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第12話「試合前日」

「セキヤ、セキヤ……盟理五英侠のパーソナルデータは、このフォルダにあったと思うんデスが……ありまシタ」


 陽介たちは、サイバー忍術部部室の巨大スクリーンに映し出された関谷の個人情報を見た。


「セキヤリョウヘイ(関谷亮平)、黄金拳闘部主将で三年生。彼は17歳になると同時に、国内のプロライセンスを取得してプロボクサーとなりまシタ。しかし、そこから10戦無敗の記録を最後に、彼は1年以上も公式試合をしていまセン。理由としてはシンプルで、彼はあまりにも強すぎたんデス」


 スライドが切り替わって、関谷のKOシーンが次々と映し出される。


「彼の異能力『ゴールデンカウンター』は、あらゆる攻撃をかわしてカウンター攻撃を叩き込むことができマス。つまり、どんな攻撃も決して当たることなく一方的に攻撃できる……まさに、攻防一体、無敵の異能力デース」


 映像の最後には、彼の強さを誇示するためのデモンストレーションも収録されていた。


 バンテージを頭に巻いて目隠しをした彼は、三方から同時に銃を撃たれる。しかし、彼は目にも止まらぬ速さで弾丸をかわすと、一瞬で全ての拳銃を破壊していた。


「この映像が公開された時、現チャンピオンを含む全てのボクサーは、万に一つの勝ち目もないことを悟りまシタ。そして、タイトルマッチが成立しない日々が続く中で、セキヤはボクシング界での栄光に見切りをつけてプロライセンスを返上しまシタ。そして、より危険でスリリングな戦いに身を置くようになったんデス」


「ふ~ん。でも、陽介なら、あれくらいでも大丈夫でしょ」


 三方向からの銃撃に目隠しのままカウンターを取る関谷の異能力を見ても、優希は余裕の表情を浮かべていた。


「ヨースケの異能力の速さは文字通り光速。確かにカウンターは取りにくいと思いマスけど、あの天才なら不可能じゃないと思いマース。さらに今回は、電球を口に入れて戦う『ライトバルブ・デスマッチ』ルール。たった一発のパンチでも大ダメージ必至な状況で分があるのは、戦い慣れているセキヤの方だと思いマース」


「じゃあ、ひょっとしていい勝負になるのかも?」


「ちょっとテストしてみまショウか。えーと、セキヤの今の場所はと……」


 キャシーが素早くパネルを操作すると、ディスプレイが16分割された映像に切り替わる。


「これって、もしかして校内の防犯カメラの映像?」


「イエス。諜報活動を得意とするウチの部なら、どんなセキュリティシステムにでもアクセスできマース……裏門の近くで走ってる彼を発見しまシタ。どうやら、ロードワークから帰ってきたばかりのようデスね」


 彼女はキャビネットから、ドローンとコントローラーを取り出した。コントローラーについているボタンを押すと、天井にある通気口が開いて、ディスプレイの映像が主観視点に切り替わる。ステルスモードに切り替わったドローンは、光学迷彩を発動して音もなく飛び上がった。


 彼女は器用にドローンを裏門まで飛ばすと、関谷の後を追った。彼は第十二棟の一階にある部室に戻ると、サンドバッグを叩き始めた。


「明日試合をする場所も確認したいので、部室の中をざっと映してもらえませんか」


 陽介の要望に応じて、ドローンのカメラが黄金拳闘部の部室をぐるりと映し出す。


 中央にはリング、周囲にはトレーニング器具、壁にはフォーム確認用の鏡が一面に貼ってある。関谷の他には、シャドウボクシングや縄跳びをしている部員が数名いた。


「部屋の中はこんな感じでいいデスか。じゃあ、今からセキヤをドローンに搭載したレーザー砲で攻撃しマス。威力はヨースケの異能力より劣るかもしれまセンが、スピードや射程は参考になると思いマス。たぶん一瞬で終わるから、よく見ててくだサーイ」


 天井ギリギリの高さでステルスを解いたドローンが、サンドバッグを叩いている関谷めがけてレーザーを撃った。これはほぼ完全な不意打ちで、普通に考えれば当たるはずだった。


 しかし、関谷は背を向けた状態から半身になってギリギリでレーザーをかわすと、同時に攻撃された方向へ雷光のように右腕を伸ばした。拳の先から放たれた拳圧がドローンを直撃すると、そこで映像は途絶えた。


「見ての通り、セキヤはどんな速さや射程でもカウンターを決めてきマス。それでも勝つつもりなのデスか?」


 陽介はキャシーに向かって軽く頭を下げて言った。


「はい。色々と情報提供ありがとうございます。明日の試合は必ず勝って見せます」


「ノープロブレムデース。頑張ってくだサーイ」


 キャシーは右手を差し出した。陽介も右手を出して握り返す。


 キャシーは気配を完全に殺したまま、左手の手刀で陽介のがら空きの右腹部を狙って突き出す。必殺必中の貫手が決まるはずだった。しかし、その手は彼の左手によっていとも簡単に掴まれていた。


「なかなかの腕前デスね。ヨースケがどうやってセキヤを倒すのか、楽しみになってきまシタ。明日は私も特等席で応援してあげマース」


 二人は改めて、屈託のない笑みで握手を交わした。


―――


 一方、黄金拳闘部の部室では、突然天井から落ちてきたドローンの残骸を見て、部員たちがざわめいていた。


「練習に集中しろ。つまらんことに気を取られるな」


 彼は横目で部員たちの練習の再開を確認すると、屈みこんでドローンの残骸を調べた。


 表面を覆う黒い塗料は、光を屈折させる迷彩用か。暗殺目的なら一撃で仕留めるほどの威力が必要だが、こいつのレーザーは床に焦げを作る程度の威力しかなかった。やはり、偵察用のドローンと見ていいだろう。となると、明日の試合のための小手調べってとこだろうな……おっと、そろそろ1分か。


 関谷は立ち上がると鏡の前に移動して、3分間のシャドーボクシングを始めた。それが終わるとまた1分の休憩。実質的にボクシングを引退してても、3分の練習と1分の休憩を繰り返すのが、彼のいつものトレーニングスタイルだった。


 片桐陽介……もし、あいつが俺と同レベルで戦える相手なら、準備期間をもっと取っただろうし、戦いを盛り上げるための『ライトバルブ・デスマッチ』ルールも必要なかっただろう。


 だが、そんなことは実際にはありえない。盟理に入って三年間そんな男は現れなかったし、世界のボクシング王者でさえ腰抜けの寄せ集めだったのだ。なら、さっさと試合を終わらせて、早く優希を自分のものにする方がいい。


 あいつはいい。性別も言動もぶっとんでいやがる、だからこそ、俺のような男にふさわしい。この拳を武器に凡人にはできないぶっとんだ生き方をするには、あいつのような伴侶が必要だ。


 関谷は、久しぶりに興奮している自分に気づいた。こんな気持ちになったのは、いつ以来だろう。プロライセンスを取った時、初勝利した時……そこが最後か。


 プロボクシングの世界を見限って以来、小手先の快楽で自分をごまかしてきた。だが、それも明日で終わりだ。俺は再び黄金のように輝かしく生きるのだ。


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