7話.惑星インゼルケッテ
※Prologueを着地地点として書いていきます。
惑星インゼルケッテ。
地表全てが海水で満たされ、およそ陸地と呼ばれるものが存在しない水の星。
人々は人工の浮遊構造物メガフロートを建造し、今も果てない水平線を開拓している。
私は今そのメガフロートの1つ、海上都市アークの外縁部で潮風に吹かれながら設置されているベンチに座っている。
少し強い日差しが差し、先が見えない海は容赦なく恒星の光を反射して体に熱気を当ててくる。
外縁部は全て港としての機能が集中しており、どこまで歩いても船舶の出入りを見ることが出来る。
「あーあ。せっかく来たのに、ただ都市を見て回るだけなんてつまんないなー」
市長に挨拶に行くから、先に町を見てきて。
と師匠に言われて適当にマッピング機能を付けた端末を持ち、ブラブラと歩いている私なのだが、一時間以上歩いてる今でも周辺の地図は、一向に埋まっていかない。
中心に聳え立つ塔を中心に、様々な形状のパネルを繋ぎ合わせて作られているこの都市は、今でも増築を繰り返しているらしく、遠くからは重い建築音が響き渡っている。
複雑な通路と継ぎ接ぎの構造物は、音波の反響を利用したマッピング機能でも立体的な把握が難しく、一区画分を埋めるだけでも、長く留まっていなければならなかった。
「っと、海沿いは町中より開けてるから早いな」
ピピッ、とマッピング終了の通知を端末が鳴らす。
出来上がった地図を立体投影して、目視で出来を確認する。
「変な穴開きとかは無しっと。――待ち合わせはこの場所で合ってるはずだよね」
師匠たちは任務の詳細を聞きに中央の塔へ向かったが、私には事前の任務が言い渡されていた。
それがこの地図埋め。
その案内役に現地の警備隊が付き添ってくれるらしい。
待ち合わせ場所として、事前に端末内の地図に位置は記載されていたのだが、辺りを見回してもそれらしき人が見当たらない為、少し不安になってしまう。
再度地図を確認し、待ち合わせ場所のアイコンの位置に自分がいることを確認する。
現在地を示す赤い矢印は、確かに予定の場所で点滅を繰り返している。
「どんな人なのかなー」
「――あの、すみません」
突然後ろから声を掛けられ、後ろを振り返る。
そこには、長袖の服を着て顔が隠れるほどにフードを深く被った、私よりも一回り大きい長身の男性がいた。
声からして若い男性なのは分かったが、昼間とは言えこの格好は怪しすぎる。
私は少しずつ距離を取りつつ、魔法の構築を進める。
私の周囲に冷気が満ちていくの感知しながらも、男性の挙動を観察する。
「ルナ・ディルクルスさんですよね。アーク警備隊所属、レイ・クレイヴンです。お迎えに上がりました」
「……警備隊、ですか」
警戒を解かない私に対して、敬礼をする怪しい風貌の男性は、私の名前の確認と自身の所属を告げる。
私と彼の間に吹く潮風は冷気によって冷まされて、心地よい風になっていたが、今は二人の距離感を表しているようだった。
「えっと……」
「こ、来ないで!」
一歩踏み出す男性に、私は即座に氷の剣を右手に作り出して、剣先を向ける。
自分でも剣が震えているのは分かるが、脅しとしては十分だろう。
「話を――」
「これ以上近づいたら、斬ります。怪しい人!」
こうして剣を向けられた彼と私は、三十分位この状態のまま動けなくなっていた。
*
「本当にごめんなさい! 思いっきり怪しかったので、あわよくば魔法を打ち込もうとしてました!」
アークの商業系が集中した地区の中、騒がしい工場のような場所には似合わないカフェテラスで、私はフードを被った男性――レイ・クレイブンに謝罪をしていた。
「いや、俺もこの格好は怪しいの自覚してるし、こっちの事情とはいえ警戒させて悪かったな。ここの代金はお詫びとして、全部俺が払うよ」
フードの陰でうまく見えないが、レイは苦笑しながらもメニューが載っている端末を私が見えやすいように向きを変えてくれる。
魔法を打ち込みはしなかったけど、剣を向けたのはいいのかな?
「奢ってくれるのは嬉しいのですが、私ちょっと大食いで。師匠――友達にも食べ過ぎってよく言われるんですけど……」
「言っただろう、お詫びって。少しぐらい高くなっても、俺は気にしないよ」
笑顔を向けられてる、のかな?
フードのせいで今一表情が見えないんだよなー。
「ずっと気になってるんですけど、ずっとフードを被ってる理由って」
「その辺りの説明は、この都市――というよりかはこの惑星の説明にも繋がるから、先に注文しようか」
「あ、分かりました」
そういうことなら、早く頼むものを決めよう。
端末を操作して、ドリンクとスイーツ系を順々に注文していく。
レイさんにも渡し、お互いの注文を終えた所で、レイさんは咳ばらいをして話を始める。
「じゃあ、改めて自己紹介を。――俺はレイ・クレイヴン。この星で"因子持ち"と呼ばれる人間で、末端だけどこのアークの警備隊で仕事をさせて貰っている。歳は18だ」
「私はルナ・ディルクルス、16歳です。――18歳? もう少し上かと思ってた」
「そうか? っと、脱線しそうな話は置いといて、さっき言った"因子持ち"っていうのが、俺がフードを被っている理由なんだが、最初は簡単に今のアークの状況を説明するな」
「いいですけど、私難しい話は快眠できる自信がありますよ」
「そこまでめんどくさい話はしない」
呆れるレイさんは右手をテーブルに触れて、光をテーブル全体に走らせていく。
円形状のテーブルに満ちた光は次第に文字や図形を映していき、資料を作り出していく。
「今回の任務に関することぐらいしか話さないから、安心しろ。この星の歴史とかを研究するわけじゃないなら、知る意味もないしな」
「ほうほう」
「まずこの星にある全ての都市は、この星の開拓・研究の為にあるっていうこと知っておいて欲しい。それが分かっていれば、難しいってことはない」
レイがそういうと重要と思われる言葉を、テーブル上の光が1つずつ文字を空中に浮かび上がらせていく。
「任務に関連する要点は3つ。まず1つ目は開拓の為に、長年多くの人員をこの星に移民させているということ。これによりどうしても悪人が増えることになって、所謂海賊と呼ばれる存在が、この星には多い」
テーブル上に光で作られてた海賊を連想させるイラストが浮かび上がる。
「2つ目は、この星には国が存在しないということ。実際は各都市がそれに該当するんだが、それぞれ都合があって連合国家みたいな体制になっている」
続けて海賊のイラストの隣に、幾つかの島を纏めた国旗のようなものが浮かび上がる。
「で、最後に今から2日後。その連合国家の会談がここアークで行われるということだ」
さらにその隣には、円卓を囲んだ人達が浮かび上がる。
成る程。
この3つから考えられるのは、海賊が2日後の会談を狙うかもっていうことかな。
「察しが付いたかもしれないが、2日後その海賊の襲撃があるかもしれない、と上の人たちは考えているわけだ。実際はその情報を正確に掴めてない訳なんだが」
「かも、なんだ。曖昧な任務内容が送られてきたのは、そのせい?」
「……上がどういう内容を提示したのかは知らないが、たぶんそうだろう。念には念を、だな。ここに駐屯している統括騎士団には悪いが、戦力としては期待されていないんだろうな」
あれ?
防衛戦力として呼ばれたのだとしたら、今から私がやろうとしていることは何の意味があるんだろう?
「そういうことなら、これから私がやるマッピングって意味なくない? だって今回の任務ってこの都市を守る事でしょう?」
「あー、それなんだが」
凄い言いづらそうに顔を顰めて居るだろうレイは、深いため息をつきながら言葉を続ける。
「アークって、今でも立体的に増築していてな。見た目は横に伸びているように見えるけど、実際は海中にも伸びていて、地図が正確にできているのは表面の地区だけなんだ。だから」
「海中部分の地図は出来ていない。もしくは正確じゃない、と」
「そう。だから今日明日は下の区画に行って、怪しい所とかが無いかを見ながら、地図埋め」
「えーと、ちなみに海中の区画って、どれくらいあるんですか」
「分からん。なんせそのほとんどが研究とかの特殊な区画になっているから、下の人間には情報が回ってこないんだよ」
えー。
範囲が分からない所をひたすら歩くのー?
「幸い、許可が下りている部分だけでいいらしいから、案外時間はかからないかもな」
「それでもいつ終わるか予想が付かないのは、嫌になるんですけど」
そうして話している内に、頼んだ料理が運ばれてくる。
店員が運んできた料理の量を見たレイは、思わず声を漏らす。
「……これ、他のお客さんの分も混ざってるんだよな」
「いえ。全部私が頼んだものですね」
3段のワゴンカート一杯に置かれたデザート類を一瞥し、私は記憶にある注文と一致していることを確認する。
その隣では懐から端末を取り出して、レイさんは何かを確認している。
「払える。払えるけど、これは」
「……はぁ。ナンパを成功させたけど、今更財布の心配をしてる、と。私はお金は貸さないからね、レイ」
目の前に置かれていくケーキやプリンなどのデザート類に私は目を輝かせていたが、途中で知らない女性の声が聞こえたので、そちらに視線を移す。
レイさんの名前を知っているということは、知り合いなのだろうか。
声の先――カフェテラスのフェンスによりかかる女性は、なぜか前を閉じたパーカーのみを着てるように見えた。
水が滴る空色の長髪は、日差しによってキラキラと輝いていた。
「ミア、またそんな恰好をして。泳ぐが好きなのは知っているが、程々にしろよ。風邪ひくぞ」
「濡れた位で私は風邪ひかないよ。――それよりこの女の子は、どこで引っ掛けてきたの?」
どうやらミアという目の前の女性は、レイさんの知り合いで間違いないようだった。
ミアさんはレイさんを指で突きながら問い詰めていた。
運ばれてきたケーキを口に運ぶことをいったん止めて、私は自己紹介を始める。
「んっ……。初めまして、ルナ・ディルクルスと言います。まだ魔法師見習いですが、アークからの任務でここにきて、今レイさんから私の任務の詳細を聞いていたところです」
「へー……。そっか。またレイがやらかしたのかと思ったんだけど、違うんだ」
「おい。またって何だ、またって」
残念そうに、でも何か安心したかのように笑うミアさん。
その言葉にレイさんは、過去にも同じようなやり取りをしているようなのか、お座なりに反応を返していた。
「こいつの"因子持ち"は、異性に対してよく効く能力でね。迂闊に顔を見せると――って、この子は"因子持ち"の事知ってるの?」
「知らないみたいだから、今から説明しようとしてたんだ。俺のは説明しにくいから、一例として説明頼む」
項垂れるレイさん。
"因子持ち"の事はよく分からないが、そんなに分かりにくいものなのだろうか。
「はいはい。じゃあまず自己紹介から。私はミア・クラウン、こいつの腐れ縁みたいなものかな。同じ実験場で過ごして、今も同じ警備隊で働いてるの」
「実験場、ですか?」
「そう。"因子持ち"は、所謂人類種――人間を基盤とした生物以外の、仮想粒子と感応能力を持つ生物から、細胞などを移植して人工的に他生物特有の魔法を植え付けられた人達。このインゼルケッテには、私達を含めてそういう実験体が一杯いるの」
――実験。
そう聞いた瞬間、私は無意識にスカートの裾を掴み、力んでしまう。
その言葉に私はあまりいいイメージが無いせいか、どうしても嫌な想像をしてしまう。
「そう青い顔をするなよ、ディルクルス。実験って言っても俺達が受けたのは、ちゃんとクロスユートピアに認可されて、安全を保証されたやつだ。それに、実験のお陰で仕事にもつけてるしな」
レイさんは私の心配を解すかのように、穏やかな声で実情を教えてくれる。
あれ?
私そんなに酷い顔になってた……?
「そして私に与えられた因子は、海中生物。お陰で水中呼吸もできるし、何なら水中なら誰にも負けないぐらいの魔法を使えるようになったよ。そしてレイの因子なんだけど」
「……」
「投与された因子の詳細は不明。だけど、そのお陰で女の子にモテモテになったんだよねー」
「何でよりによってそこを強調するんだよ……」
自分の能力に不満があるのか語気を強めるレイさん。
ミアさんに関してはワザとレイさんが嫌がるように言っているのか、「モテモテ」の部分だけをしっかり聞こえるように言っていた。
「モテモテ――まだレイさんの顔を見れてないですけど、もしかしてかなりの美形?」
「知るか。そこら辺は自分じゃ判断付かないし、俺の能力はオンオフできるものじゃないから、こうやって顔を隠してるんだ。――その、顔を見られることが一番効果が出やすいみたいで」
「そういう訳で、貴方がレイの能力に引っかかってイヤらしい目にあってるんじゃないかー、って私は最初に思ったの」
つまりレイさんの顔を見たら、好きになっちゃうってことなのかな。
「ミアさん質問です」
「ん? 何々、レイの能力気になる? 実はねー。レイは所謂夢魔っていう――」
「イヤらしいことって、具体的にはどんなことですか?」
2人が顔を見合わせて固まる。
純粋な疑問なんだけど、何かおかしかったのかな?
ミアさんの言い方的に、師匠の意地悪とかじゃないのは何となくわかるんだけど。
「レイ。後は任せた!」
「それが一番駄目だろ! 俺は知らないからな!」
「?」
事態を飲み込めない私を置いて、喧嘩を始めるレイさんとミアさん。
喧嘩が終わった後、こっそりミアさんに教えて貰ったのだが、それ以降私がレイさんから少し距離を取るようになってしまったので、終始レイさんは落ち込んでいた。
バトルもののはずなのに、バトルしてないけどもう少しの辛抱。
《世界観まとめ》
・メガフロート・アーク:インゼルケッテの中心的海上都市。立体パズルのような構造をしていて、今でも都市の増設が行われている。
・"因子持ち":エクス・ファクター。人類種以外の仮想粒子への感応能力を持つ生物の、固有魔法を人類種に定着させる為に、実験を受けた人達。インゼルケッテ出身者はこれであることが多い。
・人類種:人間を含む人型の種族。エルフやドワーフなども含む。