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第18話「強襲!大演劇部」

 優希とマリオンが放課後に病室を訪れると、陽介の母親がベッドの横に座っていた。


「あら、優希ちゃん来てくれたの? それに今日はマリオンちゃんも」


「はいこれ、みんなからのお見舞い。陽介の具合はどう?」


「まぁ……わざわざありがとうね。幾分かは落ち着いたみたいだけど、まだ予断を許さない状況だって、お医者さまは言ってたわ」


 彼女は果物の篭盛りを受け取ると、ベッドに横たわる息子を心配そうに見守った。



 陽介の母親は美人だと褒めるほどではないがよく気の利く人で、二人が家に行った時はいつも明るい顔をして出迎えてくれていた。


 何でも大恋愛の末に親の反対を押し切って結婚したらしく、陽介の春日野さんへの激情は母親譲りだと、優希たちは妙に納得したものだった。


 そんな彼女がここまで暗いのは、よほどの心痛なのだろう。優希は笑顔を作って言った。


「おばさん、陽介のことが気がかりなのは分かるけど、昨日から泊まりなんでしょ。なら、今日は帰った方がいいよ。僕たちが看病するから心配しないで」


「でも、そんなの悪いわ……明日も学校あるんでしょ」


「おばさま、陽介なら大丈夫だって。春日野さんに会えなくなってふさぎ込んでた時より、顔色はいいみたいじゃない」


「……そう言われればそうかもね。家のことも気にかかるし、じゃあ、今夜だけお願いしようかしら」


 陽介の母親が病室を後にすると、優希とマリオンはさっそく行動に移った。




 真っ暗な部屋の中、陽介は息苦しさで目を覚ました。


 手探りでスタンドの明かりをつけると、壁の時計が午前零時過ぎを指しているのが見えた。


「……ずいぶん寝ちゃってたな」


 ベッドから上半身を起こしてスマホの着信を確認しようとしたが、下腹部の鈍痛に阻まれた。シーツをめくって病状が回復してないことを確認すると、思わず深いため息が漏れる。


「入院しても治らないのかよ……一体どうすればいいんだ」



 絶望の中でも、鈍痛はますます激しさを増していく。


 痛みに耐えきれなくなった陽介は、ナースコールのボタンを探した。ベッドの手すりにあったボタンを押すと、あぶら汗を流しながら助けが来るのを待った。


「片桐さん、どうしました? まぁひどい汗!」


 ノックをして入ってきた若くて美人の看護師は陽介の容体を確認した。薬を飲ませた後、洗面器の水で絞ったタオルで彼の体をふき始める。


「ありがとうございます……ああ……少し楽になりました」


「濡れたままだと風邪を引くから、今のうちに服を脱いで着替えてください」


 彼女はベッドのカーテンを引いて、その裏で待機した。陽介は服を脱いでパンツ一丁になると、カーテンの隙間から濡れた入院着を渡した。


「どうしました? 下着がまだ残ってますよ」


「……布が擦れただけで痛むし替えもないので、下着はいいです」


「ハサミを渡しますので、それで横から裁断して脱げば痛くありませんよ。替えのものは用意してますので、脱ぎ終わったら声をかけてください」


「なるほど……じゃあ失礼して」


 パンツの横を切ると、彼はあっという間に全裸になった。


 振り返って声をかけようとすると、いつのまにかカーテンは元に戻っていて、薄明かりの中で看護師が立っているのが見えた。


「あの……何で、看護師さんも服を脱いでるんですか?」


 彼女は前ボタンをゆっくりと外していた。ナース服を脱ぎ捨てると、彼女の柔肌と純白の下着が暗がりの中で艶めかしく光った。


 陽介は金縛りにあったように彼女から目を離せなかった。しかし、股間の怒張に目をやった看護師が一瞬ひるんだのを見て、自分が全裸だったことを思い出した。何とか後ろを向いて座りこむと、先ほどの質問の返事を待つ。


 彼女は上気した笑みを浮かべながら、陽介の背中に向けて言った。


「今は一時的に薬で抑えてますが、このまま精を出せなければ、あなたは明日にも死に至ります。でも、先生が考案した特別な治療法なら治せそうだということが分かったんです」


「治療法が見つかったのは朗報なんですけど、何で看護師さんが脱いでいるんですか……」


「精を出してもらうにはこの格好が必要なんです。だから安心して身をまかせてください。大丈夫です、天井のシミの数をかぞえている間に終わりますから」


 陽介は半裸でのしかかってくる看護師から逃げるように、床の上を後ずさった。


「やっぱり雰囲気がおかしくないですか? 変なことをしたら人を呼びますよ!」


「恥ずかしがり屋さんなんですね。これは少し荒療治が必要かもしれません」



 彼女が携帯で連絡を取ると、10人を超える看護師が部屋に入ってきた。


 彼女たちは陽介のまわりをぐるりと取り囲むと、下着だけの姿になってこれから起きようとしていることをじっと見守った。


「やめろ、やめてくれ!」


 陽介は半狂乱になって抵抗しようとした。しかし、柔肌の壁に阻まれた室内の中には逃げ場も目のやり場もない。できることは股間を隠しながら目を固く閉じることだけだった。


「知ってますか? 演劇もセックスも多くの人に見てもらった方が気持ちいいんですよ……まだ足りないみたいですし、もう一人加わってもらいましょうか」


 看護師たちは病室にあるクローゼットへ一直線に向かうと、中に潜んでいた優希を引きずり出した。


「視線すら向けなかったのに、よく僕が隠れているのが分かったね……マインドブレイカー安本」


「彼の入院は時間の問題でしたからね。隠しカメラやフェイクのナースコールボタンを仕掛けた部屋にご招待したおかげで、あなたたちの行動は手に取るように分かりましたよ」


 安本は、羽交い締めにされた優希に微笑みかけた。


「今はあなたに用はありませんが、片桐陽介は粛清しなければなりません。五英侠をおびやかした者がどうなるか、そこでじっくりと見ていてくださいね」


 安本はスマホで室内を撮影している看護師に向かって、軽く礼をした。


 その映像は盟理学園本校舎最上階の会議室に中継されていて、生徒会長の南条とディアボリカが彼女のショーをライブで眺めていた。




 陽介はヨロヨロと立ち上がると、安本をにらみつけながら右手を突き出した。


「そうか……お前がこのロクでもない苦しみの元凶か。今日限りで終わらせてもらうぞ」


 陽介が必殺の体勢に入っても、安本たちは彼の疲労した姿を見てクスクスと笑っていた。


「あなたはもう無力なんですよ。こうやってもっと際どい格好を見せるだけで、股間は耐えきれなくなるんじゃないですか?」


 彼女たちは一斉にブラを外すと、両肩を抱くようにして乳房を腕で覆った。


 陽介は構わずにレーザーを放とうとしたが、目に飛び込んできた扇情的な光景は瞬時に股間の痛みへと変わった。あまりの激痛に伸ばした腕さえ支えきれない。


「苦しいですか? 私としても無駄に殿方を苦しめることは好きではありません。生徒会長と私に永遠の服従を誓うなら、解放してあげてもいいですよ」


「……断る!」


「このままだと生殖機能が失われるどころか、最悪の場合は死んでしまうかもしれませんよ?」


「俺の命はすでに思い人に捧げてるんだ……俺に死を前提にした脅しは効かん!」


 陽介は床に転がったまま言い放った。


「あなたならそう言うと思ってました。これで安心してフィナーレに進むことができます」


 安本は満足そうな顔をして陽介のそばに屈みこむと、彼の口に自分の口を重ねた。



「陽介!」


 陽介のくぐもった悲鳴を聞いた優希は、羽交い絞めから逃れようとして暴れた。


 三人がかりで拘束され身動きが取れなくなっても、陽介は無念の嗚咽を漏らし続けていた。


「お別れのセリフは一番の見せ場ですから、言い間違えないように手伝ってあげましょう」


 安本が口を動かすと、陽介の口もそれにつられるように連動して動く。陽介は驚きで目を見開いたが、口から出たのは間の抜けた発声練習の言葉だった。


「あああああ~ 本日は晴天なり。マイクテストマイクテスト……」


 安本はベッドの横にあった陽介のスマホを手にすると、彼の指に指紋認証ボタンを押し付けた。ロックの解除に成功すると、連絡先の一覧を指でスライドさせていく。


 彼女はその中から『春日野歩美』の名前を見つけると、ビデオチャットのコールボタンを押した。


「あなたのその思い人のことは、中学時代のクラスメイトから聞き出しました。もし彼女が裸の女性に囲まれているあなたの姿を見たなら、どう思うでしょうか」


 コール音が鳴り響く中、看護師たちはパンティを脱ぎ去って全裸になると、あられもないポーズで陽介に密着した。陽介は必死になって逃げようとしたが、下半身に少しでも力を入れただけで脳天にまで激痛が突き抜けた。


 通話が繋がるとスマホの画面には、夕暮れをバックに外国の街中を歩いている美しい女性の姿が映った。



「陽介くん、久しぶり! 今、学校から帰ってるとこだけど……あれ? 誰ですかあなた」


 安本はスマホの画面を陽介の方に向けた。彼は苦しげな顔とは対照的に明るいトーンで話し始めた。


「やぁ。実は高校でいっぱい彼女ができたから、もう春日野さんのことはどうでもよくなったんだ。気を持たせとくのも悪いから、僕のことは構わないでほしいって言っとこうと思ってね」


「いきなり何言ってるの……? どうしてそうなったのか、ちゃんと説明してよ」


 突然のことに困惑する彼女に、陽介は心底うっとうしそうな口調で答えた。


「うるさいな、もう二度と会わないんだし、喋るだけ無駄だろ」


 陽介にまとわりつく全裸の看護師たちも、冷たい視線を送る。


「誰? このつまんなそうな子。正直うざいんだけど」


「こんな子放っておいて、早く気持ちいいことしようよ」


「そうだな。それじゃもういい加減切るか……こんなトロいやつの相手をしてたら人生の無駄だからな、ハハハ!」


 陽介たちに嘲笑された春日野は、目に涙を浮かべていた。


「理由を教えてって言ってるのに、そんな態度ってあんまりでしょ。ひどい……そんなに会いたくないなら、望み通りにしてあげるわよ!」


 安本は通話が切れたスマホの画面を陽介に見せた。抜け殻のようになって横たわる姿を見ると、自然に笑い声がこみ上げてくる。


「この世の終わりみたいなその顔、すごく素敵ですよ。ああ……この悲劇の失恋は私が手がけてきた中でも最高の演出に違いありません……ふふふ」




「どこが最高の演出なのさ。全然笑えないんだけど」


 安本の笑い声は、突然の優希の怒声にかき消された。


「創作物はどれだけ人生を変えるほどの衝撃を与えたかが評価基準です。あの今にも死にそうな絶望の顔を見れば、今回の劇がどれだけ彼の心を動かしたか一目瞭然じゃないですか」


「……ふ~ん、じゃあちょっと見てもらいたいものがあるんだけどなぁ」


 事が済んで甘くなっていた羽交い絞めから逃れた優希は、安本の前まで歩いた。


 彼女の持っていた陽介のスマホを奪い取ると、ビデオチャットのリダイアルを押す。再び春日野と通話が繋がったことを確認した優希は、その映像を安本に突きつけた。



「なっ……!」


 さっきよりカメラを引いた位置からの映像には、彼女の足元に置かれたルームランナーと、外国の街並みを映した巨大スクリーンが映っていた。


 ロンドンからのライブ中継ではなく、どこかのスタジオの中にしか見えない光景に、安本の血の気が引く。


 画面内にメガホンとカチンコを持った監督気取りの大野が現れると、ルームランナーの上に立っていた女性はかつらを外してカメラ目線でピースした。


「これでアカデミー主演女優賞確実……いや、演劇だからトニー賞?」


「あなたたちはECB部の大野と石川! そんなどうして……」


 優希は安本に向かって得意げに言った。


「春日野さんと石川先輩の連絡先を入れ替えておいたんだよ。陽介にとどめを刺すには予想可能なつまらない展開だったからね」


「私の劇がつまらない……?」


「あっ、でも完成度は僕たちの方が上だったね。だって、観客の顔を見たら完成度が分かるんでしょ。今、陽介よりひどい顔してるよ」


「ぐぐぐ……私への侮辱は許しません!」


 キレた安本が振り下ろした爪は、横から飛来したレーザーによって阻まれた。



「お前の負けだ、マインドブレイカー安本」


「陽介!」


「しまった、暗示が……!」


「お前は一枚上を行かれたショックに我を忘れて優希に飛びかかった。その時点でお前にかけられた異能力は効力を失ったぞ。今までの恨みとファーストキスをお前なんかに奪われた屈辱……たっぷりと晴らさせてもらうぞ」


 陽介の凄まじい殺気にあてられた安本は、他の看護師と共に部屋の出口へと駆け出した。しかし、僅かに開いていた扉は、あと一歩のところでピシャっと音を立てて閉まる。


 彼女たちは絶叫しながら扉を叩いたが、廊下側からつっかい棒でもかませてあるのか、まるでびくともしない。


「あわわ……」


 服を着た陽介が指の関節を鳴らしながら彼女たちの後ろへ迫ると、安本たちは扉の前で身を寄せ合って震え上がった。


千裂包界せんれつほうかい


 関谷を倒した必殺の閃光が、全方位から安本たちを貫いた。深夜の病院に悲鳴が響き渡り、安本たちは黒焦げのパンチパーマになって扉の前に積みあがった。


 しばらくして扉が開くと、ヘッドホンをつけたマリオンが部屋に入ってきた。


「さっきまでの会話は、隣の部屋からばっちり録音したわ。もしあいつらがまた演劇で小細工をしようとしても、この証拠があれば安心よ」


「よし……おい、手加減してやったやつがいるだろ、とっとと仲間を連れて俺の目の前から消え失せろ! 医者に見せるのなら、受け付けはこの階の下だ」


 陽介が床をダンッと踏み鳴らすと、黒こげの山が崩れて軽傷の二人が這い出てきた。彼女たちは手早く服を着ると担架を持ってきて、やられた仲間をあっという間に運んでいった。



 部屋の中が三人だけになると、陽介は大きな安堵のため息をついてベッドに腰かけた。


「……前もってネタ晴らしくらいしといてくれよ。石川先輩が春日野さんにそっくりだったから、本当にもうこの世の終わりだと思ったじゃないか」


「あんたが事前に知ってたら、大演劇部の人をだませるような演技ができるわけないでしょ」


「確かに僕も悪いとは思ったけど、チャンスは一度きりだし失敗するわけにはいかなかったんだよ」


「そう言われると、確かにそうなんだけどさ……あのショックの連続は、さすがにきつかったよ」


 優希はさっきのことを思い出していた。陽介にとってファーストキスを奪われたことはやはり相当のショックだったようだが、同じくらい衝撃を受けた自分にも驚いていた。


 それは陽介の無念さが伝播したせいではなく、今まで気づけなかった思いかもしれなかった。



 もう夜も遅いので二人が引き上げようとすると、陽介のスマホの着信音が鳴った。


 コール画面には石川先輩の名前が記載されている。陽介はビデオチャットを立ち上げると、まだ春日野の格好をしている石川に今夜の協力を感謝した。


「……何言ってるのか分からないんだけど、最近連絡取れなかったから意地悪してるの?」


「石川先輩こそどうしたんですか……いや、またかつらを被るのもおかしいし、よく考えたらアドレスを入れ替えてたから……ひょっとして、本物の春日野さん!!??」


「ひょっとしても何も、本物に決まってるでしょ」


「そうだよね……やっぱり本物の方がずっと、ずっと綺麗だ……」


「ちょっと何泣いてるのよ。陽介くん、今日はいつもにも増して変だよ」


「ごめん、ちゃんと説明するから」


 安本を倒すためにアドレスが入れ替わっていたことを手短に伝えると、春日野は一応は納得したようだった。


「……それで、もう一つ重要なことを言わなくちゃならないんだ」



 陽介の顔は深刻な表情に変わっていた。


「俺は他の子とキスしてしまったんだ。動けない状態で無理やりにさせられたものでも、初めてのキスが春日野さんじゃなかったという事実は変わらない……俺は俺自身が許せないし、あれだけのことを約束した春日野さんに対しても申し訳がない。すべては俺の未熟さが取り返しのできない結果を生んでしまったんだ……うぅ、許してくれ」


 スマホ越しの春日野に向かってうなだれる陽介を、マリオンは悲しそうな顔をして見ていた。


「恋する乙女じゃあるまいし、たかがキスでオーバーね……とは言えないわよね。春日野さんのことが死ぬほど好きっていうことを証明するためには本当に死ぬこともいとわない、あの陽介だもん」


 陽介は盟理に入るためにマリオンに勉強を教えてほしいと頼み込んだことがあった。彼女はその時に、陽介の告白と覚悟の大きさを知った。


 その時点では、陽介のことを重すぎるし面倒くさいやつぐらいにしか思ってなかったが、優希との間を取り持ってもらうようになって、その印象も少しずつ変わっていった。そして今では、思い人と結ばれるために互いに協力し合う戦友のような関係になっていた。



 マリオンと優希が見守る中、春日野がためらいがちに口を開く。


「私がもし他の人とキスしたなら、陽介くんは嫌でしょ。だから私はそんなことはしないし、陽介くんもそれは同じだって思ってた……」


 陽介は頭を下げたまま、じっと春日野の言葉に耳を傾けている。


「もし私が今回のことで陽介くんのことが嫌いになって、もう連絡を取りたくないって一方的に言ったら、納得してくれるの?」


「納得できるわけがないけど、春日野さんの意思も尊重したいから……」


「私の意志か……久しぶりに連絡が取れたと思ったら、相手はどこかの女の子とキスしてた上に、もう別れてもいいっていうニュアンスさえ匂わせている。こんな良く分からない一方的な終わり方って、納得できるわけがないと思わない?」


「そ、それは……」


「私のことが死ぬほど好きとまで言ってくれた人が、他の女の子とキスしたのは、きっとよほどのことがあったに違いないと思う。私は陽介くんを信用してるし、その分だけ自分も陽介くんに信用されるような行動や判断をしたいと思っているの」


「春日野さん……」


 陽介はこれまでにあったことを思い出していた。


 集団パンチラの幻覚に目が離せないようになって、射精が全くできないようになってぶったおれて、担ぎ込まれた病院で大勢の全裸の女の子に押しかかられて……安本の異能力が荒唐無稽なだけに、説明に説得力を持たせるのがとても難しい。


「しっかりしてよ。ちゃんと聞いててあげるから」


「そうか……そうだよな。ちょっと時間がかかるけど、今からいい?」


 熱っぽく話し出した陽介に気づかれないように、優希とマリオンはそっと病室を出た。




「陽介、嬉しそうだったね」


 マリオンは暗い病院の廊下を歩きながら言ったが、優希からの返事はない。


「どうしたの?」


「……何でもないよ。始発まで陽介のとこで時間を潰そうと思ってたんだけど、どうしようか。タクシー呼ぶ?」


「タクシーの深夜料金って高いんでしょ。なら、始発まで待合室で話さない?」


「いいよ。何を話そうか」


「ちょっと早いけど、夏休みのこととか。ECB部のみんなでどこかに行ったら、すごく楽しいと思わない?」


「あはは。それって、連金部だ」


「え? 連金って何?」


「そういう名前の部があるんだ。正式には『連休前の金曜日部』って言ってね……」



 マリオンに説明しながら、優希は今年の夏休みが今までで一番面白くなりそうだと感じていた。


 そしてこの期待感を上回る実地での楽しさも、きっとあるに違いないと思っていた。


 それなのに、どこか気が晴れないのは何故だろう。


 ディアボリカとの約束が残っているせいなのか、陽介と安本のキスを見てしまったせいなのか、仲が良さそうな陽介と春日野さんの会話を聞いてしまったせいなのか、それとも陽介が春日野さんに振られなかったことを心のどこかで口惜しく思っているせいなのか。


 そんな考えがいつまでも頭の中でぐるぐると巡って、優希は上の空で話をしていた。


 そんな優希をマリオンは複雑そうな顔をして見つめていた。


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