひっくと泣きじゃくり始めていた。自分のせいで泣かしてしまったという罪悪感に押されて、陽介は仕方なく覚悟を決めた。


 奥歯でコーヒー豆をすり潰すように噛み砕く。すると、人体にとって有害な物質を押し流そうとするように、唾液がとめどもなくあふれてきた。


「うぇええ……」


「あれ、陽介ももらい泣き?」


「苦いから泣いてるんだよ」


 苦い、苦すぎる。これを砕いて抽出したお湯が苦いのだから、当たり前だ。


 陽介は額にしわを作って苦みに耐えていたが、結局ひとかけら分も飲み込むことはできなかった。力なく立ち上がってよろよろと近くの茂みにしゃがみ込むと、口の中のものを残らずリバースした。



「あれ、どうしたの? もしかして、さっきのコーヒー口に合わなかった?」


 ブースの奥のテントから出てきた先ほどの男、大野は涙目の陽介に尋ねた。


「いや、それはおいしかったんですけど、コーヒー豆が苦くて……」


「ああ、石川さんの真似をしてみたのか。僕にはとても無理だけど……すごいねキミ」


 大野は陽介の背中をさすって介抱した後、ブースに戻って言った。


「石川さんが泣いたのは、たぶんキミのせいじゃないよ。多分、彼女の異能力『マルチタスキング』が関係してるんじゃないかな。彼女の自宅には9体の分身みたいなのがいて、それぞれが見聞きしたことを全て本人の体験にすることができるんだ」


「へええ、便利そうですね。その異能力」


「石川さん、今やってることを彼らに教えてあげてよ」


「えっと……量子工学とAIの研究、2つの定額動画配信サイトの視聴、こないだのスプリングセールで買ったゲーム、小説とマンガ、株とデイトレード」


「つまり、彼女は今こうして俺たちと喋るのと同時に、2つの分野で博士号を取るほどの勉強をして、映画やアニメを見まくり、時間泥棒なゲームを心ゆくまでプレイしながら、世界一の読書量をこなしつつ、一財産を築いているのさ」


「すごいいぃ……! それだけ色々できたら、もう学校行く必要もないんじゃないの?」


「それは違う。こうやってみんなと学園生活を送るのは今しかできないから。私の人生には必要なことだと思うの」


 石川はそう言うと、優希に向かってかすかに笑った。


「はぁ~さすが10倍濃い人生を送ってる人は、言うことが違うや。でも、それが泣いたのとどう関係があるの?」


「詳しくはネタバレになるから言えないけど、今見てる海外ドラマでヒロインがようやく結ばれたのがうれしくなって泣いちゃったの」


「なんだ……俺がコーヒー豆を食べないのが悲しいんじゃなくて、海外ドラマで感極まって流した涙だったんですか」


「彼女は9体の分身の体験をリアルタイムに受けてるから、時々ひどく情緒不安定に見えるんだ。あまり気にしないでやってよ」


「はぁ……」


 無駄に苦しい思いをしたことに気づいた陽介は、ぐったりとブースの椅子の背もたれに身を沈めた。


「おっと、石川さんのことばかり話してしまったね。僕は二年の大野辰也、ECB部の部長をさせてもらってる。どうぞよろしく」


 大野は爽やかな笑顔で、二人に握手を求めた。


 陽介と優希は身を正してその手を握り返すと、自分たちも軽く自己紹介をした。そして、連金部の松田の紹介でここに来たことを告げた。



「それで、松田が僕たちの部を勧めてくれたきっかけは何だったの?」


「多分、俺が大きな目標を成し遂げるためにこの学園に入ったってことを話したからだと思います」


「なるほど、大きな目標ね。漠然としてるけどイメージみたいなものはあるの?」


「もし起業するなら、世界で十本の指に入るくらいの格付け評価を得る感じですかね……」


「となると、グ〇グル、ア〇ゾン、フ〇イスブック、ア〇プル、ネ〇トフリックス、マ〇クロソフトくらいの規模ってことになるね。なら、まだ未開拓の分野を運良く見つけて成功できたとしても相当厳しいね、それ」


「ええ、だから俺自身も起業という線では考えていません。経営センスやイノベーションを起こせるような頭の良さもないですし……その代わり、俺にはこれがあります」


 陽介は右手を力強く握った。


「俺は少しは腕に覚えがあります。この強さを生かして成し遂げることができる偉業があるなら、教えてもらえませんか」


 大野はコーヒーを一口すすって言った。


「戦国時代ならいざ知らず、今の時代に腕っぷし一つでのし上がるには、相当に突き抜けた強さが求められるよ。少なくともこの学園で最強は名乗れるほどじゃないとね」


「大丈夫です。俺は露崎師匠から免許皆伝を受けていますから」


 その言葉に大野と石川は目を見合わせた。


「その露崎っていう人は僕たちは知らないけど、自信はあるようだね」


「俺はまだ未熟だけど、師匠の強さは本物です。あの人に認められたってことは、そこそこ行けるとは思います」


「あんなこと言ってるけど、陽介はすごーく強いんだから。この学園にどれだけ強い人がいても、陽介に勝てるような相手は一人もいないんじゃないかな」


「おい、俺ばっかり変に持ち上げるなよ。漫才のフリみたいに聞こえるじゃないか」


「じゃあ、陽介は世界最強ってことで。たとえ異能力者で組織された100万の軍隊にも負ける要素はないって保証するよ」


「上げるなって言ったのに、何でさらに上がってるんだよ!」


「変に上げるなって言われたから、いっそ突き抜けた方がいいかなって」


 大野は肘でつつき合う二人を見ながら、もう一つ質問をした。


「ちなみにキミたちの言う偉業って、いつまでに達成しなければならないみたいな期限ってあるの?」


「残りはあと一年半くらいです」


「あるよ、そのくらいの期間で偉業を成し遂げる道が」


「やっぱりこんな短い期間じゃ難しいですよね……って、あるんですか!? 本当に!!??」


 大野があまりにもサラッと言うので漫才のようなやり取りになったが、陽介は勢いよく椅子から立ち上がると大野の前に身をせり出した。


「おっ、そのノリツッコミうまいね。案外、漫才師としても大成できるかも」


「じゃあ、僕が陽介の相方になってあげるよ。コンビ名は何がいいかな……」


「僕ならインパクト重視より親しみやすい名前にするな。『こーひーたいむ』とかどう?」


「喫茶店のマスターとお客の関係で定番コントも作れそうだし……ありかも」


「そんなことはどうでもいい。大野先輩、さっきの話を詳しく聞かせてください!」


「陽介、そこもノリ突っ込みしないと。『いらっしゃい、何にします?』『いつもの』『お待たせしました。ところでお客さん、この店初めてですよね』『よく分かったね……ん? じゃあいつものって言って出したこの飲み物は何なの?』『ふふふ……』」


「だから、漫才はもういいんだって!!」


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