4話.特訓開始
サブタイ通りに、少女特訓開始。
※Prologueを着地地点として書いていきます。
師匠と出会ってから翌日。
私は、予想以上の特訓内容で、その日の夜は師匠お手製のハンバーグを食べた後、すぐ眠りについてしまった。
特訓内容は、まずとにかく魔法を使い続けること。
朝起きてから、寝るまでずっとだ。
そう、ずっと……
――特訓1日目・早朝――
「それじゃあ、強化魔法と凍結系の魔法を使いながら、走り込みにいこうか♪」
借家に移した荷物を整理し、気持ちよく寝ていたところを師匠は躊躇なく起こしてきた。
空に恒星は昇ったばかりで、街道にも人の姿はほとんどない。
運動用の服に着替え、借家の前で特訓内容を告げてくる師匠の笑顔に、いまいち私は答えることができない。
……まだ、眠い
「あのー、師匠。魔法を使いながら走ることに意味あるの?」
「うん、あるよ。まず状況が実戦とほぼ同じであるということ。常に動きながらも、魔法を使うことに慣れる為だね」
師匠はストレッチをしながらも、私の質問に答えていく。
私も見様見真似でやってるけど、できているかは分からない。
「走り込みは、単純に基礎体力を作る為。魔法はさっき言ったように感覚に慣れる為だけど、こっちは一日中やってもらうから」
「……っへ?」
今、何て言ったの?
聞き間違いじゃなければ一日中って。
「何日かは私も付き合うけど、その後は一人でもやってね。別に消耗の激しい魔法とかは使わせないから、安心して」
「は、ははっ……」
聞き間違えじゃなかったー!!!
「走り込み終わったら朝ごはんだから、頑張ろう?」
「ご飯だけじゃテンション上がんないよー」
それから、私と師匠は借家から隣接の廃墟地帯の往復をしたのだけれど、その時も私からすれば師匠は凄かった。
魔法で自律稼働する硝子人形を作っては、走りながらもそれを一つずつ変形させて、サーカスをするかのように操っていた。
その種類は様々で、主に昆虫や動物だった。
そんな中で私は強化魔法と冷気を出す魔法を維持しつつ、走ることに集中するしかなかった。
だってこれ、思った以上にキツイんだもん!
走ることに集中すると魔法の効果が薄くなっていくし、かといって魔法を維持しようとすると、走るペースが遅くなるし。
「頑張って、ルナ。これに慣れれば魔法の使用がスムーズになるから」
「……ッ! 分かった! 分かったから!」
並走するその小さな劇団は、気が散るから止めてー!
――特訓1日目・朝――
朝のジョギングが終わった後の朝食を準備をしている時、師匠は常に魔法を使っている状態だった。
食材を加工する器材を、全て自分の硝子魔法で再現をしてそれで調理をしていたのだ。
コンロなども置き場として使うだけで、魔法で熱を発生させて火を通していた。
私も言われた通りに、冷気の魔法を維持してはいるのだが、如何せん慣れない為、気を抜くと魔法が途切れてしまう。
そうすると――
「いったぁ!」
隣にいる師匠が作った硝子の人形が叩いてくる。
軽く叩いているのは分かるのだが、何せ硝子製だ。
いくら軽くやっても、痛いものは痛い。
「師匠、ほとんどこっち見てないよね。どうやって魔法が途切れたのが分かるの?」
「んー仮想粒子の結合を感知しているんだけど、これはまだルナには早いかなー。基礎がしっかりしていれば、自然と出来るようになるだろうし」
包丁がトントンと小気味良く音を立てつつ、師匠は料理を進めていく。
実際はこっちを見ているんじゃないかと思ったけど、そういう素振りはなかった。
「いきなり五感の他に、感覚器官を増やせって言われても、無理でしょ?」
「――うん。無理!」
仮想粒子の結合を感知、って言われてもピンと来なかったけど、そういうことなら分かる。
第六感的なアレね。
自分の魔法がちゃんと発動しているかどうかを、魔法陣が出ることで確認している私には当分無理だ。
「よし出来た、ルナは苦手なものはなかったよね。ちょっと多めに作ったけど、余ったらお昼に回すから」
「うん、苦手なものはないし、余らないから大丈夫!」
「えっ、あーそう……」
待っていた朝食は様々な種類の葉野菜と、切り分けた燻製肉。
そして焼いた卵を挟んだサンドイッチだった。
大皿に盛られたそれらからは、作り立ての匂いが漂っており食欲がそそる。
師匠は多めに作ったと言っていたが、結果的にサンドイッチは余ることなく、私の胃袋に納まった。
――特訓1日目・昼――
朝食を取り終えた私たちは、食器を片付けてテーブルの上に広めのスペースを作っていた。
師匠は座学を教えてくれる予定だったらしいが、私が眠くなると何度もお願いしたら、師匠が持ってきた教材を広げたまま横に置き、師匠と私が向き合う形で座ることになった。
「それじゃあ、座学でどーーーしても睡眠学習してしまうルナの為に、魔法の練習も兼ねたいい方法を教えてあげる」
「えっ、本当に!」
「うん、この方法は私やルナみたいな魔法師じゃないと実行できないの」
「私や、師匠みたいな……?」
なんだろう?
私が使うのは氷とかを作り出すことだし。
師匠も似たような感じで、硝子を作ることだから。
「それじゃあ、今日はこれから夕方まで私が試験の内容を教えるから、重要な単語とかを魔法で作ろうか。出来たら次に進んで、途中で壊れたりしたら最初からね」
「なるほど、単語を魔法で――魔法で?」
「うん。ルナだったら氷の文字を書こうってこと」
氷魔法で覚えるべき文字を作り出す。
確かに魔法で文字を作るのは細かい作業で、完成したら達成感もあるし、早く作れるようになった場合は魔法も上達していると言える。
でも――
「こんなのでいいの? ほら、ちゃんと中身が伴っていないと怒られたりするんじゃ。ちゃんとノートにメモとかを取って」
「そのメモすら取らないんだから、こうやって印象を残していくんでしょう? それとも、しっかりノートをとるの?」
「――たぶん、無理です。しっかり魔法を頑張ります」
肩を落とす私とは対照的ににっこりと笑う師匠。
こうして夕方まで座学のようなものをやっていたのだが、師匠の説明はなぜか眠くならなかった。
後に気が付いたのだが、恐らくノートを取っても同じように眠くならなかっただろう。
そう思えるほど、師匠は私が納得するまで同じところを何度も繰り返し説明をしてくれたし、文字を作るのも四苦八苦したけど、それもコツなどを教えて貰った。
一番苦痛だと思っていた座学は、師匠のおかげで楽しく出来ていたと思う。
――特訓2日目・夕――
夕方になり、座学?の影響で水浸しになった机の上を私が片付けていると、師匠は夕飯の買い出しに行ってくると、告げて私に好きな食べ物を聞いてきた。
なんでも、初日を乗り越えたご褒美らしい。
私は「魚! 今日は魚がいい!」とはしゃいで師匠を見送ったが、今思い返すと恥ずかしい。
「ふぅ。やっと片付いた」
教材も棚に戻し終え、片付いた席で一息つく。
外から差し込む夕日が、時間が経つことの早さを教えてくれ、今日の出来事を思い出す。
ただ魔法を常に使いながら走ったり、勉強したりしただけで、まだ前に進めているのか実感はない。
「やっぱり師匠は凄いよなー」
テーブルに頬を突きながら、隣に座っている残されたものをボォっと眺める。
茜色が移りこむ硝子の人形は、今日の役目を果たしたのかもう微動だにもしない。
試しに頭に当たる部分を突いたり、意味はないけどヘッドロックしたりしてみたけど、反応はない。
「これを片手間に秒で作っちゃうんだもん」
ツゥーと、表面を指先で撫でていく。
よく磨かれた水晶玉のような表面は、窓から入ってくる夕日を反射しつつも、反対側を歪めながらも映してる。
「よーく見ると、なんか文字っぽいのが見えるよーな。見えないよーな」
硝子の体の中に、溝のようなものが物が角度によって見えるのだが、文字にも見えるしただの隙間にも見える。
じっーっと目を凝らして見る私は、どうにかしてこれが何なのかを確かめる方法を考える。
「師匠に聞いても、ただで答えてくれるとは限らないし。かと言って見つけちゃったものは気になるしなー」
席を立ち、頭を悩ませる私は1人うんうんと考えていると、ある手段を思いついた。
「そうだ、壊して中身をちゃんと見れるようにすればいいんだ」
そうだよ。
見辛いのなら見やすくすればいいんだ。
そうと決まれば――
「………」
立ち止まった位置が悪かった。
正面から見ることとなった硝子の人形は、精巧に作られているせいかこちらを見ているように見えて、少し怖かった。
周りの生活音も、気のせいか遠のいてきた気もするし、だんだん私の心臓もドクンドクンと自分で分かる位には鳴り響いている。
「し、師匠ー。もし見ているなら返事してくださーい。師匠なら無線端末みたいに、この人形を使えるはずでしょー……」
もちろん返答はない。
どんどん無言の硝子人形への恐怖心が溢れていく。
仕舞いには窓の外を通り過ぎた鳥の声にもビックリするほどに。
茜色に染まる無表情の硝子人形は、怖かった。
それからというもの、私は帰ってきた師匠に泣きついた。
師匠はかなり困った顔をしていたけど、すぐに硝子人形を消して抱きしめてくれた。
その後は眠りにつくまで、私はずっと師匠にピッタリくっ付いていた。
心の中で何度も「もうこんなことはしない」と誓いながら。
そうして、私の特訓の一日目は終了した。
思ったよりも世界観の説明が進まないことに、自分でもびっくり。
≪世界観まとめ≫
・仮想粒子の結合を感知:いわゆる魔力感知。使えれば魔法の発動を知覚できるようになる。