19話.二人の幼馴染み
※プロローグを目指して書いています
青く輝く空に、燦々と輝く恒星。
不動の水平線から吹く潮風は、何故か心地よい冷えた空気を運ぶ。
パズルのように複雑に組み合わされたこの都市は、一見全てが工場地帯に見えるが、その鋼鉄の建造物たちには、確かに人々の生活が見て取れる。
海の惑星インゼルケッテ――その中心を担うメガフロート・アークに、落ち着いた華やかさを持つ民族衣装を纏った女性が、黒髪の少年に道案内をさせていた。
「申し訳ありません、水無神様。なにぶんここに来た事は一度のみでして」
「……別にいいですよ。俺も用がありましたし、仕事の内です」
汗水を垂らし、年相応のラフな格好をする晶に対して、民族衣装を纏った女性――エフェイラは、照り付けて熱を反射する鉄の都市の暑さを意に介していないのか、涼しげに晶の後を追っている。
その足取りは遅く、物珍しいのか度々周囲を見回しては立ち止まり、中々進まない。
「レディエスさん。観光なら後でゆっくり出来ますから、早く教会に行きますよ」
「――ああっ、ごめんなさい! 向こうに気になるものがあったので、つい……」
「……深海生物で作った玩具?」
エフェイラが見ていた店を晶が横目で見ると、途端にその眠たげな眼は、怪訝なものへと変わる。
そこには、蛍光色で彩られた異様な形状の遊び道具。
見た目はどうにか子供用にしようと工夫が見られるが、元の形状が悪いのか不気味さが増しているように見える。
「うちの教会の子供たちが喜ぶかなーって、思ったんですけど。水無神様の目から見て、どう思いますか?」
「……まぁ、良いんじゃないですか?」
少し照れた顔を向けるエフェイラに、晶は興味関心が一切なのか、淡々と無責任に答えていく。
「では、少しお待ち頂いても宜しいでしょうか? 急いで買ってきますので――」
「さっきも言いましたけど、観光なら後で出来ます。その時に買えば良いと思うのですが?」
意気揚々と店舗に入ろうとしていたエフェイラを、冷たい視線で自分の意見を言っていく晶。
その目は暑さにやられているのか、閉じかけているようにも見えるが、よりその意思を強く感じる物だった。
「――はい。数年ぶりのインゼルケッテに舞い上がってしました、申し訳ありません」
「行きますよ……」
疲労の色を見せる晶の後ろを、沈んだ面持ちで後をついていくエフェイラだが、その視線はまだ端々の店舗を捉えており、すれ違った子供と目が合った際には、笑顔を向けていた。
「活気があるように見えますけど、表面的なものだけですね。――せめて、あの氷が溶かせればよいのですが」
「それは貴女の仕事じゃないですよ」
視界の端に不安の表情を浮かべる大人たちを捉えるエフェイラは、冷たい潮風が送られてくる方向を、一瞥する。
そこには灰と黒の鋼鉄の群れには似合わない、白と青の氷の世界。
侵食する凍てついた世界に触れた温かな風は冷たくなり、時折剥がれた白の結晶が、雪のように吹き抜ける。
「……着きましたよ」
氷の世界を過ぎ、5分ほど歩いた所でそれは見えてきた。
純白の清潔さを保つ病院に繋がる形で併設する、灰色の無骨な建物。
その屋根には、象徴となる龍の白像が飾られ、その見た目は城と言った方が正しいものだった。
「――これは、カッコいいですね」
「本当に仕事に来たんですか?」
呆れる晶の声はどこ吹く風か、エフェイラは嬉々として自分の感想を口にする。
本当にそう思っているらしく、見える範囲だけだがその隅々を目を凝らして見ていた。
「水無神? こっちに来てたのか。――その人は?」
教会の造りを観察するエフェイラをそのままに、声をかけられた方へ晶は振り向く。
そこには、フードを目深に被り顔を見せないようにしている青年、レイ・クレイヴンがいた。
その姿を見た晶は少し眉を顰めるが、気にせず話を続ける。
「一応、あいつの情報は掴めたので。現地の戻ってきました。――あそこで教会を見て喜んでいるのは、そこのハプティズ教の関係者です」
「あら? 水無神様のお友達かしら?」
「俺、というよりはディルクルスのです。今回の件の重要参考人ですよ」
レイと晶が話しているのを気が付いたのか、エフェイラはゆっくりと晶の傍に戻ってくる。
一礼をしてエフェイラは、自己紹介を始める。
そこには、先程の好奇心旺盛な人物はいなく、一人の淑女がいた。
「初めまして。ハプティズ教会に身を置かせて頂いております。”洗礼者”エフェイラ・レディエスと申します。以後、お見知り置きを。因子持ちの殿方」
「アーク警備隊所属のレイ・クレイヴンです。……何で因子持ちって分かったんですか」
「秘密です。私もこれでも魔法師の身です。そう簡単には魔法の事は教えられませんよ」
右手の人差し指を伸ばし、口元を押さえて黙秘のジェスチャーを取るエフェイラは、笑いかけながら謝罪をする。
彼女と目線があったのか、レイは顔を逸らす。
「冗談ですよ。魔法でも何でもなく、ただ貴方から精神系の魔法が少し感じたので、そう思っただけです。因子持ちの特徴として、埋め込まれた能力は制御しきれないというものがありますから」
「当てずっぽうですか。それにしては……」
随分詳しいですね、と言いかけてレイは口を紡ぐ。
レイが正面に向き直ったその目の前に、レフェイラの顔が迫ってきていたからだ。
優し気な黒の瞳に見つめられて、レイの顔は徐々に熱くなっていく。
「力の弱い夢魔のようですね。いえ、これは……。ふふっ、面白い方なのですね、クレイヴン様は」
何かを理解したのか、レイから離れたエフェイラはそのまま、ハプティズ教の教会へと足を向ける。
「それでは、水無神様。この辺りで私は失礼致します。どうぞ、お二人でごゆっくり」
そう告げてのんびりと歩いていくエフェイラ。
取り残されたレイは未だ顔を赤くし、右手でいつも以上にフードを深く被る。
晶は無言で一礼をして見送っていく。
「凄いな、あの人……。洗礼者って、皆ああなのか?」
「俺もあの人以外は知らないですから、分からないです。――すみません、どこか日陰に移っていいですか?」
「あ、ああ。行くか……」
呆然とするレイを脇に置き、晶は暑さに耐えかねたのか日陰を探しに、別の場所へと動き出す。
メガフロート・アークの暑い昼は、まだまだ続く。
*
同じ頃。
住宅街の中に空いた空間に作られた、小さな公園で環奈とミアは子供たちに囲まれていた。
人工的に敷き詰められた土の上で、自らの創造物を踊らせる環奈は、子供たちの要望に合わせて、生み出した硝子をその形へと変えていく。
色彩豊かな硝子たちが踊る光景は、まるでお伽噺の如く幻想的で、次々と子供たちを魅了していく。
傍でそれを見守るミアは、手元を泳がせている水の塊を蛇のように動かしながら、納得のいっていないような顔をしていた。
「こいつら……。人の魔法にはすぐに飽きたって言うくせに」
「だって、ミアのは派手なだけじゃん。しかも、海みたいな水がいっぱいある所じゃないと無理だし」
「それは安全も考えて――」
「このお姉ちゃんの方が綺麗だもん。ミアちゃんのは、お水だけなんだもん」
「それを言うのは反則……!」
少年少女たちの正直な意見に肩を落とすミア。
そのやり取りの合間にも環奈は、魔法で作り出した硝子の椅子に座り、子供たちの要望の物を作り、動かしていく。
赤い四足歩行の獣、空飛ぶ青い魚、純白の鳥、一つ目の陰法師。
その他大勢の硝子の創作物が、彼女の手元で作られ、公園を自由に闊歩する。
「鷹橋さんの魔法って、これが本当の使い方なんじゃないの? 絶対戦いに使うものじゃないでしょう」
「そうですね。でも、出来るからやるんです。そうしないと後悔してしまうので」
「確かに自由度だけはずば抜けてるものね、見ての通り」
ふらふらと舞踏会を広げる硝子たち。
揺れる炎に、浮かぶ水滴。
広がる冷気とそよ風。
暖かい光を纏う物もあり、その多彩さはミアには真似出来ないものだった。
「これはあの子の――、私のもう一人の幼馴染みのお陰なんです。あの子がいなければ、こんな魔法は使うことすら難しかったと思います」
「ルナから聞いたことはあるけど、昔にいなくなっちゃった子だっけ?」
「はい。いつも私たちの事ばかりを考えている子で、自分の事は後回し。――本当にいつも、私と晶が幸せなら、私も幸せだってずっと言っていたんです」
遠くを見つめる環奈は、どこか寂しく笑っていたが、何かを思い出しのか自傷気味に呟いていく。
「その言葉に、思いに。それらに甘えてしまった私は、あの子がいなくなった後、一度晶に告白したんです。――あの子の事はもういいから、ずっと一緒にいよう? あの子はそれをずっと望んでた、って。最低ですよね。いなくなったあの子を利用して、自分の気持ちを伝えたんです」
その言葉は遊ぶ子供たちには伝わらず、しかしミアにははっきりと聞こえた。
「……水無神くんの返答は? もしかして、保留とか」
「残念ですが教えません。知りたいのでしたら、クラウンさんの気持ちを教えてくれたら答えます」
「私の?」
疑問を浮かべるミアに、環奈は今までの沈んだ表情とは違う、意地悪な笑みを浮かべる。
お互いの顔の近くに、緑色の硝子板が生成され、その声は二人にのみ伝わっていく。
「それは勿論。クレイヴンさんをどう思っているかですよ」
「そ、それはー。ただの腐れ縁でー」
「前にアーク全土に魔法を飛ばしていた時に、見ちゃったんですよねー。クレイヴンさんの魔法に引っ掛かっちゃった女性が、クレイヴンさんに絡んでいる所を、建物の影から怨めしそうに見ていたの。気のせいだったんでしょうかー。その後に女性から逃げたクレイヴンさんに、体を密着させて何かを訴えている所も見たんですけど」
環奈の言葉に段々顔を赤くしていくミア。
嘲笑うかのように一部の硝子たちも、ミアの周りを踊り回る。
「――他は何も見てないのよね?」
「クレイヴンさんが知らない女性と話していると、相手の言動を気にしたり、クレイヴンさんの反応に一喜一憂している所とかですか?」
「……」
真っ赤なった顔を手で覆い隠すミアに、流石の子供たちも気がついたのか周りに集まってくる。
「お姉ちゃんたち、何の話してるの?」
「クラウンさんが、どれだけクレイヴンさんの事が好きかっていう話です」
「「「ああー」」」
どうやら子供たちの間では周知の事実なのか、納得の声が上がる。
呆れの声も混じっており、どうやらずいぶん前から知られているようだった。
「これで満足? ――っで、鷹橋さんはどうなの?」
「――両思いです。でも、駄目なんですよ。私は晶とは添い遂げられない」
諦めたミアは話題を反らすように矛先を環奈へと変える。
その答えとして帰ってきたのは、答えとは真逆の寂しげな声。
まるで悲恋したかのように告げる環奈に、子供たちも次第に静かになっていく。
「私は晶の事は好きです。でも、同じぐらいにあの子も好き。独り占めなんて出来ない。そこには、あの子がいないから」
もう、聞こえるのは静かに思いを語る環奈の声のみ。
微笑む表情には似合わない、寂しく、自分を攻め立てる声。
「あの子の想いも望みも、知っています。それでも私は、晶とあの子が結ばれることを願っているのです」
最早祈りと言えるその誓いに、その場にいる全員は沈黙でしか答えることが出来なかった。
*
少し時が進み、恒星が傾き始めた頃。
晶とレイは複雑に建てられた建築物の陰に、避暑地としてそこで休憩を取っていた。
その場に座り込みだれる晶に、レイは近くの店舗で買ってきた飲み物を差し出す。
「……有り難うございます」
「意外だな、暑さに弱いなんて」
「……冬国生まれなんで、こういう暑さは駄目なんですよ」
「鷹橋は平気に見えたんだが……」
「気張ってるだけです」
そうなのか、と独りでに納得するレイ。
本当に暑さに弱いのか、既に飲み干している晶へ、レイは抱いていた疑問を口にする。
「水無神が、ディルクルスの捜索を手伝うのは何でだ? 鷹橋は分かるが、お前とディルクルスはあまり仲は良くなかったよな」
「……その環奈の為ですよ。それ以上の理由はないです」
その返事は弱々しかったが、これ以上にないほどシンプルなものだった。
「……後は。環奈と一緒にいるアイツを見てると、思い出すんですよ。――あの日いなくなった、幼馴染みを」
「ディルクルスから聞いたことはある。事件に巻き込まれたんだってな」
「その時の俺は力が足りなくて、追い付けなくて、あいつを見つけられなかった。……その上、置いていった環奈には大怪我をさせた」
長い沈黙。
お互いに必要以上には語らず、ただ相手の意思を受け止める。
「大切なものに追い付けないのも、置いていくのも。もう嫌なんです。だから、俺はディルクルスを探すんです。もう、大切なものを無くさないように」
「……悪かったな、変なことを聞いて」
「別にいいですよ。これのお礼だと思ってください」
「分かった」
空となった容器を振る晶を見て、レイは一言頷く。
先程よりも長い沈黙が続き、隣に座り込む晶を見ると、その瞳は閉じられていた。
日陰のこの空間に、温い風が通り抜けていく。
「本当、よく寝るな。気がついたらこの調子だ」
新しく出来た知り合いの、何時までも見慣れない癖に苦笑いするレイは、落ち着いた寝息をたてる晶が起きるまで、その場で暇を潰すことにした。
《世界観まとめ》
・なし