第13話「関谷との闘い」
翌日の放課後、陽介たちが黄金拳闘部の部室へ向かうと、第十二棟の入り口にまで物凄い行列ができていた。陽介たち一行に気づいた観客は、応援と罵声の混じったヤジを飛ばしてくる。
「大野先輩、何かやけに人が多くないですか?」
「そうだね、これは盟理五英侠の戦いだし、新入生一番人気の優希くんの交際相手もこの試合で決まってしまう。さらに、部活動支給額を倍増できる学園公認のトトカルチョも開催されているから、この盛り上がりも当然だろうね」
優希は今生の別れとばかりに泣き叫ぶファンをなだめながら、廊下のトトカルチョコーナーの看板を見た。
「オッズは2:8で陽介の不利かぁ。僕たちは、陽介に全賭けで行くんでしょ?」
オッズ表を眺めていた石川は、投票用紙を片手に頷く。
「もちろんそうするつもりだけど、何ラウンドでの勝利に賭けたらいいと思う?」
「決まってるでしょ。1ラウンド目」
「……マジ?」
「マジ」
自分自身が賭けられている優希が笑顔で言うのだ。石川はその提案をのむしかなかった。
「そこまで言い切るなら全部賭けてくる。陽介くん、後はよろしく」
「え!? 試合をする当人の意見も聞いてくださいよ」
陽介は受付に向かう石川を呼び止めようとした。すると、その前に優希が立ちふさがる。
「試合が始まる前に、関谷先輩に話しておくことがあったんじゃないの?」
「あ、ああ……立会人として優希もついてこいよ」
陽介たちは控室にいた関谷と会ってルールの確認をしたいと申し出た。関谷はそれを了承して、レフェリーと共にリングに上がった。レフェリーは観客への説明も兼ねて、ルールを読み上げる。
・1ラウンド3分。
・どちらかがKOもしくはTKOされるまでの無制限ラウンド。
・オープンフィンガーグローブを着用して戦う。異能力の使用に制限なし。
・マウスピースの代わりに、電球を口に入れて戦う特別ルールを採用。
・電球は割れるまでは口に入れなければならない。
お互いにこのルールで異論はないことを確認すると、陽介は一つ提案した。
「非常に危険な試合になりそうなんで、ギャラリーのみんなはこの部屋の外に出て、ライブカメラで観戦しててほしいんですけど……できれば、レフェリーも隣の部屋からジャッジをお願いしたいです」
陽介の申し出に観客は不満そうな声をあげる。関谷は真意を測るように彼の目を見た。
「これはみんなを思っての提案だ。素直に受け入れようじゃねぇか……仮に、何とか試合を有利に運ぼうとする小細工だったとしてもな」
関谷はゆっくりと部室を見渡した。その視線は、観客ごしに見える壁の鏡で止まる。
「さすが関谷先輩、話が早くて助かります」
「気にするな、日取りや場所を決めたのはこっちだ。ある程度はそっちの言い分も飲まなきゃな」
マリオンが陽介の側に行き、早く肝心なことを伝えなさいよと耳打ちする。
「そうだった……この試合で関谷先輩が負ければ優希を諦めるってことを、改めて確認させてください」
「どうせ俺が勝つんだから、そんな必要はない気がするんだがな」
陽介は、半笑いで答える関谷の顔をじっと見た。
「……そんなににらむなよ。俺が勝ったら優希と付き合う、負けたら諦める。これでいいだろ?」
「はい」
「じゃあ、機材のセッティングが終わったら、とっととゴングだ」
話し合いは終わり、二人はリングを降りた。
関谷は後輩にライブ中継の準備を命令すると、控室に引き上げていった。本校舎の視聴覚室に試合を中継するとアナウンスがあったので、観客は移動を始めた。
スタッフが試合開始に向けて動き出す中、関谷の後ろ姿を険しい目で追っているマリオンに、陽介は気付いた。
「どうした? そんな顔して」
「関谷先輩の去り際の顔見た? すごく危険な目をしてた……何だか嫌な予感がするんだけど」
「気にするな。優希のためにも、ちゃんと勝つよ」
「その言葉は信用できそうなんだけど、あの人はどうかな。普通じゃないし、何してくるか分かったもんじゃないわ」
「用心しろってことだろ。分かった、気をつけるよ」
「それじゃ私も行くわ……いい? 絶対に勝ちなさいよ」
陽介は答えの代わりに親指を立てる。それを見たマリオンも満足そうに親指を立てると、ECB部のみんなを追って部屋を出て行った。
15分後、黄金拳闘部のリングの上には、陽介と関谷とレフェリーの三人が立っていた。
リングの外には4台のカメラが囲むように設置され、壁際の机の上には視聴覚室の様子を映すノートパソコンが置かれた。
レフェリーは二人のボディチェックを終えると、口の中に電球を入れた。全ての準備が終わると、リングから降りて隣の部屋に通じるドアに向かう。最後にリング上を一瞥すると、ゴングを叩いて部屋から出て行った。
広い部屋の中には、陽介と関谷の二人だけが残された。
陽介は試合の開始と同時に軽く距離を取ると、電球をくわえたまま相手の動きに意識を集中する。
(さてと……1ラウンドKOだから、様子見する時間はあまりないか)
自分の異能力に絶対的な自信を持っているのか、関谷は様子を伺ったままだ。なら、こっちから手を出した方が早い。
陽介は右手を斜め前に突き出すと、角度を調整するように向きを少しずつ変えていく。その動きが止まった瞬間、青白いレーザーが掌中から射出された。
光は部室の壁の鏡に二度反射した後、関谷の背後へ飛来する。関谷はその攻撃をかわして必殺のカウンターを放つ。しかし、カウンターが飛んだ方向は目の前の陽介ではなく、レーザーを最後に跳ね返した鏡だった。
鏡が割れて落ちる音を聞きながら、陽介は突き出した両手の向きを調整する。
(光は鏡に反射するが、拳圧は反射できない。思った通り、鏡を使えばカウンターを封じて攻撃できる……なら、後は反応できないほどの連続攻撃を繰り出せばいい)
陽介は、両手からレーザーを立て続けに放った。四方の壁に反射した無数のレーザーが関谷を襲う。しかし、関谷はその全てを避けてカウンターを放っていた。
「さすがは、五英侠……か」
視聴覚室で試合を見ている大野が、驚嘆したようにつぶやく。
「陽介くんが鏡までの障害物を排除したから、レーザーを反射させてくることは察知してたとは思うんだけど、まさかあれを全部さばくなんて凄いね。オッズの偏りは伊達じゃなかったというわけだ」
大野の横にいたマリオンが、イラついたようにツッコむ。
「感心してどうするんですか。相手の攻撃も当たらないなら五分じゃないですか」
「五分だって? とんでもない。陽介くんは1ラウンドで相手を倒さないとならないんだよ。それに鏡は有限だ。既にほとんどが割れてしまってる今の状況は、もう崖っぷちかもしれないんだよ」
「そんな……」
マリオンは不安げに視聴覚室のスクリーンを見た。そこには彼女が最後に見たのと同じ、関谷の危険な眼差しが映っていた。
ドンッ!
関谷は相手の力を測り終えたと言わんばかりに、胸の前で左右のグローブを突き合わせた。
(いくら攻撃を反射させようが、等速で直線的な動きほどカウンターを取りやすいものはない。そろそろ、こっちの番に移らせてもらうぜ)
彼は拳圧を飛ばして、四方の壁にある残りの鏡全てを割った。そして、滑るようなステップで陽介の懐まで潜り込むと、口内と顎を破壊する必殺のアッパーを放った。
その拳は陽介の頬ギリギリのところをかすめた。関谷はそのまま連続攻撃を繰り出して、獲物をコーナーに追い詰めていく。
「陽介、本当に大丈夫なの……? 負けたらどうなるか、分かってるんでしょうね」
視聴覚室のマリオンは不安にかられて横の優希を見たが、彼は余裕の笑みを浮かべていた。
「優希って全然焦ってないんだ……ってことは、まだ何か勝算があるってこと?」
「あるもなにも元々陽介の方が強いし、まだ鏡もあるしね」
「え、鏡は全部割られてしまったんじゃ……」
「でも、なくなったわけじゃないでしょ。ほら見て、陽介の反撃が始まったよ」
マリオンがスクリーンに視線を戻すと、そこには驚きで足を止めた関谷の姿が映っていた。